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異文化好き好奇心人間の世界考察ブログ

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国民性やその他いろいろについて

最近、Ryoさんのブログ「必至にいろいろ考える」をよく読ませて頂いています。Ryoさんはバリ島の生活の中で感じたこと、気づいたことなどを書いていらっしゃいます。

いつも、「う~ん。なるほどそうなのか。そういう考え方があったのか」と感心し、それまでの自分の考え方を振り返ったりしています。とても興味深いです。

私はドイツだけでなく、アジア各国の文化や考え方にも関心がありますが、長年ドイツに住んでいたのでどうしてもドイツとの比較で日本を見てしまいます。ドイツ的な感覚からすると日本人は、「論理的というよりむしろ情緒的」で、「個人主義というよりもむしろ集団志向」で、「能動的というよりもむしろ受身的」で、「白黒明白というよりも曖昧」で、それでもって「自己が相対的」。

これじゃ、まさにクリシェそのものではないか~、と自分でも少々うんざりし、「もっと別の発見はないのだろうか」と思うのですが、人から聞いたことの受け売りばかりというわけでもなく、本当にそのように感じてしまう自分。

Ryoさんは「日本人とは云々・・・」と論じられているわけではなく、ご自身の生き方、考え方について再考するというスタンスでいらっしゃいますが、エントリーを読んでいると、日本で生きてきたという共通のバックグラウンドを持つ私やその他の日本人をも含めた考察であるとも感じられ、非常に考えさせられるのです。

そして、バリ島という社会文化の中から見た日本は、私がドイツというフィルターを通して見る日本とは違う。ときには全く逆のようにすら見えます。

物事って、実体があるようでない。物事は見る角度や比較するものによって違って見える。そんな当たり前のことに改めて気づきます。

しかし、人間である以上、物事についてなんらかの印象や意見を持つのは自然なことで、また、何も意見を持たなければ行動することもできないのですよね。意見は持たなければいけないが、自分の意見は「絶対」ではないということを常に念頭に置いておく。これって、とってもムズカシイ!

ドイツの大学では文化人類学を専攻していましたが、ドイツ人学生達が○○族について、など議論しているときに、日本というフィルターを通して○○族を見ている私にはドイツ人の議論がとんでもなくとんちんかんに感じられたことがありました。

私が何かについて日本人やドイツ人と議論しているときも、たとえばインド人などからすれば、怖ろしく的外れに聞こえたりもするのだろうなあ~。

と、ちょっと恥ずかしくなりました。

これからも、読む方によってはとんちんかんな理論を展開するかもしれませんが、どうかご勘弁くださいね。
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  1. 2006/01/22(日) 12:10:16|
  2. 異文化
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

恐れ入ります・・・・・・

自分のなりの考えを持つものの、それが決して絶対ではないという疑いをも持つこと、理屈では理解できてもそう実行・実践していくことは非常に難しいです。ましてや僕のように日本の学歴社会に一度はどっぷりと浸かってしまった中途半端な学歴保持者。角度を変えた考察は、自分発見のためのアプローチでもあります。
ご紹介及びTB、ありがとうございます。
  1. 2006/01/24(火) 08:49:59 |
  2. URL |
  3. RYO #-
  4. [ 編集 ]

Ryoさん

Ryoさんの観点は私にとって非常に興味深く、でも深い考察を咀嚼するのに時間がかかって、気の利いたコメントを残せずにいます。

今後いろんなことを考え直す材料にさせていただきます。
  1. 2006/01/24(火) 09:11:40 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

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