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異文化好き好奇心人間の世界考察ブログ

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嫌われたくない症候群

このブログでいろいろな本の感想を書こうと思ってたのに、異文化ネタを書くのに忙しく、「本」のカテゴリーのエントリーが増えません。ですからこの辺でちょっと一冊。

中島義道 「ひとを“嫌う”ということ」

人を嫌うって何だろう?どうして「嫌い」になるんだろう?

著者、中島義道氏が家族にひどく嫌われ、それに悩んだ経験から「嫌い」という感情を徹底的に分析し書いたのが本書です。人を好きになることについての本は巷に溢れているのに、嫌いになることについて書かれた本はほとんどない。人を好きになることは良いこと。人を嫌いになることは悪いこと。普通はみんなそう考えます。でも本当にそうなのか。

中島氏の著作は、もう一冊読んだ「うるさい日本の私」もそうなのですが、やたらとねちっこくて私は読んでいて少々疲れを覚えます。しかし、書かれている内容は(全面的には共感できないものの)興味深いものでした。「誰それが好き」と言うとき、人は「なぜ好きなのか」とあまり考えません。「なぜってわからないけど、なんとなく好き!」それでいいですよね。でも、嫌いなときはどうでしょう。「わからないけど、なんとなく嫌い!」これはダメ。意地悪されたわけでも、迷惑をかけられたわけでもないのに人を嫌うなんて・・・
だけど、これといった理由がなくても嫌ってしまうのって、理由がなくても好きになるのと同じくらい自然なことで、それを無理やり抑圧しなくてもいいんじゃないだろうか、というのが氏の主張。人間だから、嫌いになったり嫌われることはあるさ、って割り切って気にしないほうがいいんじゃないか。

自分は何も悪いことをした覚えはないのに、どうもあの人は私を嫌っているみたい。そう感じたとき、普通の人はどうするのかな。
「私のどこがいけないの~」ってクヨクヨする?
「何もしていないのに私を嫌うなんて、許せない!」って嫌い返す?
それとも好かれるように、必死で相手に合わせる?

人を嫌うということはそれなりにエネルギーを消費することで、しかもよい結果を生み出さないのだから、嫌わないですむならそれにこしたことがないと私は思っています。だけど、「嫌われること」にあまり過敏になると身動きできなくなってしまうかも。

Aさんは友達が多い = 人に好かれている = 善い人
Bさんは友達が少ない = 人にあまり好かれていない = 人格に問題のある人

この図式にとらわれると苦しくないでしょうか。誰とでも仲良くできる人間でいたいと思うことは「誰にでも共感する」ことを自分に強いることで、また「誰もが自分に共感してくれる」と期待することであるかも知れない。世の中の大半の人は自分に対して関心を持たないし、共感しないし、もしかしたら嫌悪感すら抱くかもしれないということを受け入れなければ、自分を追いつめてしまう結果になりかねない。

もし嫌われてしまっても、それは必ずしも「自分がダメな人間だから」ではない。単に「顔が嫌い。声が嫌い。喋り方が嫌い」なのかもしれないし、もしそうなら自分にはどうしようもないこと。相手が自分に共感してくれないことを気にするよりも、共感してくれた人との関係を大事にするほうがいいのかな~。

「嫌われる」って全然特別なことじゃない。そう思ったほうが楽になれるのじゃないでしょうか。
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  1. 2005/05/09(月) 10:10:00|
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