わいるどわ~るど 

異文化好き好奇心人間の世界考察ブログ

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運動と意欲

私、体を動かすことがキライです。子どもの頃から、臆病でモノグサでした。おまけに、5歳の頃、交通事故で重症を負って長いこと寝たきりだったので、「外で泥んこになって元気に遊ぶ」こととは、ほとんど無縁の子ども時代を過ごしました。家の中で絵本を読んだり、ぬり絵を塗ったりしてました。

ですから、子どもができて、公園へ子どもを連れて行くっていうのも嫌いで、雨が降ると「よかった~」って内心、喜んだりして。

ところが、昨日、ある本を読んでいて、気になることを見つけてしまいました。

お母さんの「敏感期」 モンテッソーリ教育は子を育てる、親を育てるというのが、その本です。モンテッソーリ教育ってどういうのだろう?と、ただいま興味を持っているところなので、図書館で借りて来たのです。

すごく大雑把に言いますと、そこに書かれているのは、子どもの発達の過程には「敏感期」といって、特定のことに強い感受性を示す時期があるので、その敏感期を見極め、時期に応じた活動をさせましょうってことみたいなんですけど。

それでですね、人間の脳の発達は、「延髄」から始まり、「脳橋」→「中脳」→「皮質」へと進んでいくらしい。健全な発達において大事なことは、この自然の法則に従った活動をすること。つまり、「新しい段階へと順調に入っていけるかどうかは、その前の段階をうまく終了してきたかに、全面的にかかっている」のだそう。(どっかで聞いたことあるな・・・)

具体的には、はいはいの時期には、充分はいはいをさせるべきで、歩行器になんかに押し込んでしまうな、とかそういうことのようです。

この理論では、三歳から七歳までは「運動の敏感期」だそうで、この時期には、子どもは随意筋肉を訓練するためにやたらと動き回るのが普通である。

ちょっと引用しますと、

 この時期には、からだ全体の筋肉を動かして、大きな動き方の筋肉調整をします。この大きな動きを自由自在にできるようになると急に自信がついて、態度が堂々とすることがあります。タイヤ跳び、跳び箱跳び、逆上がり、縄跳びなどで、より高度な目的に向かうような環境を整えてあげると、涙ぐましいような全力投球の努力をするものです。



ううう・・・最近、ごくごく身近に例があったような。

さらに、

 からだを100%使って、精一杯の努力を惜しまないのは一生に一度、この時期だけです。しかも大事なことは、この時期に100%の力をだし切る全力投球の経験をした子どもは小学生以後、何事にも力をだし切ることができます。ところが、幼児期に100%の力をだし切って全力投球でがんばる経験をしなかった人は、小学校以上になってから、とことん最後まで努力をするという粘り強さに欠けます。能力はあるのに、100%の努力をしないで、「もう、ここらでいいわ」と切り上げます。



ひえ~っ。私、全力投球で体を動かしたことなんてありませんよ。そして、「意欲」は結構ある人間だと思うけど、「粘り強さ」「闘争心」などというものは、まるでないですね。好奇心だけは旺盛だけど、何をやっても「もう、ここらでいいわ」で終わってしまうタイプそのもの・・・

ま~、巷に数ある理論の一つに過ぎませんから、鵜呑みにするこたぁないですよねっ!

と思ったけど、夫にこの話をしてみると、こんな返事が返ってきました。

「う~ん。よくわかんないけど、でもなんとなーく、運動と意欲には関連性がある気はするなあ。筋肉を動かし、鍛えることで意欲とか闘争心とかが湧き出てくるメカニズムが人間にはあるんじゃないの?」
「えー!それって、筋肉を動かすと特定の脳内ホルモンが分泌されるとか?」
「たぶん、そういうことじゃない?」

うーん。その可能性は否定できないですな。

私の「粘りのなさ」は、子どものときに体を動かさなかったせいなんでしょうかね~。そして「運動の敏感期」を過ぎた今は、もうどうしようもない!?

でも、これって「人間には前進しようとする本能があり、前進しようと努力することは善である」という前提のもとに成り立っている理論のような。

どちらでもいいんですが、やっぱり運動不足はいけませんね。今日は休日ですから、散歩にでも行くことにします。

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  1. 2005/11/03(木) 07:12:24|
  2. へえ~のお話
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6
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コメント

おひさしぶりです。

私は難しい脳の話はよくわかりませんが、自分の経験から言うと、「少しだけ大変な努力をすれば達成できる目標をクリアする快感」を知っているかどうかがミソなのだと思います。努力が大変すぎたり楽すぎたりするとダメで、大変さの度合いが難しいのですが、慣れてくるとその度合いもわかってきます。
3~7歳の時期に目いっぱい体を動かすことをした子供は、そういう快感の味わい方を幼くして体得してしまったのではないかと思います。
でも、それは大人になってからも「学習」できるような気がします。
もっともこれは私が自分の経験から漠然と思っているというだけで、学術的な裏づけは何もありませんが...。
  1. 2005/11/04(金) 00:45:54 |
  2. URL |
  3. punipunipyonpyon #-
  4. [ 編集 ]

punipunipyonponさん

では、努力するのは必ずしも運動じゃなくてもいいのでしょうか。「ちょっと頑張ればできる」ことを、今までに私がやってきたかどうか思い出して見ると・・・「ドイツ語の格変化を覚えた!」

しかし、二度とやりたくないです。
  1. 2005/11/04(金) 08:07:13 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

おもしろいっ

うわぁ、これってまさに、私と弟だ! 私はおてんばでとにかく外でどろんこになって遊んでました。運動大好き。中学にあがるまではガキ大将でした。 学校の勉強は得意不得意が半分半分極端に違う成績でした。

うって変わって弟はずっと頭が良く、私ほど外で遊ばず、運動も不得意。自分の能力を見切っていて、全部自分の能力を100%出し切らずに、90%くらいでとどめる。 結局大学も頑張ればもっといいところにいけたのに、適当な私学を選んで、その後の人生もそんな感じ・・・。 

私は今でも全力投球。負けず嫌いで、初志貫徹がモットーくらいに、とことんやり方が考え付かなくなるくらいにトライして、ギブアップするか、やり遂げます。

自分が勉強ができなくても努力することを知っていることを知っているので、自分の子供にはもっと理解力を持って接することができるんでないかなと思ってます。
  1. 2005/11/06(日) 07:33:03 |
  2. URL |
  3. すまいる #TwO4yE0Y
  4. [ 編集 ]

すまいるさん

う~む。几帳面で努力家のすまいるさん。子どもの頃の遊びでその能力が培われたんでしょうか。それとも生まれつき?

どうも、うちの娘は「すまいるさん路線」を歩みそうです。楽しみではありますが、だらしない私は見ていだけでヘトヘトだったりして・・・
  1. 2005/11/07(月) 12:39:45 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

は~~~

この記事読みながらずっと口からはっ~はっ~と納得する声が自然に出ます!
本当にそうかも知れません!私って本当に体を動かすのが嫌いで粘り強さもまったくない!
私の祖母は初孫の私をあまりも可愛がっては、友達との外出も禁止、家事もまったくさせようともせず(日本にきて初めてご飯を炊くほどでしたから)、弟と叔父が庭でやっているサッカーをみるくらいしかできませんでした。私がやろうと思うとそれは大変!怪我するから絶対だめだといわれるばかり!
だからなのでしょうか、弟は何をやっても優秀、運動も勉強もすべて。そして粘り強くしっかりやるほうでしたが私はまったく反対!;;
う~ん~、ちょっと悔しい!苦笑
もちろん愛情一杯もらったので、いつも感謝していますけどね!^^
  1. 2005/11/07(月) 13:24:50 |
  2. URL |
  3. anna #-
  4. [ 編集 ]

annaさん

わ~。アンナさんと弟さん、この理論に当てはまっているんですね!

「赤ん坊の頃、着替えやオムツ替えのときにバタバタ暴れる子は10歳になっても動き回って落ち着きがない」なんていうのも、どこかで読みました。持って生まれた性格もあるのでしょうが、先天的なものは変わらないとして、後天的な部分が気になってしまいます。
  1. 2005/11/08(火) 11:17:12 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

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