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異文化好き好奇心人間の世界考察ブログ

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内面の充実

先日から、いろいろな方のブログを拝読して随分と考え込んでいるのですが、どうもうまく考えをまとめることができません。でもとても気になるので、2つのエントリーをここでご紹介します。

一つはヒロさん日記の「神話の力」:あなたの輝きこそが世界を照らすという記事です。「神話の力」という本からのこんな引用が私の心に引っかかりました。

私たちは外にある目的を達成するためにあれやこれやすることに慣れすぎているものだから、内面的な価値を忘れているのです。「いま生きている」という実感と結びついた無上の喜びを忘れている。それこそ人生で最も大切なものなのに。



そうかもしれないと感じました。私達は「しなければならない」ことをするのに、本当に忙しい。「~のために頑張る」ということが、とっても多い。でも、「しなければならない」と考えていることのうち、本当にしなければならないことってどのくらいあるんだろう。

二つ目はKakoさんの記事、ゆとり

私が田舎の小学校に通っていた頃の、あの授業を都会の教育ママたちがみたらなんて言うだろう。「信じられない!」と抗議の嵐だと思う。だって教科書なんて半分も終わらないのだ。学期の途中で転校した私は、あまりに授業が進んでいなかったことに転校先の学校で驚かれ、急遽一週間ほど特別補講を受けたくらいだ。

じゃ、どうしてそんなことになっていたのか? 別に先生がさぼっていたわけではない。むしろ一生懸命だった。授業を工夫し、全員が分かるまで丁寧に時間をかけて教えてくれる。おかげで教室の中は子供たちの笑顔がいっぱいで、いつも明るかった。

それから、授業は教室の中だけにおさまらなかった。理科も、社会も、よく外へ出、じかに手にし、調べて歩いた。例えば、川の上流、中流、下流の様子が違うことも、実際にみんなで川沿いを歩いて石を拾い、確かめた。地層について学ぶときは、観察できるところがないかそれぞれ探して先生に報告し、そこへ皆でぞろぞろでかけるといった具合だった。今でいう総合学習のようなものも多かった。それらはとても楽しかったし、随分理科の目を養ってもらっていたと思う。実際、ああいう経験がなかったら、私は理系に進路をとらなかったかもしれない。



カリキュラムをこなすことと、学んだという実感を得ることと、どちらがより大事なのだろうかと考えてしまいました。一定の量をこなすことは安心と結びついている。「これだけやっておけば、まず安心」。でも本当にそうなんでしょうか。「しなければならないこと」に縛られて、見失うものは大きいかもしれません。

教育とは生きる力を育てるためのものだと人は言うけれど、生きる力は生きる喜びと切り離しては考えられないと思う。

社会の一員として行きていく上で、最低限知っておいた方がよい知識というものはあるけれど、その一定の知識を得ただけで社会の一員としてうまくやっていけるわけではないことは、日々起こる悲惨な事件を見れば明らかですよね。

「しなければならないこと」はちょっと置いておいて、「したいことをする」って、そんなに贅沢で我が侭なことなのかな........

もちろん、生きているうちには、「内面の充実」などということはとても言っていられない苦しい状況に陥ることもあるし、経済的なことを全く考えないわけにはいけないけど。

目標とか目的とか義務とかを一切忘れて、ただ楽しいから何かをする時間を私は大切にしたいです。


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  1. 2006/05/27(土) 16:23:00|
  2. 教育・学校
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:10
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コメント

ビアンカさん、トラックバックをありがとうございました。

ああいう記事を書きながら、私の中でも答えはでていません。素晴らしい授業である一方で、必要最小限のことがなされていませんでしたので。

「しなければならないことをする」のと「したいことをする」のとをどちらもこなすためには、若い時間はあまりに短いなと思うのでした。
で、問題は、その最中にいるときに、そうと気付かないことかもしれません。
  1. 2006/05/27(土) 21:42:24 |
  2. URL |
  3. Kako #cUXo0n5o
  4. [ 編集 ]

うーん考えさせられますね。私は「しなければいけないこと」より「したほうがいいこと」しかしていないような気がします。あくまで主観的なので、好きなことしかしていないような気もしますが、それはそれで悪いことではないと自分に言い聞かせています。
  1. 2006/05/27(土) 21:46:00 |
  2. URL |
  3. Kiasu #-
  4. [ 編集 ]

理想と現実

中学で英語の先生をやっている友だちは「受験があるから、カリキュラムを終わらせなくてはいけなくて、結構ストレスだ」と言っていました。本当は受験なんて気にせず英語の愉しさを教えたいとも。

一般的にアメリカの子どもたちはおもちゃを与えられ過ぎていて、なんというのか「代用」で物事をすましている傾向が強いような感じがします(本当は違うかも)。
自分の子どもには、おもちゃよりも実際外に出ていろんなことを経験させたいと思っているけれど、どうなるのかな。

「楽しい」と思えることを一緒に追求していきたいものです。
  1. 2006/05/27(土) 21:49:48 |
  2. URL |
  3. アキツ #-
  4. [ 編集 ]

最初に

そうですね。
両親や隣人の子育てなどを見ていても答えがない、ということが何だか返って強迫観念を呼び覚ましているなぁ、と思うことがあります。

以前にも書いたかも知れないけれど、、先ず自分が“健康で元気”というのが原点かも。

土地が変わって新しい視点が拓けてきている、ということではないでしょうか。
  1. 2006/05/29(月) 04:05:25 |
  2. URL |
  3. panics #-
  4. [ 編集 ]

Kakoさん

「しなければならないこと」も「したいこと」も合わせて、世の中にはできることが限りなく溢れていると思います。

少しも退屈せずにいられるほど、世界は広く、深いと考えると、私は明るい気持ちになれるんです。
  1. 2006/05/29(月) 05:22:17 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

Kiasuさん

客観的にはどうあれ、主観的には「好きなことしかしていない」と感じていらっしゃるKiasuさんは、お幸せなのではと思います。
  1. 2006/05/29(月) 05:31:08 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

アキツさん

教員の方々も辛いのでしょうね。自ら教師になることを選んだのだから、きっと伝えたいものがそれぞれあるのだと思います。

一人一人の教員の個性が生かされないのなら、それも残念なことだと思います。
  1. 2006/05/29(月) 05:34:20 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

Panicsさん

この記事を書きながら、Panicsさんのお言葉を思い出していました。何かをやるやらないの前に、心身の健康が一番大切ですね。
  1. 2006/05/29(月) 05:36:15 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

読んでいて

すごく嬉しくなったテーマです。僕もそういうこと、よく考えます。それで、そういったことの本質を理屈では理解できながら、実践に移す段階でたくさんのクエスチョン・マークに襲われます。
『本質』、『真実』、『真理』、『理想』。なんと言っていいのか分かりませんが、こういったことを追える人生であったら、どんなによいことでしょう。
  1. 2006/05/31(水) 16:04:07 |
  2. URL |
  3. RYO #-
  4. [ 編集 ]

RYOさん

実際的なことを考慮せずに暮らすことはできませんが、実際的なことばかりでも味気ないですよね。バランスよく生きられたらいいのですが。
  1. 2006/06/02(金) 04:35:12 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

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