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日本人は議論が嫌い?

大分前になりますが、「ケータイを持ったサル」という本の著者が北海道新聞のインタビューで、「本が売れたのはいいが、評価はベタ褒めかクソミソかの両極端でがっかり。これでは発展がない。まったく日本人は議論ができないね」という内容のことを述べていました。

先日、義妹のキョウコちゃんにも「日本人は、お互いの違いを認めた上で会話を楽しむのは苦手ではないだろうか」と言われた。確かに日本人はあまり議論を好まないように感じますね。ドイツ人は、あーでもないこーでもないと議論するのが好きな人が多いかな。まあ、全員がそうではありませんが、相手が自分に同調してくれなくても日本人ほどは気にしないようです。

日本人があまり議論をしない理由について、こんなふうに言われています。

* 日本人はもともと自己主張が弱い。
* 日本人は対立を好まない。
* 日本人は論理力を鍛えるような訓練を受けていない。

まあそうなのかな、と思いますが、どうもこれだけでは弱い気がする。うーむ。

いまひとつ決定的でないな~と考えていたところ、こんな本を発見。

三輪正 「一人称二人称と対話」

先日、「相対的私」よ、さらばというエントリーに、日本語の一人称にバリエーションが多いのは自己を相手との関係において定義するからではないかと書いたのですが、私がインスピレーションを得た元記事のあるヒロさん日記でその後議論が展開し、興味深くそのやり取りを読みました。私なりに、もうちょっと掘り下げてみたくて上記の本を読んでみたわけです。

「ははぁ~ん。そうか~」ってことが書いてありましたよ。日本語は一人称だけでなく二人称のバリエーションも多い。あなた、あなたさま、あんた、おまえ、おまえさま、おたく、おたくさま、そちらetc....相手によって使い分けなければなりません。このように「常に相手との上下関係を意識しなくてはならない」言語で議論するのはやっぱり難しいものがあるかもね。目上の人を立てなければいけないという状況で「あなたの意見に共感しません」なんて言いづらい。生意気だ!って怒られるでしょう。異論を唱えるにしてもせいぜい、「仰ることはもっともでございますが、しかしXXXの可能性もあるかと・・・」なんて消極的反論にならざるを得ない。日本人のジョークに自虐ギャクが多いのも、自分を貶めてる分には「失礼にあたらない」からでしょう。日本で革命が起こらないのは、年の離れた相手や先輩に「同志」という言葉で呼びかけるのがメンタリティーに馴染まないからかも。

そう考えると、ヒロさんの「一人称を私という言葉に統一しよう」という提案は一つの可能性として面白いと思います。他者との関係を意識しすぎると自分の考えもロクに述べられないですもの。もちろん「私」以外の一人称を日本語から一掃するというのには相当無理があるし、そうなったらもはや日本語ではないとも言えますが・・・

あるいはこんなのどうでしょう。「会議・演説などでは英語を使う」ナニ言ってんだ~って怒られそうですね。英語を「外国人とのコミュニケーションのためのもの」だと考えれば、英語学習が必要な人はそれほどいませんね。海外旅行にも興味がないし、うちの田舎には外人さんがいないんで・・・っていう場合、英語を学習する必要は全然ないと言える。でも「論理力を身につけるために英語を学習する」っていうのならどうかしら。日本語では「失礼にあたるから」言えないことでも、英語だったら言えるかも!?言論のツールとして、英語は便利なんじゃないかと思いますよ。

「日本語でさえ正しい使い方をおぼえるのは難しいのに、英語なんて強要してこれ以上負担を増やすのはいかん!」って?確かに現実的ではなさそうですね。

やっぱり面倒くさい議論なんてしなくていいのかしら・・・?
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  1. 2005/05/09(月) 10:01:17|
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