わいるどわ~るど 

異文化好き好奇心人間の世界考察ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

言語習得に関するメモ

記事にするほどまとまっていないのですが、言語習得についてちょっと思ったこと二点、忘れないうちにメモしときます。

「小さな子どもは何の苦労もなく、外国語を覚えることができる」

という主張がありますよね。子どもは母国語を覚えるのと同じように外国語を覚えることが出来るからだとか。それで、「外国語学習を始めるのは早ければ早いほどいい」「○歳までにやらなければ手遅れになる!」と考え方が出てきて、幼児向け英会話学校が繁盛したり、義務教育における英語学習導入を早めようという議論がなされたりします。

個人的には、「子どもは何の苦労もなく~」はちょっと違うぞと思い、また「早ければ早いほど~」もなんだか短絡的な気がしてしまいますが.....

しかし、「同じ言語環境に置かれたとき、大人と子どもの言葉のおぼえ方は違う」、これは本当だと思いますね。環境の諸条件が整えば、ほとんどの子どもは外国語を習得できる。大人の場合は......人によりますね。覚える人もいれば覚えない人も。

そこのところがどうも不思議。

人間には言語を習得する能力が生まれつき備わっていて、日本に生まれたら自然に日本語を覚えるし、アメリカに生まれれば英語を習得する。もちろん、饒舌な人と口べたな人という程度の言語運用能力の差は存在しますが、基本的には誰でも言葉を覚えることができる。

それが外国語となると、急に難しくなっちゃうのは何故?

日本で日本語を習得するのと、日本にいながら普段耳にしない外国語を勉強するのとではそもそも学習環境が違うので、同じように覚えることが出来ないのは当然だけど、たとえばフランスならフランスに一定期間住んだとき、子どもと大人ではフランス語習得のスピードが明らかに違い、また大人の間にも明らかな個人差がある。

「母国語を習得するのと、外国語を習得するのは、全然違うプロセスだから」
と言ってしまえば片付いてしまうことかもしれません。
「母国語をおぼえるときには脳のこの部分がこう働くが、母国語を習得した後に外国語を学ぶ場合には、この部分がこうなってああなるから、違ったプロセスで言葉が学習されるのです」とか、「何歳までは脳がこうだから外国語も母国語と同じように学習できるが、何歳くらいからはああなるから云々」という脳科学的説明も存在するのでしょうね。

物理的メカニズムのことはよくわかりませんが、モンテッソーリの本を読んでいたら、手がかりになりそうな説明を見つけました。そこに書いてあったことを簡単に言うと、

子どもと大人では、「自己」と「外界」との関係性が違う。大人は見たもの、聞いたことを「記憶」するが、子どもはそれらを「吸収」し、内面化する

う~む。大人は、体験したことを内面化しないのだろうか?いや、すると思う。でも、言われてみれば、子どもほど何でもかんでも自分の中に取り込んでいくわけではないですね。多分、生まれたばかりの赤ん坊は自分と外界との区別がついていないんだと思うけど、それが大きくなるにつれ、次第に物事を「客観視」する能力がついてきて、客観的に物を見れば見るほど、それを取り込んで「内面化」することが困難になる、とは言える気がする。

外国語学習にも当てはまるでしょうか。年齢が上がって来ると、外国語は「記憶の対象」となってしまい、自分の血肉の中に取り込んで行くのが難しい。

大人の間の語学習得速度(または質)に差が出て来るのも、言語を内面化しやすい人と、そうでいない人がいるってことなのかな?ま、それだけじゃないでしょうけど、一要因ではある気がして来ました。

だとしたら、抽象思考能力が発達していない幼児に英語のフレーズを叩き込むより、別のいろんな体験をさせて「内面化の感度を高める」ほうが効果的では、という気もチラッとしますが、これはもうちょと考えてみることにします。これがメモその1。

メモその2は「外国語の発音やイントネーション」について。

外国語を話す人の中には、ネイティブそっくりの発音やイントネーションで話す人と、文法や語彙の面では非常に正確なのに発音がジャパニーズな人といますよね。これって、「口の筋肉が柔軟」とか「耳がいい」とかに関わるものだと今まで思っていたのですが、どうもそれだけじゃないようだ....

近所に南ドイツ、バイエルン地方出身の家族が住んでいるのですが、彼らはものすごくバイエルン訛りなのです。それが私には不思議で。「どうしてネイティブのドイツ人なのに、そんなに訛りを引きずるのか?外国人でももっと現地の言葉に同化している人、たくさんいるのに」と。

あっ、そうか。訛りの強い人って、会話相手の言語にあまりシンクロしないんですね、きっと。

人と話していると、つい相手の話し方につられてしまう、人の文章を長いこと読んでいると、文体が移ってしまうっていう現象があります。自分は自分らしい話し方を貫きたいと思いながらも、ついつい、関西弁の人と話してるとつられて関西弁もどきになっちゃうとか。人のブログを読みふけっていた後にさあ、エントリーをと思うと、なんだか文体がその人のにソックリ!とか。

でも、そうならずに、常に自分のペース、イントネーション、言葉遣いなどを保てる人もいるんですよね。

これは、どれだけ相手の言語にシンクロするか(いい、悪いは無関係に)によるのではないでしょうか。

ま、ちょっとした思いつきです。間違っているかも。

以上、考察メモでした。


スポンサーサイト
  1. 2006/08/31(木) 19:24:26|
  2. 言語
  3. | トラックバック:2
  4. | コメント:16
<<自主的に、自分のペースで学ぶ | ホーム | せ、先生になっちゃったよ~>>

コメント

とても興味深い内容でした。
言語学の専門でもなんでもないのですが、ひとつ言わせてもらうなら、大人でも生活がかかっていると言葉を覚えるスピードって違ってきますよ。英語が話せなかったらメシが喰えないという環境なら、いやでも覚えると思いますよ。アメリカなんかに留学で行っていた日本人なんかでもろくな英語が話せない者を多く見ました。必死さがたりないんでしょうね。
  1. 2006/09/02(土) 01:17:18 |
  2. URL |
  3. Kiasu #-
  4. [ 編集 ]

ふむふむ

その1について、行っていた学校に、日本人の旦那さんがいたとかでずいぶん日本語がうまい先生がいました。 旦那さんとは離婚されたんですが彼女曰く、「一旦吸収してしまった日本語はもう自分の一部だから忘れられない。」ということを不思議な気持ちで聞いていたもんです。 私は使わないと英語忘れちゃいますが・・。

その2、私も東京弁はつられます。シンクロできるということは、言語も吸収しやすいんでしょうかね。 また右脳と左脳でいえば、これは左脳なんでしょうか。 周りを見ていると、どちらともいえない言語センスが必要なのような気がします。 私は80%くらい右脳ですが、あまり英語がうまいといえません。発音はそこそこですが、語彙が少ないですね。 両立しててこそなんでしょうか、それとも関係ないのか・・。 
  1. 2006/09/02(土) 04:45:28 |
  2. URL |
  3. すまいる #TwO4yE0Y
  4. [ 編集 ]

シュベービッシュの訛りの人間と暮らし、その地域で暮らしていますが、訛りをなくそう、なんて誰一人、思っていませんね。いわゆる標準語の発音、出来る人、いないと思います。できるのは、舞台俳優の友達だけ。彼女は、見事に使い分けますが、感心したら、「わたしゃ、プロだから」だそうです。
なんせ、文法までちがうのがシュベービッシュでありバイエルンの方言ですから。
  1. 2006/09/02(土) 19:52:36 |
  2. URL |
  3. nyf1403 #-
  4. [ 編集 ]

言語は1)同化の動機に基づいて使う場合と2)手段として使う、場合があると言われます。 1)は主に子供の時、2)は大人になってから、とも言えましょうか・・・。

アクセントや訛りは自分のidentityの表象するもので、自分が昔、米国からイギリスに移り住んだばかりの時、嫌いなイギリス人とは知らぬ間にアメリカアクセントで話して相手との非同化を暗に示し、好きな・尊敬するイギリス人とは、できもしないのですがイギリスアクセントを真似ようとしている自分を発見して苦笑した思い出があります。 
  1. 2006/09/02(土) 23:38:46 |
  2. URL |
  3. l☆ttlevenice #-
  4. [ 編集 ]

言語を内面化

なるほど、と思いました。内面化、吸収してしまうのですね。子どものころ、外国語を習得してネイティブのように話せる人がいますが、大人になって習得した外国語はどんなにぺらぺらに話してる人でも、外国人ってわかってしまう、という気がします。人にもよりますが。
以前、書いた記事をTBさせてください。ちょっと話は、ずれていますけど。
  1. 2006/09/03(日) 02:34:01 |
  2. URL |
  3. yuranoto #-
  4. [ 編集 ]

Kiasuさん

動機はやはり重要ですよね~。必要がなければ、「話せるようになればいいんだけどネ」なんてのんきに言ってられますが、生き延びるために不可欠となると違いますよね。
  1. 2006/09/03(日) 05:23:37 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

すまいるさん

その女性、日本語を内面化したということなのでしょうか。私にも「ドイツ語は自分の一部」という感覚はあるけど、離婚したらどうでしょうね?やっぱり忘れちゃうかな。



  1. 2006/09/03(日) 05:27:23 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

nyf1403さん

シュバーベンの人、標準語の発音ができないのですか。シュバーベンにいる限り、する必要もないのでしょうね。

私は本当は北海道弁を貫きたいのですが、相手が標準語だと、どうしてもそれにつられちゃって無理なんです。でも、電話で母と話すときには一瞬のうちに道産子言葉になるので、子ども達に「お母さん、変!」って言われます。
  1. 2006/09/03(日) 05:31:33 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

l☆ttleveniceさん

自分のアイデンティティを示すために、意識的に相手と違う話し方をするというのはありますよね。

「社会言語学」という分野がありますが、言語の使われ方から社会が見えたりして、面白そうだなと思います。(詳しくはまだ知らないのですが)
  1. 2006/09/03(日) 05:38:11 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

yuranotoさん

TBありがとうございます。

面白い現象があるんですよ。うちの娘、生まれたときから父親にずっとドイツ語で話しかけられたのに、最近までドイツ語をほとんど話しませんでした。

学校に行くようになって急に話し始めたんですが、そのドイツ語が父親のものとも兄のものとも違って、まさに「ガールズドイツ語」なのです!舌足らずで甘えたような語尾の上がったドイツ語。

同年代の女の子達に見事に同化してしまいました。
  1. 2006/09/03(日) 05:42:06 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

ふと思ったのですが、

初めまして。何となく興味深い記事なのでコメントさせてもらいます。

単純に、自分の発音やイントネーションを気にするかどうかというのも大きいのでは無いのでしょうか。
意識的にであれ、無意識的に出あれ、自分や人が話す言葉に注意が向く人とそうでないひとでは、まったく結果が異なるような気がします。

確かに、ネイティブそっくりというのとは違いますが、それでも、「その言語のイントネーションで話している人」と「まったく母語なまりのままの人」の違いって、そういうところにもあるような気がします。
  1. 2006/09/03(日) 14:28:36 |
  2. URL |
  3. unknown #-
  4. [ 編集 ]

unknownさん

そうですねー。自分の話し方を意識する人と、あまり意識しない人がいるでしょうね。自分の話し方を意識する人は、きっと人の話し方も意識するんでしょうね。

昨日、日本語衛星放送に掘ちえみが出ていました。関西で収録したもののようですが、関西弁のイントネーションで話していました。東京のテレビに出るときって、標準語で話していた気がするんですが、どうだったかしら?
  1. 2006/09/03(日) 23:59:26 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

遅ればせながら、

すみません、TBさせていただきました。いつものように、僕の勝手な解釈が泳いじゃいましたけど・・・・・・。
  1. 2006/09/04(月) 15:28:27 |
  2. URL |
  3. RYO #-
  4. [ 編集 ]

RYOさん

ありがとうございまーす。書いたテーマが他ブログで発展するのは嬉しいです。
  1. 2006/09/05(火) 04:20:41 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

うーむ。言葉っておもしろいけど、広くて深くて海のようですね~。
うちの子どもたちは、とりあえず日本語もイタリア語もフランス語も、(ドイツ語もぼちぼち)まあ無難にこなしてくれているんですが、「母語」の話になると、とっても不安を感じます。
アイデンティティに直結する言葉ってどれなんだろう?って。
私は、両親が同じ母語を持ち、その母国に住んでいる場合、幼児期からの外国語の習得は必要ないと思っています。
まずは、母語を十分に味合わせ、その中で育っていくのが一番だと思います。
我が家の子どもたちは仕方なくこういう状況になっていますけどね。


それから、私は影響されやすいんでしょうか、話し方や文体どころか、話す言語によって性格や人間性も変わるような気がします。
具体的にはイタリア語を話す時には変わっています。
そこに「住んでいる」のとも違い、私が聞くイタリア語は「ごく限られた人」のものだからかもしれません。
つまり、義母にかなりシンクロしているのです!
だからたぶんイタリア語を話す私と出会った人は、私をかなり真面目で几帳面で、女性的で保守的で、ちょっと悲観的な人と思うかも。
もともとの人間性なんて、そう変わるものではないけど、表現系は変わることがあると思います。
  1. 2006/09/18(月) 18:52:16 |
  2. URL |
  3. 麻 #-
  4. [ 編集 ]

麻さん、おかえりなさい!

そうですね。私も両親の国で生活しているのなら、外国語を覚えるのは大きくなってからでも充分だと思います。

麻さんもシンクロしやすいんですか。私はアメリカに留学していたとき、一番仲良くしていたのがドイツ人留学生だったんですが、まわりの人から「日本人なのに、ドイツ語訛りの英語になってるよ~」と笑われました。一緒にいる友達にシンクロしていたみたいです。
  1. 2006/09/19(火) 04:25:35 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://ethno.blog13.fc2.com/tb.php/415-1f92657c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

言語の学習について

ワイルドワ~ルドのビアンカさんの『言語習得に関するメモ』にTBさせてもらいます。このテーマ、幾多考えても僕自身頭の整理がつかないので、整理できる保証はないままで今回また綴ることにした。まず、最近僕が偶然にも考えていたこと。それは、『(国外に住む)子供が....
  1. 2006/09/04(月) 15:25:39 |
  2. 必至にいろいろと考える

語学の上達方法?

語学の早道は「その国の言葉をしゃべる恋人を見つけること」というのはよく言われる。イタリアでも、世界中でも、よく言われているらしい。でも、果たして、そうなのだろうか???「好きな人と話すために一生懸命勉強する」というのは、とても分りやすいけど、所詮、初級の
  1. 2006/09/03(日) 02:28:26 |
  2. ローマの平日@裏話
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。