わいるどわ~るど 

異文化好き好奇心人間の世界考察ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

少しじっと座っていなさい!

先日、夫の母に本を一冊プレゼントされました。「面白かったから、よかったら読んでみて」と。

「Sitz doch endlich still! Mein Leben mit drei hyperaktiven Kindern (少しじっと座っていなさい! ー 三人の多動児との生活)」

三人のお子さんが全員、そして後に自らもADHD(注意欠陥多動性障害)であると診断を下された著者が、家族の障害に気づき、治療により困難な状況を克服していくまでの手記。

夫の母は元保育士で、障害児施設に長いこと勤務していた経験もあって、このような本に自然と関心を持ったのだと思いますが、表題を見て、孫息子のことが頭をかすめたというのもきっとあったでしょう。うちの息子、ほんとうにじっとしていないものですから。

夫が子供の頃、義母も彼の落ち着きのなさには相当に手を焼いたそうです。小さい頃の夫はとても衝動的で、そのためかなり怪我が多かったらしい。あるとき、子供をどうしても人に預けなければならない用事があって、近所の人にお願いしたら、
「こんなクレイジーな子を一人産む代わりに、普通の子を二人産んだ方がよかったんじゃない?」と後で嫌みを言われたこともあるとか。学校に入ってからも、「息子さんの態度が悪い」と担任からしょっちゅう呼び出しくらってたそうなんですね。

そして孫は見事に息子のコピー。
「ビアンカ、あなたも大変ね。わかるわ、その状況」
そう言われるんです。

ADHDというのは以前から聞いたことが合って、「もしや....?」と思ったこともあるのですが、少し調べてみた範囲では、やっぱりちょっと違うなという感じでした。今回薦めてもらったこの本を読んで、描写されているFelix君の赤ちゃん期の様子が息子のそれと酷似していたのでびっくりしましたが、その後の生活の部分はあまり当てはまらず、ADHDの基本的な特徴と言われる「注意力散漫」「衝動性」「多動」のうち、息子の場合、衝動性と多動の傾向は強いものの、「何にも集中できない」というのは完全に違います。

ADHDにもいろんなタイプがあるそうなので、素人に簡単に判断がつくものでもないでしょうが、個人的に知っているADHDのお子さん数人とも息子はかなり違うし、結局、自分達の状況と照らし合わせて「目からうろこ」という感じではありませんでした。それに、学校を変わってから息子は目に見えて落ち着いて来たので、この頃はあまり心配していません。

でも、この本、とても興味深く読みました。母親である著者は三人の子供が学校で問題児扱いを受け、周囲からさんざん苦情を言われ、仲間はずれにされ、おまけにカウンセラーや心理セラピスト達からことごとく、「お子さんがこうなったのは、母親のあなたの躾けが間違っているから」「あなたの愛情が足りないから」「あなたの接し方が悪いから」「あなたの精神状態がよくないから、子供がトラウマになる」など言われ続け、悩み、親としての自信を失って行く。そして長い闘いの末、ようやく診断が下され、投薬治療によって状況が大きく改善されます。しかしそこでもまた、「ADHDなんて、子育てがうまくできないことの言い訳」だとか、「子供に薬を与えて静かにさせるなんて、ドーピングと同じ」という批判の目に曝され、苦悩する。

ADHDに限らず、昔なら「変な子」「どうしようもない子」と見られて終わっていたのが、実は特定の先天性もしくは後天性の原因による障害であることが明らかになるケースが増えていますね。セラピーによって困難な状況が取り除かれたり、周囲の理解が得られるのはよいことでしょう。

でも、とても難しいですね。障害ってそもそもなんなのか、と考えると。

私なりの理解では、世の中には健常者と障害を持つ人の二種類の人間がいるのではなく、人間には知的にであれ、身体的にであれ、それぞれ特徴が必ずあって、その特徴がある一定以上に目立って、その結果社会の中で生活するのが難しくなった場合、それを「障害」と呼んでいるのだ、とそう思っているのですが、そうではないのでしょうか。

そして、「普通の人」とはあらゆる意味で平均的な人のことで、実際にはあらゆる面で平均的な人なんて滅多にいない。たとえば私の「日付/時間間違い癖」なんて、人から見ればかなり異常なことだろうと思うし.....

「○○症候群」という名称が与えられると、その特徴は「病気」や「障害」として扱われるようになって、そこに医学的定義が存在するようになるのでしょうが、異常であるということの定義だって、時代背景や文化によっても相当に誤差が生じそうだから、普遍的なものとは言えない。

複雑だなあと思います。

何かの困難にぶつかった人にとって、原因を知ることは状況克服の助けになるのでしょう。そして今のところ困難にぶつかっていない人にとっては、「世の中にはいろんな人がいて、何が普通であるかは簡単には定義できない」と心に留めておくことが助けになるのかもしれない。

そんなふうに思いました。


スポンサーサイト
  1. 2006/08/18(金) 22:08:20|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:12
<<保護者の力が学校を変える? | ホーム | 電車タイムを有効に>>

コメント

今まで、何だかわからなかったものに「診断」がつくと「病気」や「障害」になるんですよね。
たしかに、「いい方向に治して行く」という観点からみれば、いいことのようで…。
でも、いい方向って?治るって?
それに医学の力が本当に必要なのかどうか?
それより、その「病気」や「診断」を取り巻く、受け取り側の意識の一致がない限り、難しいですよね。
  1. 2006/08/18(金) 19:11:30 |
  2. URL |
  3. 麻 #-
  4. [ 編集 ]

同感です

まったく同感です。現代はなにかと名前をつけて囲い込みをし、あげくこっそりと差別する社会だと思います。マスコミはその代表たる存在でしょう。仰るとおり、普通の人なんて幻想として脳内に存在しているだけ。でも、人は不利益を被らないように密かに普通の人を演じているのです。(私自身も含めて)
  1. 2006/08/19(土) 00:02:57 |
  2. URL |
  3. waremokou #-
  4. [ 編集 ]

麻さん

治る=平均に近づく?なんだかピンと来ませんね。一方では「個性を伸ばそう!」とも言っているのだし.....
  1. 2006/08/19(土) 04:45:39 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

waremokouさん

「普通」の幅も、社会によって違う気がします。けっこう何でもありの社会もあれば、統一性の高い社会もありますよね。
  1. 2006/08/19(土) 04:48:03 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

なんでも病名

精神科、心理科あたりの研究が進んでいるといわれるアメリカで、そういうなんとか症候群などの病名が毎年のように新しく発表されているような気がします。 

それでもってなんでも薬ですよ。結局脳みその働きが影響するので、それを薬でまともに・・というのも分からないでないですが、人間が成長していくうえで、形成される脳なら、薬でなくて逆にセラピーや周囲の接し方で変わるような気もします。 時間がないから、てっとり早く薬なんでしょう。

子供の場合、これからいくらでも成長していく時間があるから、大人になってからよりはずっと自然に育てていく途中で軌道修正、寄り道はいくらでもできるじゃないかな?と思います。(口で言うはやすしですけど)
  1. 2006/08/19(土) 04:50:05 |
  2. URL |
  3. すまいる #-
  4. [ 編集 ]

すまいるさん

アメリカ人はサプリメント摂取量なんかも多そうですよね。普段からビタミンとかサプリで気軽に摂取しているから、薬に対する抵抗も少ないんでしょうか。

精神分析もアメリカでは盛んなのですよね?カウンセリングというのはあったほうがいいと思うけれど、間違った分析もたくさんあるだろうと思うと、ちょっと怖い気がします。
  1. 2006/08/19(土) 05:00:07 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

小学校の4年まで、通信簿に「おちつきがない」と全学期かかれました。本人は気にしていませんでしたが母親がかなり精神面でマイっていたようです。今、家内が息子のおちつきのなさに神経質になってます。私は全く気になりません。
  1. 2006/08/19(土) 11:55:58 |
  2. URL |
  3. Kiasu #-
  4. [ 編集 ]

究明すること!?

癌などもそういう類の発見かもしれませんね。昔であれば、高齢のための合併症とかなんとか言われて亡くなったのに、現代では『癌細胞』がどうだこうだ、『転移』がどうだこうだと、僕らを不安にさせます。
知ることは進歩ではあるし、知らないことはそれはそれで恐怖でもありますが、知ったあとに薬漬けになるのも何か違うような気がしますし、何でもかんでも突き詰めて知っていくのも、ひょっとしたら少し違うのかもしれませんね!?
  1. 2006/08/19(土) 18:32:08 |
  2. URL |
  3. RYO #-
  4. [ 編集 ]

kiasuさん

私は全学期、「ぼうっとしている」と書かれる子だったので、息子の落ち着きのなさについていけません......
  1. 2006/08/20(日) 01:35:29 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

RYOさん

本当に、どこまで知るべきなのか....知ることでいい結果が得られるならいいけど、かえって悪い結果がもたらされる場合もあるでしょうね。

多少問題があっても気持ちの持ちようで乗り切れるケースもあれば、原因がはっきりしてスッキリするってこともあるだろうし。

結局、よくわかりません。
  1. 2006/08/20(日) 01:40:50 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

ビアンカさん、コンニチハ。
ご存知の通りうちの息子も落ち着きなく、ホーム・ドクターから「ADHDの兆候アリ」と定期健診のノートに書かれました。
ドイツでも、このADHDという病名は流行のようで、少しでも落ち着きがなかったり、大人の言うことを聞かないと、すぐこの言葉が出てきますね。

私も心配になって、いろいろと読んでみたりしましたが、当てはまるところもあり当てはまらないところもあり。
どちらかと言うとアスペルガー症候群と言う方に近いような気もしました。
でも、これらの項目と照らし合わせると、誰しもがどこかに当てはまるグレーな部分を持っていたりするものですよね。
通常と異常の違いって、ボーダーはどこで引けるのでしょうか。

明らかに他人との意思疎通が出来ないとか人の気持ちが分からない、というのは社会生活において支障が出てくると思いますが、そうでなければ少しばかりやんちゃでも、それは「個性」として受け止めたいと思います。
親は、その個性を頭から否定せずに、社会の迷惑にならないよう導いていくことが任務だと思います。
(言うは易し、行なうは難し、ですが。)

私も、一時は自分の育て方が悪かったのかと悩みましたが、今はやっぱり「DNAのせい」と思います。(笑)
  1. 2006/08/20(日) 23:07:55 |
  2. URL |
  3. トミ子 #tIsfWnJQ
  4. [ 編集 ]

トミ子さん

ADHDには「夢見る花子さん」タイプという、落ち着きはあるけどぼうっとしていろんなことを忘れる人もいると書いてありました。なんだか自分のことを言われているような.....

やっぱり、誰でも少しは当てはまる部分があるんでしょうね。

昨日、娘の入学式でした。毎年、入学式に新しく木を一本、校庭に植えるのだそうです。種類はその年によって違うらしいのですが、「木の性質はそれぞれ違うので、それに応じた手入れをしなくてはなりません。無理に変えようとするとだめになってしまいます」という説明がありました。

「子供も同じかなあ」と、心の中で思いながら聞いていました。
  1. 2006/08/21(月) 04:32:24 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://ethno.blog13.fc2.com/tb.php/404-d45751a4
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

ほかの人たちと少し違うところがあるだけ

ビアンカさんの「少しじっと座っていなさい!」にTBさせていただくことにする。少し内容がずれるかもしれないけど、僕も自分の経験から思うところがあるのだ。僕の家内の父は、大腸癌を患って大腸をほとんどすべて摘出した。このときにも考えたのだが、きっと僕の義理の....
  1. 2006/08/21(月) 15:49:29 |
  2. 必至にいろいろと考える
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。