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異文化好き好奇心人間の世界考察ブログ

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保育士と親と子どもと

今朝、いつものように、保育園のバスが我が家の前に停まりました。娘は、バスのドアが開くのが待ちきれず、
「シンイチ!シンイチーッ!」
大声をあげながら、バスへ走り寄りました。
「シンイチ、あのね。昨日、花火したよ!」
シンイチというのは園長先生です。シンイチさんは、保育園の経営者ですが、自ら日常の保育にあたり、園バスの添乗もします。

ドアが閉る直前に、私は園長先生に、「よろしくお願いします」と言い、娘には「ゆりこ、行ってらっしゃい」と言いました。しかし、娘は私には目もくれず、「シンイチ、あのね」と園長に話しかけています。

バスは去っていきました。娘の嬉しそうな横顔と、シンイチさんが娘に注ぐ暖かいまなざしが一枚の絵のようで、その絵はだんだん小さくなっていきました。娘は本当に園長先生が好きなのだなあと、ちょっとじーんと来ました。

子どもの幼稚園や保育園を選ぶとき、普通は何を基準に決めるものでしょうか。私は、息子や娘の預け先を決めるとき、何を考えたのか。

その幼稚園(保育園)は、何を提供してくれるのか

これだけだった気がします。お金を出してそこへ行けば、何かが自分(の子)に与えられる。私(の子)はそれを受け取る。「自分はそれをどう受け取るのか」なんて、考えたこともありませんでした。

今、娘が通っているのはオルタナティヴ系の保育園です。保育内容に惹かれて決めたのですが、入ってみてびっくり仰天しました。親のやることが、ものすごく多いのです。行事も多いし、仕事も多い。なんでも助け合いで事が運ばれていきます。

最初は楽しそうな雰囲気につられて活動に参加しましたが、しばらくするとだんだん重荷になってきました。忙しいから子どもを預けているのに、何故親にこんなに負担をかけるのか。親はここまでしなくてはならないのか。

確かに、活動を通して、親同士、とても親しくなれました。それ自体は楽しく、本当に喜ばしいことです。でも、それにしても大変。核家族で、仕事をしながら子育てをしているのに、園の手伝いやママ友達、パパ友達とのおつきあいもしなくちゃいけないんじゃ、あっぷあっぷです。

そんなふうに文句ばかり言う私とは対照的に、夫は週末になると喜んで保育園へ出かけて行きます。忙しくて都合がつかないときもありますが、時間のある限りは積極的に活動に参加します。もともと人の集まるところが大好き、という性格的な理由もあるのですが、彼はいつもこう言うんです。

「子どもは村で育つのがいいよ。保育園は村みたいだ」

田舎育ちの夫。小さな村で、たくさんの大人たちの暖かい目に守られて育った。いたずらをたくさんして、村のおじさん・おばさんに大目玉を食らって、罰としてツラーイ畑仕事を嫌というほどやらされたこともある。でも、叱られても、拒絶されていると感じたことはなかった。だから犯罪に走ることもなく大人になれたのかもしれないな。村で育ったことは、自分にはとても幸せなことだったんだ、そう言っています。

そういえば、ヒラリー・クリントンも、
「子どもはコミュニティの中で育てられるべきだ」と言っていましたね。神戸大学発達科学部の広木克行先生も、著書「手をつなぐ子育て」の中で、大人同士が仲間になって一緒に子育てをすることの大切さを説いています。

頭ではわかるんです。とても大事なことだって。でも、実際問題として、やっぱりなかなか大変なことです。無限に時間があるわけでもありません。そのへんがジレンマ。いくら保育内容が気に入っているといっても、あんまり大変なんじゃあね~って思うこと、よくあります。それに、100%理想的な保育園などこの世にあるはずもなく、「ここんところが、ちょっとなー」という点だって結構ある。

なのに、「大変だから別の保育園に変わろう」とは、一度も思ったことありません。何故なのかな?不思議だったけど、今朝、やっとわかった気がしました。

娘は毎朝、園長先生に飛びついていきます。
「シンイチ、みてみて。自転車、こんなにじょうずになったよ!」
「シンイチ、シンイチ!聞いて聞いて!」
娘は園長を愛しているんです。そして、私もこの園長が大好きです。いつも着たきり雀で、忘れっぽいところもあって、とても経営者らしく見えないけど、子ども一人一人を本当に愛してくれる人です。だから私も、「充実した保育を提供してくれる人」としてではなく、人間として園長を信頼している。

自分の大好きな人に子どもを預けられて幸せだなと思います。預けた子どもが確実に愛されるのだという安心感ってすごいです。子どもを預けるという行為において、「信頼関係」が何にも代えがたいものなのだと、ようやく気がつきました。

そして、「信頼関係」を築くには、「受け取る」だけじゃダメなんだな~って、少し反省・・・

「子どもがお世話になっているのだから、園の仕事を手伝わなくちゃ」とか「みんなやっているのだから、自分もやらなくちゃ」じゃなくて、「保育士や他の保護者と一緒に何かがしたい」って気持ちが大切だったんだなあと、しみじみ思います。

信頼関係って、たくさんの係わりの中からしか、生まれないのですね。




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  1. 2005/10/17(月) 10:18:22|
  2. 日常
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

私の場合、バスお姉さんが・・・

私も小さい村で育てられた田舎娘で、いつも家族や親戚、隣人たちに囲まれて育てられました。とても楽しく、今でもそのごろのことよく思い出したりしてます。母親はいろんな付き合いで大変だったそうですが。^^;
そして、家から幼稚園まではバスで40分もかかるところで、一人で通ってましたから、すべてのバスお姉さん(当時はバスのドアの開け閉めは女性が直接に手動でやっていて、バス運賃も彼女らが受け取ってました)と友達になり、逆に小遣いももらったりしてました。1回バスを間違ってしまい泣いていたら、バスお姉さんが家まで送ってくれたときも・・・
本当に今思うと楽しかったな~~~。
  1. 2005/10/19(水) 14:57:15 |
  2. URL |
  3. anna #-
  4. [ 編集 ]

annaさん

本当にアンナさんの体験はすごいですね~。

親以外の大人と係わるって、大切なことなんでしょうね。そしてそれが楽しかったなら、なお貴重ですね!
  1. 2005/10/19(水) 17:20:23 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

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