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異文化好き好奇心人間の世界考察ブログ

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学びと遊び

夏休みに入ってから、子供達と野外を走り回って(泳ぎ回って)いるので、肉体的に疲れ果ててベッドに倒れ込む毎日です。すでに、この一帯のオススメスポット満載のガイドブックが書けるんじゃないかという勢いですが、日本語で書いても利用者はほとんどいないに違いないのが残念。

しかし今日は珍しく睡魔に襲われずにいるので、頭に浮かんでいることを書いておきます。

「学校教育の現場でもっとも大事なことは何か」と考えるとき、私は「たくさんの知識を提供すること」や「暗記テクニックを伝授すること」よりも、「学びへの興味を喚起すること」が何より大事と相変わらず思っています。

先ほど拝読した、ヒロさん日記の最新エントリーのここの部分、

遊びながら、賢くなり、社会性を身につけられるなら、それにこしたことはない。学んだ内容をどれだけ「記憶」として保持できるかどうかは、さほど問題ではない。それよりも、「学ぶことの面白さ」をどんどん体験してほしいものだ。


共感、共感。

何故って、学ぶことが楽しいと思えたら、一生退屈しないもの。客観的に賢くなれなかったとしても、主観的に賢くなったつもりになれたら、それだけでもいいじゃないか。

おとなはいいなあ。もう勉強しなくていいんだから」って、多くの子供が言いませんか?なんだか悲しい。
大人になる=勉強をやめる=嬉しい。何かが違うと思う。世の中にあるものを「勉強」と「遊び」に分けるってことからして、ナンセンスじゃないでしょうか。どんな遊びだって、そこから何かを得ようという意思があれば勉強になるんだし、どんな勉強も、楽しくやれば遊びみたいなものなんだから。

何故勉強が嫌になっちゃうかっていうと、「知識」を「道具」だと認識するからでは?知識を「○○するために必要なもの」だととらえると、そりゃ面白くないです。せっかく学んだことを記憶しておけないなら無駄だとか、せっかく学んだのに使う機会がないなら無駄だっていう考え方から抜け出せたらいいのに。知識が単なる道具であって欲しくない。学んだことを記憶しておけるかどうかは置いといて、学んだという体験そのものが自分という人間を形作る細胞の一つになればいいのに。

語学学習者に対するよくある批判に、「中途半端に外国語を覚えたって何もならない。言葉は道具なのだから、仕事で使えないような日常会話しか身につかないなら、お金や時間を費やしてもムダ」とか、「発音や文法を完璧にしても、伝える中身がなければ何もならない。言葉は所詮、情報伝達の道具なのだから」というのがあって、どちらも言いたいことはよ~くわかります。確かにその通りですから、いつもウンウンと頷きます。

だけど、なんだかちょっぴり物悲しくなるんですよ。言葉って単なる道具に過ぎないのかって。言葉ってそれ以上のものなのじゃない?言葉って心なのじゃない?言葉って人間の血肉なのじゃない?

外国語を覚えるのは、仕事に使うためだけじゃなくて、自分という人間を豊かにするためでもあると思うんだけど。

勉強したくないと子供が言うとき、そこには「何故こんなものをやらなければならないのか?」という疑問や怒りがあります。「将来の為」と言われて、納得する子がどのくらいいるんだろう。子供にとって大切なのは、将来ではなくて「今」。

私の好きな歌の歌詞に、「一瞬の今を千秒にも生きる」っていうフレーズがあります。千秒の積み重ねが将来を作っていくのではないでしょうか。


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  1. 2006/07/13(木) 06:47:08|
  2. 教育・学校
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:15
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コメント

駄目です。

短くまとめられません。(なるべく早く)TBさせていただきます。
  1. 2006/07/13(木) 13:01:56 |
  2. URL |
  3. RYO #-
  4. [ 編集 ]

学ぶことと学びたいこと

子供のころは、強制的に学ばされてたという感じで、それが嫌でした。 社会人になってようやく、学びたいことが出てきて、今は学校に戻って、あれこれ勉強したいものがあります。 でも、経済的に、時間的に無理なので、将来の夢として、今は職場で、毎日の生活中で勉強してます。

その「大人はいいなあ、勉強しなくてよくて。」といった子、私ですよ。 将来社会人になって、きっと学びたいことがでてくるんじゃないですかね。
  1. 2006/07/14(金) 05:15:50 |
  2. URL |
  3. すまいる #-
  4. [ 編集 ]

RYOさん

TBりがとうございまーす。そちらにコメントしますね!
  1. 2006/07/14(金) 21:51:46 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

すまいるさん

社会人になってから勉強したくなる人、結構いるみたいですよね。

私も大学を出てから勉強したいことが見つかって、ドイツの大学に入り直しました。ドイツの大学は無料だったので。
  1. 2006/07/14(金) 21:54:04 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

ご無沙汰しております!

ビアンカさん。本当にお久しぶりです。実はコメントはできなかったものの、しょっちゅう遊びにきてました。^^
ビアンカさんもすでにドイツに引越しされ、子供達も楽しく生活している様子をみるととても嬉しいです。
特にビアンカさんの子供に対する教育方法をみると、本当に勉強になります。私も将来子供ができたらビアンカさんのような心を持ちたいな~と。

>客観的に賢くなれなかったとしても、主観的に賢くなったつもりになれたら、それだけでもいいじゃないか。

確かに学校の成績がすごくよくても社会に出てきた途端おちこぼれになる人って多いですよね。
そういう人っというのはきっと教科書だけの知識しか学んでないからそういうことがおきると思います。
私の経験からも毎日学校の机での勉強よりも家族や友達とのコミュニケーションから学んだことのほうが将来もっと使えること多いし・・・
まあ、私の場合大人でもこれからも学ぶことだらけですけどね。
  1. 2006/07/15(土) 00:30:50 |
  2. URL |
  3. anna #-
  4. [ 編集 ]

勉強=学校の教科と考えると勉強嫌いな人がいても不思議ではありませんね。私の場合、勉強=社会見学だと思っていますので、今でも家内の目を盗んでいろいろ勉強しております。家内を裏切るような行為はしておりませんとだけ付け加えておきます。
  1. 2006/07/15(土) 01:51:17 |
  2. URL |
  3. Kiasu #-
  4. [ 編集 ]

annaさん

お久しぶりです!どうされてるかなと思って、私もちょくちょくのぞいていましたよ。お元気そうで何よりです!
  1. 2006/07/15(土) 03:58:19 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

Kiasuさん

私、Kiasuさんのマンウォッチングが大好きです。なんでも社会勉強だと思うと、楽しいですよね~。
  1. 2006/07/15(土) 04:00:58 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

小学生に言わせたくないコトバ

>「おとなはいいなあ。もう勉強しなくていいんだから」
このコトバは悲しいですね。18才の受験生が言うなら、頑張れで済ませればよし。14才の中学生の言葉なら、学校社会への嫌悪と絶望がにじみ始めています。でも、小学生にだけは言わせたくないコトバです。

(業務連絡:TBをおねだりしてもよろしゅうございますか?)
  1. 2006/07/16(日) 23:33:04 |
  2. URL |
  3. Hiro-san@ヒロさん日記 #SFo5/nok
  4. [ 編集 ]

ヒロさん

はっ!TB忘れていましたね。ごめんなさ~い!
  1. 2006/07/17(月) 00:48:36 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

学びに対する興味だけでは。。。

学ぶことに意欲的であるのは大事ですが、それだけでは教育とはよべないと思っております。論理力と分析力を身につけるのは教育の根幹でしょう。論理と分析の基礎は言葉。書き・話し・読み・聞くことにより言葉は習得されますが、このリテラシーの基礎は、脳研究や教育心理学の成果などから、小学生時代に身に付けるべき要素だそうです。
  1. 2006/07/20(木) 14:00:42 |
  2. URL |
  3. waremokou #-
  4. [ 編集 ]

waremokouさん

書き、話し、読み、聞くが絶対に身につけるべき基礎要素であることに疑問の余地はありませんね。(脳研究や教育心理学の成果、気になります)

でも、今の教育で論理と分析の基礎がしっかり身についているとは思えない。つまり、リテラシー教育が不十分ということなのでしょうか。

それと、私がとても知りたいのは、国語や算数などの基礎的な能力を、いわゆる叩き込み全くなしで身につけさせることは可能なのかどうかです。不可能ならそれはそれでよいとして、純粋な興味からそれが知りたいです。
  1. 2006/07/20(木) 20:10:26 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

>脳研究や教育心理学の成果、気になります

ジェーン・ハーリーなど、いかがでしょう。

>でも、今の教育で論理と分析の基礎がしっかり身についているとは思えない。つまり、リテラシー教育が不十分ということなのでしょうか。

この点はむしろビアンカさんにお伺いしたいのです。日本では、三森ゆりか氏という、筑波でお子さんを対象に、ドイツの教育を日本的にアレンジし直して、情報を分析・解釈し、論理的思考に基づいて自分なりの考えを組み立てる力が育てるための教育の塾のようなものを開いている方がいます。ビアンカさんが御覧になったドイツの教育は、日本の言語教育と違いますか。

>国語や算数などの基礎的な能力を、いわゆる叩き込み全くなしで身につけさせることは可能なのかどうかです。

私はいわゆる専門家ではありませんので、ご返答は致しかねます。
ですが、国語に関して言えば、大村はま先生などはやはり教え込むことが必要だと考えていらっしゃるようですね。算数の基礎は計算ですが、修練派と意味理解派と別れるようです。でも、意味理解派の榊 忠雄氏ですら、修練の仕方を論じたりしているところから見ると。。。どうなのでしょう。




  1. 2006/07/21(金) 01:23:38 |
  2. URL |
  3. waremokou #-
  4. [ 編集 ]

waremokouさん

文献のご紹介、ありがとうございます。探してみます。

うちの息子がドイツの一般的な学校に通ったのは小学校の最初の一年だけなので、日本と比較するには不十分なのですが、私自身が日本の大学を卒業してドイツの大学に入り直したとき、学生に要求されるものが全く違ったので、とても苦労しました。耳で聞いたことを自分の言葉でまとめる、自分の意見を口頭で論理的に述べる、というのが特に難しかったです。

現在子供達が通う学校は、「教え込みなし」のようなのですが、途中で転入したため、いまのところメソッドについてそれほど具体的には知りません。9月に保護者のためのワークショップがあるそうなので、そこでいろいろ質問して、その内容をまたブログで紹介できたらと思っています。
  1. 2006/07/21(金) 04:28:12 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

>9月に保護者のためのワークショップがあるそうなので、そこでいろいろ質問して、その内容をまたブログで紹介できたらと思っています。

楽しみにしております。^^
  1. 2006/07/21(金) 08:29:54 |
  2. URL |
  3. waremokou #-
  4. [ 編集 ]

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学ぶことと遊ぶこと

ビアンカさんの『学びと遊び』を読ませていただいてコメントさせてもらおうとしたところ、「あぁー、駄目だ。まとめ切れない…。」となり、TBさせていただきます(ビアンカさんの趣旨とずれていくかもしれませんのでお許しを)。まだ、ビアンカさんのこのお話を読まれていな
  1. 2006/07/13(木) 15:26:04 |
  2. 必至にいろいろと考える
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