わいるどわ~るど 

異文化好き好奇心人間の世界考察ブログ

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電車タイムを有効に

今日、感動したこと。

子育て仲間のなかいパパさんからのメールです。夏祭りで子供が締めるはちまきにアイヌ模様の刺繍をしていたのが、完成したそうです。

そのはちまき、なかいさんのブログ折りペルカーゾに写真がアップされているのですが、素敵です~。ここは夫婦揃って手先が器用で周囲をわっと驚かせるんですよね、いつも。

なかなか時間がないので、通勤電車の中で刺繍をする「変な人」になりつつ仕上げたって.....

なかいさん、すごーい!「変な人」になっても、子供のためにはちまき作るなんてかっこいい。

いや、「子供のために頑張るぞ!」じゃなくて、デザイン考案したりして、実はなかいさんが楽しんじゃっている(んだよね?なかいさん)ところがいいな~。

私がそのはちまきを貰えるわけじゃないのに、なんだかすっごく気分イイ今日です。
  1. 2006/08/17(木) 22:11:35|
  2. 日常
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興味ってなんだろ?

人にはそれぞれ「好きなこと」とか「趣味」があって、何に対して興味を持ち、何に興味を持たないかは人によって違うわけだけれど、そもそも「興味」って一体何なのだろう?どうして、特定の物に興味を持ったり、あるいは持とうとしても持てなかったりするんだろう?

かなり長いこと私が「興味」を持っているテーマです。

結構いろんなことに興味があるほうだけど、どうしても興味を持てない分野というのがあります。ゲーム、経済、物理。この三つはどうしても無理。

ゲームをしないのは、勝ち負けに興味が沸かないので。勝っても嬉しくないし、負けても悔しくない。同じ理由で競技スポーツにも関心がありません。経済が苦手なのは、桁の大きい数字がピンと来ないから。百万円を越すともう実感がありません。目の前にお札をズラーッと並べられたら、「おお、こんなに!」と興奮するかもしれないけれど、頭の中で数字を思い浮かべることが苦手です。そして、物理。これは本当に努力して好きになろうとしました。だって、夫は物理専攻だもんね。でも、だめですよ。考えようとすると、脳の一部が痙攣を起しそうになっちゃう。

興味のどうしても沸かないこの三つの分野、苦手な分野でもあります。興味がないからやる気になれない。だから、何かをやるときには「興味」ってとても大事だと思う。

夫は日本にいた頃、日本語を覚えるのにとても苦労していました。「オレは語学の才能がない」って嘆いてました。でも、私が観察したところ、才能がないっていうよりも興味がないんじゃないの?と思った。一緒にドライブしていても、視界に入って来る看板やポスターなどを全く読もうとしない。「なんて書いてあるんだろう?って気にならない?」と聞くと、「全然気にならない」と。

へえ~!と新鮮でした。私は文字に興味があるので、文字を見ても何も感じないって不思議。文字だけでなく、言葉も好き。日本語も好きだし、外国語も好きです。外国語を何かの目的のために学習したことはありません。ただ純粋に「外国語を話す」ということ自体が好きなのです。まず第一に、日本語にない音が面白い。意味がわからなくても、外国語が流れているのを聞いているだけで楽しいです。それから、文法が面白い。特定の言語に法則を見いだして、それを応用させるという行為が楽しいですね。そして実際に通じると本当に面白い。そんなわけで、齧った言語はかなり多い(マスターしたのは少ないが)。

そんな話をしたら、ある人にこう言われました。
「それはもともと語学の才能があるからでは?人は、生まれつき高い能力が備わった分野に自然と関心が沸くのではないだろうか」
う~ん。そうなのだろうか。言われてみれば、息子は赤ん坊の頃から機械に興味を示していて、実際、メカに強いのです。

また、別の人は、
能力がある分野に関心が向くとは限らない。もしそうなら、天職とか自分に合った仕事を見つけられる人がもっとたくさんいてもいいはず
ふむふむ、これまた言えてる。下手の横好きっていうのもあるしね。私、料理がだ~い好きだけど、その割に腕はたいしたことないもんなあ。

だから要するに興味って何?

興味は「快感を得ようとする心の動き」とも言えますかね。「○○に興味がある」ということは「○○を面白いと感じる」ことで、何かを面白いと思うことはすなわち「快感」なわけで、好奇心が強い人というのは「快感を求める程度が高い」ということかな。
精神的性欲とでもいいましょうか。

そして、何に興味を持つかというのは、潜在的能力に左右される部分もあるし、そうでない部分もあるということでしょうか。(って、また得意のグレーな結論。)他人の影響も大きいですね。自分が好感を持っている人のすることは何でも面白そうに思えるけれど、関心がない人のやっていることには関心が持てない。

とすると、人間嫌いよりも社交的な人のほうが多くの人間の影響を受けやすいので、結果的に多趣味になる。いや、逆かな?もともと気が多いから、いろんな人と交流を持とうとするのかな?

と、ここまで考えて時計を見たら、もうとっくに寝る時間。わかんないから、もう寝ます。


  1. 2006/08/16(水) 07:39:52|
  2. う~ん、わからん!
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体力つけたい

もともとはアウトドア派どころか、スポーツとは全く無縁だった私。泳げるようになったのも成人してからだし、運動は上手にできなくてつまらないだけでなく、

疲れるからやだ

ったんですよね。広い北海道で育ったので、自転車に乗るのには慣れていましたし、スキーも一応滑れますが、それ以外はまるでダメ。高校のマラソン大会なんて、最初から走る気皆無でした。護送車の前をたらたらたらたら歩いて行き、でもビリは嫌なので、最後の最後にラストスパートで何人か追い抜いてそれで満足ですよ。

当然のことながら、あまり体力がありません。

ドイツの大学で文化人類学を専攻していたのですが、研究者としてフィールドに出る人生を送るのは諦めました。諦めた理由は他にもいろいろあったのですが、「体がついていきそうにない」というのも一つの大きな理由でした。暑いのダメ、寒いのダメ、アレルギー体質で喘息、それにすぐお腹壊す。世界中の病院にお世話になってきました。そんな調子だから、長期的にテント生活なんて到底無理だ、と思って......

まあ、それでもいいや。体力がないならないなりの旅行ができるのだし、キャンプみたいな疲れることはもともと嫌いだし、なんて考えていました。それがいつの間にか、子供と一緒に沢登りしたりまでするようになるとは。自分でもびっくりだけど、やってみるとアクティブな生活って楽しい。どんどんはまっていきます。

埼玉にいた頃、娘の保育園の行事がいろいろあったのですが、暑い時期に屋外で活動することが多くて、暑いとすぐ疲れる私は「ヒェ~勘弁してくれぇ~」と毎回息も絶え絶えでした。でもそのお陰で少しは鍛えられたのでしょうか。この夏、子供達と湖水浴三昧の毎日を送っていても結構元気なんです。テクはないけど、かなり長距離泳げるようになったし、ここのところ毎日自転車に乗ってもそれほど疲れません。嬉しいな。

私が、「体力がなくて悔しい」と心から感じたのは、アイスランドへ行ったときでした。レンタカーを借りて、アイスランドをぐるりと一周しました。本当に言葉ではちょっと形容できないほど、自然の素晴らしいところです。行く前に用意したトレッキングシューズを履いて一日何時間も歩き回り、自分が広大な大地を踏みしめていることに深い感動を覚えました。

だけど、世の中にはすごい人がいるもので......

マウンテンバイクで一周している人達にすれ違ったんです。真夏とは言え、風が吹けば身を切られるような冷たさで、火山地帯は灼熱のアイスランドです。いや~、みなさん体力がありますね。途中で具合が悪くなっても、病院はおろか、民家だってないところが多いのに、平気なんですね。

そして、アイスランドの雄大な景色の中で草を食んでいる馬を見たとき、突然無性に馬に乗りたくなったのです。

この大地を、アイスランドの馬に乗って駆け回りたい。他の場所じゃイヤ、アイスランドの馬じゃなくちゃだめ。なにがなんでもそうしたい!

それまで馬にはまるっきり興味がありませんでした。アメリカでホームスティをしていた家には馬が四頭もいたのに、当時の私は「馬なんて、ハエが止まってて汚い」なんて思っていたんですよ。なんてバカだったんでしょう。

うまい具合に、アイスランドには体験乗馬をさせてくれる施設がたくさんあったので、ビギナー乗馬に申し込みました。やった~明日こそ馬に乗れる!とわくわくで床についたのですが、その晩に限って喘息発作が起こり、夜中のうちに宿を出て、病院のある町へ車を走らせることになりました。

ああ、無念。

以来、「体力がないと、人生の楽しみも減る」と感じるようになり、なんとか体力つけたいんですよね。と言っても、フィットネスのように黙々と体を動かすのはどうにも苦手で...... 子供のレジャー引率を通じて少しづつ体力アップを図っております。

最近こちらで知り合い、仲良くなった夫婦は、子供ができる前にはバックパックで14ヶ月かけて世界を旅して回ったそうで、奥さんの方はインスタラクター並の腕前のダイバー、だんなさんは国の内外でエコツアーを企画、引率しています。とてもアクティブ。

また別の友人は、毎年キャンピングカーでカナダの国立公園を周遊する、これまた強者のアクティブ旅行者。この間会ったときに私が「去年、釧路川でカヌーに乗ってとても楽しかった」という話をしたら、「どのくらいの距離をこいだの?」と聞かれ、「え?どのくらいって。半日だけど」と言ったら、「ワハハ。たったの半日?少なくとも100kmは漕がないと、カヌーに乗ったとは言えないんだよ」と大笑いされてしまいました。彼は奥さんと一緒に、一週間くらいかけてカヌー旅行をするんだそうですよ。

次元が違うので、いきなり真似をするのは無理ですよね。でも.....

私もまだまだ若い!つもりなので、これから少しづつ体力つけて、未知の体験がたくさんできたらいいなと思ってます。
  1. 2006/08/11(金) 22:55:00|
  2. 旅行
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ドイツでもレストランが禁煙に?

このところ、ドイツでも「飲食店での喫煙を全面的に禁止すべきかどうか」について議論が活発になっていますね。

ようやく、という感じです。

二ヶ月ほど前だったか、フォークス(だったかな?シュピーゲルだったかな?)に喫煙に関する特集が組まれていて、「ドイツも他の欧州諸国を見習って禁煙を徹底させるべきだ!」という論調だったので、少し期待していました。

私は喘息持ちなので、タバコの煙に曝される機会が少なければ少ないほど発作を起こさずにいられます。だから、公共の場が禁煙になってくれれば嬉しい。レストランは行きたくなければ行かないでもすみますが、行かなければならないところが煙もうもうなのは絶対困る。そして、レストランにもやっぱり行きたいので、禁煙だといいのにとずっと思っていました。

喫煙者を糾弾する気持ちはないのですが、煙草はやっぱりやめたほうがいいと思います。「百害あって一利なし」と昔から言われていながら相変わらず吸う人が多いのは、依存症に陥っているから。「喫煙者の権利云々」というのは依存症を誤摩化しているように思えるのです。社会的問題というより、医学的問題として考えた方がいいのではないでしょうか。

禁煙の苦労は私にはわかりません。吸わない人間が「やめろ」というのは簡単ですからね。「体を壊すことも覚悟で、それでも吸いたい」という人を説得するつもりもありません。でも、子育てをしていますから、煙草が減ってくれたら本当にありがたいのです。受動喫煙の害から子供を守るということはもちろんですが、子供が喫煙者にならないようにするためにも禁煙が広がることを願っています。

最近、喫煙がどんどん低年齢化していますよね。小学生でもバンバン吸ってる。「煙草を吸うのは不良だ」とか、そんなことはどうでもいい。とにかく、彼らの健康が心配です。最近の煙草には、「隠し味」として微量のバニラやココアなどの成分も含まれているそうで、その甘い味で子供はアッサリと中毒になってしまうらしいですね。子供のうちから中毒にさせて「お得意さん」にすれば煙草産業は儲かる。ゾッとします。

喫煙って、たいていは思春期に「ちょっとやってみよう」と好奇心から手を出したのが癖になって、やめられなくなってしまうと思うのですが(実は、私もやってみたことあります。ガラムという煙草です。幸い、癖にならずに済みました)、周囲に喫煙者が多くいればいるほど、「ちょっとやってみよう」の時期が早まり、「やっぱりやめておこう」とセーブする力が弱くなるんじゃないかしら。家に煙草があれば、喫煙はよくないという感覚も鈍くなるに違いないですから。

大人一人が禁煙することで、どれだけの子供の健康が守られるか。貢献度は大きいと思います。自分が癌にならなくても、周りの人が健康を害すれば、その人達の治療のために結果的により多くの健康保険料を負担しなければならなくなる。どう考えたって損じゃないでしょうか。

レストラン、禁煙になるといいな~。喫煙者の方には嫌な発言でしょうが、正直な気持ちです。


  1. 2006/08/09(水) 16:52:06|
  2. ドイツ
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探検がやめられない

実は、昨日から私、お暇を頂いております。

夫はフランクフルトで仕事をしています。息子は子供キャンプへ行きました。娘は祖父母の家に遊びに行きました。つまり家には私一人(とネコ)。木曜日まで全日フリ~!

すっごい開放感!

さて、この主婦休暇、何をして過ごそうか。普段なかなかできないこと、って思いますよね、当然。第一日目の今日はベルリンへ行きました。うちの子供達、都会が苦手なので連れて行けないんです。ポツダムから電車でベルリンへ出たのですが、自転車持参で行きました。だって、徒歩だとすぐに疲れて地下鉄に乗りたくなるから、街の隅々までようく見られないんですもん。

ausflug3.jpg

首都行きの電車がこんなにガラ空きって、信じられます?

ベルリンはものすごく広いので、自転車なんかでは到底回れませんが、ごく一部の地域を走り回るだけでもとても楽しかったです。今回はSteglitzという地区で降りて、その一帯を探検しました。目的もなくフラフラと何やってんだ?と自分でも思うけど、近郊を地区ごとにシラミつぶしに歩き回るという趣味があって、どうにもやめられないのです。

大学生になって北海道から上京した一年目、都内を徹底的にうろつき回りました。まず中央線から始めて、中央線の一つ一つの駅に降り、駅周辺をぶらぶらしては「そうか、ここはこういう場所か。よしわかった」と満足しました。すべての駅をチェックし終えると、今度は山手線、次は総武線、というふうにつぶして行きます。

埼玉でも、毎日のように地図帳を眺めて、「すでに行った場所」に印をつけ、これから行く場所に順番をつけてました。出かけて行った場所に面白い物が何もなくても構いません。「どういう場所か」がわかればそれでいいのです。

こちらに引っ越して来てからは、子供達をお供に、車で近郊の湖巡りをやってます。何なんでしょうね、一体、この徘徊癖は?

今日はSteglitzで、Globetrotterという大型アウトドア専門店に寄りました。双眼鏡が見たかったのですが、このお店、アウトドアグッズの他に、地図、ガイドブック、写真集、冒険記などの充実したコーナーがあるんです。旅行会社も入ってます。も~、大興奮で売り場を見ていました。金欠のため当分大きな旅行の予定はありませんが、地図やガイドブックを見てるだけで幸せ~

それから、大型書店、Hugendubelにも寄りました。これは必須ね。探検の次に好きなことは読書だから。
ausflug4.jpg

本屋の中にソファーが置いてあって、立ち読みどころか「座り読み」ができる。最高!

3時間かけて自転車で一帯を走り回った後、再び電車に乗って帰って来ました。本当はポツダムまで乗るつもりだったのですが、探検欲が充分満たされていなかったので、途中のWannseeで下車しました。そして、森を突っ切って、Babelsbergの森も突っ切って、ポツダムの森も突っ切ってカプートへ帰って来ました。

今日は全部で25kmくらい自転車で走ったかな~。

ausflug7.jpg

こんな景色を見ながらね。

わざわざベルリンまで行って、買って来たのは本数冊だけですが、ものすごい充足感。
「あの道もこの道も通ったし、あの景色もこの景色も見た」
と思うだけでいいんです。私ってやっぱり変なのでしょうか?

さあ、明日はどこへ行こう?

でも.....筋肉痛で動けないかも.......
  1. 2006/08/08(火) 06:08:05|
  2. 日常
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国民の夢

「内田樹の研究室」というページにこういうコラムがありました。

バブル崩壊少し後の「古い話題」であると断り書きがありますが、現在もそれほど変わってはいないんじゃないかなという感想です。一言で要約しますと、日本の新聞の折り込み広告はざっと三種類に分けられる。それは、不動産広告、塾の広告、そしてエステの広告だ、とか。言われてみれば、確かにこの三つ、すごく多いですね。

コラムでは、これら三つの広告の山は、平均的日本人の欲望がどんなものであるかを示している、いえ、もっと突き詰めて、「マイホーム」「できのよい子供」「妻の美貌」は、実はすべて妻の欲望であると仰られていて、そこの部分は読んでいてちょっとゾッとしちゃったんですが。

ふと考えてみると、ドイツの折り込み広告って日本のとは随分違います。日本でいう「塾」がないので、塾の折り込み広告というのは今のところ見たことがありません。エステの広告もないです。エステって、ドイツにもないわけじゃないけど、かなり地味ですよ。日本のように駅前にチェーンのエステサロンがいくつもあって、女性誌の後ろの方はエステ広告ばっかりとという風ではありません。嫌でも目につく状態ではなく、探さないとエステサロンなんてどこにあるのかわからない感じです。

不動産広告。これはありますが、やっぱり地味。裏表カラー刷りで、「七月完成!○○駅から10分!△△ショッピングプラザまで徒歩7分!」の他に何やら魅力的なキャッチフレーズで国民に夢を見させるような広告は目にしないなあ。新聞の不動産欄はどっちかというと、条件のみ数行で簡潔に記したアパマン情報の物件紹介みたい。

ではドイツの折り込み広告にはどういうのが多いのでしょうか。うちは有料新聞を取っていないので、ローカルな無料新聞が投げ込まれるだけですが、そこに挟まっている広告は圧倒的に家具屋の広告が多いですね。次に多いのが、ホームセンターの広告。日本ではホームセンターは大型雑貨店という感じですが、ドイツのホームセンターはDIY専門店。

ということは、ドイツ国民の最大の関心事は、「家の内装を自分好みにする」ということなのでしょうか。入れ物である「家」を買うことそのものが目標ではなく、家を手に入れた後、理想の内装を手に入れることに相当な情熱が注がれている気がします。

そういえばドイツ人って、他人の家の内装にとても興味を示すなあ。人の家に初めて招かれたら、玄関を入るなり、まずぐるりと辺りを見回して、「素敵なお家ですね」とコメントする。内心、「あまり素敵じゃないな」と思っても、ノーコメントでは許されないような雰囲気を感じるんですが、私の考え過ぎでしょうか。

それに、客が「お部屋は全部でいくつあるんですか?」とか、「あっちの部屋も見せて頂いていいですか~」などと言うこともしばしば。ドイツ人は「いいですよ。どうぞ~」と言って家中案内したりする。寝室やバスルームまでも。(でも、アメリカ人ほどではないな。アメリカ人ってお客が来ると、家の中ツアーをやりますよね?)

日本だと、親しい友達は別として、あまり人の家でキョロキョロすると覗き見趣味と嫌がられそうだし、客が寝室に入るなんてことはまずないんじゃないだろうか。

内装に凝るドイツ人は、自分の家の中を人に見てもらいたいと思い、また他人の家の内装も参考のために見たいと思う。

日本では「立派な家」とは「外観が立派な家」のことで、もちろん内装も立派な方がいいには違いないんだけど、ドイツでは家の外観はわりとどうでもよくて、築100年でボロボロでも中が綺麗であれば「立派な家」に住んでいると言ってよい。

幸せな暮らしとしてイメージするものも、その国民によって違うようですね。

  1. 2006/08/07(月) 00:52:00|
  2. ドイツ
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ライフスタイルと女性の体

数日の間、旧友が日本から遊びに来ていました。

彼女は私と同い年。都心の分譲マンションに住む、外資系企業の部長さん。子持ち主婦の私とは対照的な生活をしています。

久しぶりに会ったけど、相変わらず体型は若いときのまま。髪は黒々、皺もなく、踵はスベスベ。いいな~、羨ましい!
そう思ったのですが、彼女曰く、
「そうでもないわよ。ストレスのせいか吹き出物ができやすいし、ちょっとした傷もなかなか治らないし、日焼けでできたシミも、レーザー治療とかいろいろやってみたけど良くならないの。あなたこそ、シミもなくて健康的じゃない」

いやー、私も結構あるんですよ。シミなのかソバカスなのかわからないものがね。彼女は近視だから、よく見えてないだけ。でもまあ言われてみれば、基礎化粧をまったくせず、日焼け対策も怠っている割には、肌のトラブルは少ない方かもしれません。

「それは、子供を産んでるからよ。子宮をちゃんと生理のサイクルから休ませたから、健康でいられるのよ」と彼女。

かつて女性は、初潮後まもなく第一子を産み、何人もの子供を産んで、最後の子供を産んでしばらくしたら死んでいった。女性の生涯における総月経回数は約50回。しかし、寿命が延び、ライフスタイルが大きく変化した現代では、女性が生涯に産む子供の数は大幅に減り、月経の止まる妊娠や授乳期間がほとんどないので、死ぬまでの総月経回数はなんと平均で450回。昔の10倍近くにも増えている。つまり子宮は、作っては壊し作っては壊しという作業を休みなく延々と続けているわけ。

「これだもん、体がおかしくなって当たり前なのよ」
負荷がかかりすぎということなんですね。確かに、子宮内膜症や子宮がん、乳がんなどの疾患と出産経験の間には関係があると言いますよね。うーむ。子供を少なく産むようになって、いろんな面で楽になった、その分若さを長く維持できるようになったと考えていたけど、事はそう単純ではないってことか。プラス面があれば必ずマイナス面もある。

先日、ニュースで聞いたばかりです。日本女性の平均寿命は21年連続で世界一だそうですね。いや~、日本女性って元気なのね~って単純に感心してましたが、よく考えると、世界一長く生きるから健康状態も世界一というわけではないんでしょうね。あちこち不具合を抱えての長生き、ということもありえる。

より快適で、より豊かで、より充実した生活を送りたい。そう切望して人間はライフスタイルを変化させて来たわけですけど、そうして得られたものもあるが、そこから発生した新たなトラブルもある。

難しいですね~。
  1. 2006/08/02(水) 23:08:36|
  2. へえ~のお話
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パラレルに作業ができない

前エントリーですごい欠点を披露してしまったので、とんでもないchaoticな人間、という印象を読者のみなさんに与えたことと思います。

しかし、実はそんなにメチャクチャでもない。(←自己フォロー)仕事も早いし、自己管理能力にはちょっと自信持っています。矛盾するようだけど。なんたって、計画大好き人間で、日常生活の何割かの時間はプランニングに割いているのです。

大学を出てから今まで、企業人であったことはなく、ずっとSOHOでやってきました。(この数年は廃業寸前状態だが)人から、「よく家で仕事ができるね。ついダラダラしてしまったりとかはないの?」と質問されますが、ダラダラはしないです。締め切りまで何日、全部で何枚あるから、一日ノルマ何枚!と決めたら、その通りにやります。もしかして、頭痛その他で仕事できない日もあるかもしれないからと、その分も計算に入れて予定を立てますし、余裕がある日はノルマを超えて多めにやっておくので、必ず予定よりも早くに終わります。

中学のときに、中間や期末試験の勉強予定表を作れと担任に指導されて以来、すっかりはまってしまたのです。この日は数学のこのチャプター、そして英語の単語練習、次の日はこれとこれ、というふうに色分けして計画表に書き入れて行くんですが、これが楽しかったんですよね。期末試験なんて二ヶ月以上前から準備開始して、試験の三日前からはもう勉強しない。前の日は9時には就寝。直前にやるとかえって焦るから。だから、「ギリギリにならないとやる気になれない。前の晩に徹夜で覚えるのが一番効果的」なんていうの、信じられません。

こういう性格なのに、どうして何でもかんでも忘れてしまうのか。どうして大事な約束をすっぽかしたりするような「超いい加減人間」的振る舞いをするのか.......

それは、私にパラレル機能が備わっていないからですっ!!

自分で計画を立てると、「まずこれをして、その後あれをして....」と順番に予定を組み込み、それに従って一つ一つ作業をしていくから、何の問題もない。しかし、世の中はそういうふうにはできていなくて、一度に複数のことをしなくてはいけなかったり、状況に応じて臨機応変に作業の順番を変えたり、途中に何かを差し込んだりしなければいけないですよね。それができない。

やることが無数にあって、どっから手をつけたらいいかわからない。という状況が苦手で、パニくってしまうんです。

会社に勤めたらきっと、作業の真っ最中に、「ビアンカちゃん、ちょっとお茶煎れてよ」なんてことがあるでしょう。「今やってることは一旦中断して、先にこっちやってくれない?」ってこともあるに違いない。だから一人で家で仕事する方が合っているんです。「何枚やったらコーヒーを飲む」と決めて、そのようにやりますから、頭が混乱したりしはしない。

そうやって自分に合ったやり方でずっとうまく行っていましたが、子供ができたらガタガタになっちゃいました。

洗濯物を干しかけたところで、「おかーさ~ん、おしっこ~」と呼ばれ、中断。掃除機をかけていたら、別室から子供の悲鳴がして、中断。天ぷらを揚げていたら、子供達がケンカを始めて、ぶったとかぶたないとかでギャーギャー泣きわめいて、中断。何一つ、最後までやることはできないんですよね。家族全員が同時に話しかけて来るしさ~。たかだか家事ですらそうだから、家で仕事をするのは非常に困難になりました。

いつも思うんですけど、母親業って「秘書」あるいは「マネージャー」の仕事に似ています。家族全員の予定を把握して管理する。月曜日は上の子はこれとこれがあって、下の子はあれとあれで、何日は上の子の保護者会で何日は下の子のナニナニ大会で......ありとあらゆる予定を頭の中に入れておかなければなりません。

これ超苦手。

シンプルに、極めてシンプルに暮らしたいけど、そうも行かないから辛いです。


  1. 2006/08/01(火) 18:30:37|
  2. 日常
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極度に忘れっぽい親子

自分の欠点をあげていったらキリがないのだけれど、最もヒドい欠点、代表的な欠点は何ですかと聞かれたとしたら、私にはこう答えるしかありません。

忘れっぽいこと

お茶を煎れようとやかんを火にかけたまま、忘れる。
傘を図書館の入り口の傘立てなどに立てたまま、忘れる。
携帯や財布を持って行くのを、忘れる。
約束を、忘れる。

子供の頃、買ってもらったばかりのカーディガンを来て遊びに行き、遊んでいる最中に暑かったので脱いで置き忘れた。
「せっかく買ってやったのに!」
もちろん、叱られました。一度や二度じゃなかったです。いつもいつもいつもいつも。小学校のときは忘れ物チャンピオン。宿題をやっていったことはほとんどありません。やるのを忘れるか、やったのを家に置き忘れるか、どっちかだったから。

約束を忘れるのは、人に迷惑をかけるので大変です。どうでもよいと思っているわけでは決してないのですが、「10日の午前11時」と約束したのが、いつのまにか私の記憶の中で「11日の午前10時」にすり替わっていたりして、結果的にすっぽかしになってしまう。(いままで被害を被った方達、ほんとにごめんなさい)なんとかしなくちゃ、って思うんですけど。

「忘れないように紙に書けばいいではないか!」
と、みなさんにアドバイス頂いているのですが、うまく行きません。いや、やろうと思って手帳を買ったこと、何度もあるんです。しかし.....

1. 手帳を持って行くのを忘れる。
2. 持って行っても、メモするのを忘れる。
3. メモしても、見るのを忘れる。
4. 見ても、直前にはもう忘れている。

なので、役に立たないのです。日にちや時間を間違ってメモした、または、ちゃんとメモしたが、間違って読んだために飛行機や船に乗り遅れたこともしばしば。

私は病気なのでしょうか......

困ったことに、息子にもこの忘れ病が遺伝してしまいました。学校にいつも傘を忘れて来ます。そして、翌朝、勝手に私の傘を持って学校へ行き、それも忘れて来る。家中の傘がなくなるまですべて置いて来る。傘がないと私も困るので、100円ショップで子供傘を7本まとめ買いしました。「これだけあれば、大丈夫だろう」と。

でも......あっというまに7本全部忘れて来た。呆れ果てて、息子を連れてわざわざデパートへ行き、彼のお小遣いで買える一番高い傘を買わせました。それからしばらくは忘れて来ませんでしたけど。

しばらく前、水泳を習いたいというのでスイミングスクールに入会させました。入会金、買わされたグッズ代、月謝など、合わせたらバカにならない金額でした。でも、彼は忘れるんですよね~、行くのを。「今日はスイミングの日だよ」と言ってやらなければ、ケロッと忘れてます。そして母も忘れていますから、月半分も行きませんでした。
「忘れるということは、たいして行きたくないということだから、やめなさい」と言うと、
「やめたくない」と泣くのですが、結局また忘れるので、とうとうやめさせました。

そして今度は空手を習いたいと言い出して......
案の定、忘れます。そのたびに私に怒られるので(私も忘れているんだけど)、息子はこのあいだ空手の曜日と時間を大きく書いた紙をキッチンに貼りました。今日は日曜日、11時から稽古の日です。朝起きてからずっと、「空手、空手」と言って持ち物を用意していました。

ところが、ハッと気づくとすでに10時45分。自転車で30分近くかかるのに、まだ出かけようとしません。
「あんた、空手は?」
「エッ?11時半からだから、もう少ししたら行くよ」
「何言ってるの?11時からでしょ。自分でそう書いたじゃない」
「? ああああ~っ!!!!」
「バカッ!」
ウワ~ン、と泣きながら息子は飛び出して行きました。

台所に、せっかく用意した麦茶を置き忘れて.......

一体どうしたらよいのでしょうか。私達のような親子は。


  1. 2006/07/30(日) 18:36:08|
  2. 日常
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ジャングルの子

来月、息子が子供キャンプへ行くために必要な医者の証明書をもらいに、息子を医者へ連れて行きました。

受付を済ませ、待合室でしばらく待ち、名前を呼ばれたので診察室へ。診察はすぐに終わり、廊下へ出ました。ここまでは全部、無意識のうちに進んだのです。しかし、廊下へ出た瞬間に一瞬、フリーズ。

え~っと。これからどうすればいいんだっけ?

次に踏むステップがわからずに、立ち止まってオロオロ。もう一度待合室へ入るんだっけ?それとも受付へ?じゃなくて、もしかして、このまま帰っちゃっていいの?

久しぶりにドイツで医者へ行ったので、システムを忘れてました。受付で聞いてみたら、診察が終わった人はそのまま帰っていいんでした。診察費は保険で賄われるから。そう、そういえばそうだったわ~。

4年前に日本へ行って初めて医者にかかったときも、大失敗したんです。ドイツにいるときの感覚で、診察後、サッサと家に帰っちゃったんですよ。お金も払わないで。家に着くと留守番電話のランプが光ってて、「お金払いに戻って来てください!」と医院からのメッセージが入ってました。いやもう、冷や汗なんてもんじゃない。慌てて引き返して平謝り。勘違いしてましたなんて言ったって、信じてもらえるわけないし~。

誰でも知っていることがわからないのって、困ります。

でも、私なんかよりも、もっともっと大変だった人のお話を読みました。Dschungelkind日本語版はこちら

著者は五歳からの十数年を、両親、姉弟とともにイリアンジャヤ(インドネシア)のジャングルの中で過ごし、十七歳で文明社会に戻って来ます。両親の庇護のもと、幸せに過ごしたジャングルでの子供時代と、単身でヨーロッパに戻ってからの苦悩について書いています。前半のジャングルの部分は私にとって魅惑的でちょっと羨ましいお話。生きることの本質を感じる機会って、先進国で生活しているとあまりありませんからね。そして後半の、ヨーロッパへ戻ってからの激しいカルチャーショックとアイデンティティクライシスの部分は、私にもちょっとは経験があるだけに(程度は比較にならないけれど)、切なかったです。

異文化に接することは「視野が広がった」という快感をもたらすものであるけれど、同時に、今まで持っていたものの一部を永久に喪失することでもあるなあ、と思う。異文化に順応するとは、「別のシステムについていろいろ覚える」というだけではなく、「今まで絶対だと信じていたものが絶対ではないと知る」ことで、「ひとつの完結した世界の外に出て、外から中を覗くようになる」ことじゃないだろうか。

サビーネのHPのインタビューを見る限り、彼女の苦悩はまだ続いているのかなという印象を受けましたが、自らの物語を書き記し、公表することで、サビーネの内面はどう変化したのでしょうか。

近々、映画化の予定らしいです。



  1. 2006/07/27(木) 02:16:46|
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