わいるどわ~るど 

異文化好き好奇心人間の世界考察ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

「理屈っぽい」って・・・

先日、小学校の作文指導について話題になったとき、友達がこう言いました。

「日本の学校では国語の読解問題というと、心情理解が中心で、論理的思考には重点が置かれていなかったけど、これからは変えていかないと国際社会で競争に勝てないって言われているんだってね。そういえば、ビアンカは以前、ブログに日本のニュースはドイツのに比べて情緒的だって書いていたでしょ。心情を重視する国民性がそういうところにも表れているんじゃないの?」

ほうほう、そうか~。心情理解ね~。

確かに日本人は「いちいち言葉で言われなくても相手の気持ちを察する」ことを大切にしますよね。それが日本社会を円満に収め、物事を円滑に進める鍵なのでしょう。だからこそ、心情理解が国語教育の要になっているのかも知れないですなー。

それって、心情理解に比べれば、論理性は日本人にとってそれほど重要でないということかしら?

日本語には「理屈っぽい」とか「屁理屈」という言葉があります。私の夫は理屈っぽい人間なのですが(あ、私もかも・・・)、「理屈っぽい」の概念を夫に理解させることに私はまだ成功していません。

なぜなら、「理屈っぽい」に相当するドイツ語に遭遇していないから。

理屈っぽいというのは否定的な言葉です。望ましくない性質を表す言葉。つまり、理屈っぽい人は一般的に好まれない傾向がありますよね?ドイツ語でこのニュアンスを出すのは難しい。「論理的」という、ニュートラル~肯定的な言葉はありますけど、論理的であることに否定的な意味をこめた言葉って、ドイツ語にあるのかな?

よーく探せばあるかもしれませんが、あるとしても、日本語の「理屈っぽい」ほど頻繁に使われる言葉じゃないはずです。

心情を重視するか論理を重視するかで、教育の内容ってずいぶん変わってくるんですね。

今後の日本の学校教育が欧米型(?)に近づくべきか否か、私はよくわからないですけど・・・
スポンサーサイト
  1. 2005/08/24(水) 16:38:38|
  2. 日本
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:14
<<三毛猫の秘密 | ホーム | 日本の喫茶店文化>>

コメント

心情理解は絶対に日本人に捨ててほしくない特性だと思います。
欧米人とやり取りする場合には確かに論理的であることが要求されますが、広い世界の中には欧米式論理が通じない国もたくさんあるでしょう。国語教育の選択科目として「欧米式論理で話す国語」でも作って希望者だけ学ぶとか?
  1. 2005/08/24(水) 18:56:03 |
  2. URL |
  3. ふらんす #-
  4. [ 編集 ]

日本では理論で説得するよりも、情に訴えたほうがより効果がある・・。そう強く思うのは、選挙のときですね(笑)。
  1. 2005/08/24(水) 20:20:36 |
  2. URL |
  3. Kako #-
  4. [ 編集 ]

情に訴えるだけでは駄目かも

こんにちは、はじめまして。
自称ドイツ野郎のカッキーという者です。

確かに海外の人(というか欧米の人)と話していると、論理展開のレベルが違うという印象は受けます。

日本にはそれなりの話のしかたがあるというのも真っ当な意見だと思います。しかし、それ(理性ではなく感情に訴える方法)はコミュニケーションを取る両者の価値観がある程度一致して成り立つ話でもあると考えます。

価値観が全く違う人と話すときは、やはり客観的で論理的な話し方が求められると思います(そして今の世界は過去と比較しても価値観が多様化してきている)。そういう意味では上で述べられている様な教育というのはいずれ限界が現れると思いますが..
  1. 2005/08/25(木) 00:14:20 |
  2. URL |
  3. Kira(カッキー) #abrln1ek
  4. [ 編集 ]

理屈っぽい

「科学的」はポジティブな意味もありますが、ネガティブな意味も含んでいますよね
私の感覚では、「あなたの意見は科学的だね」と言われて喜ぶ人は少ないのでは?

アメリカが牛肉輸入問題で、日本の対応をいくら「科学的でない」と非難しても、それは日本人には非難にあたらない気がして「アメリカ人、使う言葉を間違ってる」といつも思っています
  1. 2005/08/25(木) 05:29:40 |
  2. URL |
  3. キョウコ #-
  4. [ 編集 ]

ふらんすさん

日本人は自分達を論じるときに欧米を引き合いに出すことが多いですが(私もその一人)、ふらんすさんの仰るように、欧米の基準が世界の基準というわけではないですね。

アジア諸国での国語教育は、どうなんでしょうか。
  1. 2005/08/25(木) 19:23:12 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

Kakoさん

なるほど確かにです。

ということは、ニュースの情緒的な報道のし方も、問題を国民に訴えかける手段として効果的なのかな。

  1. 2005/08/25(木) 19:25:51 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

カッキーさん

はじめまして。

多様な価値観を持つ人たち間のコミュニケーションにおいては、「感じ取る」だけでは不十分ということですね。

同じ日本人同士、「以心伝心でわかるはず」と思っていても、実際にはなかなか伝わらず誤解が生じて、とことん話をしてようやくわかりあえた、ということもままあると思います。

「相手の気持ちを汲み取る文化を大切にしつつ、かつ、誰にでもわかるように語る能力を身につけるような教育」・・・

難しいかな~?



  1. 2005/08/25(木) 19:45:35 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

キョウコちゃん

科学的・・・「冷たい、面白くない、人間味に欠ける」、そういうニュアンスが多少はあるでしょうか。

アメリカは痛烈な批判のつもりだけど、こちらは別にそうは受け取っていない、ってことかな?
  1. 2005/08/25(木) 19:48:19 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

いいおおせてなにかある

 日本で理屈っぽいのが否定的に使われるのに、詩歌の伝統は一枚噛んでいないでしょうかね?
 和歌や俳句の世界では、すべてを説明してしまってはいけないんですよ。余韻または創造の余地がないと。
 三十一文字で言いたいことを全部言ってしまうと「それがどうした」短歌になるし、十七文字で語り尽くしてしまうと「だからなんなの」俳句になります。
 そして日本には叙事詩の伝統がありません。私がぼんくらでものを知らないだけかも知れないけれど、伝統といえるほど多くの古典はないと思います。

情に訴えることが好きな民族だからこそ短詩形文学の伝統をもつのだとも言えますが。


  1. 2005/08/26(金) 21:56:44 |
  2. URL |
  3. わくわくふわく #-
  4. [ 編集 ]

わくわくふわくさん

あ~っ!ほんとだ!

そういえば日本の絵画(たとえば墨絵とか)も、情報をすべて提示しないですよね。見る人が自分の想像力で埋めるべき余白部分がありますね。

全部出されると興ざめというか、疲れるというか、「・・・・」でしめくって欲しいようなところあるかも。
  1. 2005/08/26(金) 23:43:02 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

出遅れていますが(笑)

一人旅をしていたときに欧米人から「わたしたちはいつも“言葉で何かをあらわさないといけない”。でも、アジア人は“心で分かり合おうとする”から、気持ちがいい」と言われたことがあります。

アメリカ人とつきあっていると「言わなくとも察してよ!」とも思うし「言ってくれいないとわからないじゃん!」とも思ったり(ただ単に語学力の問題?)。

ただ仕事をしていると、同じアジアの国の人たちとは言葉をかわさなくともスムーズに行くことが多いので(インドネシア人がとくに)、情を悟教育というのも悪くはないかも、と思ったりします。
  1. 2005/08/27(土) 16:02:05 |
  2. URL |
  3. アキツ #-
  4. [ 編集 ]

アキツさん

アジア人は以心伝心で、欧米人は言葉のコミュニケーションっていうのが一般的な認識で、たぶんそうなのだろうと私も思うのですが・・・・

でも、家族になってしまうと、相手がアジア人だろうとヨーロッパ人であろうとたいして変わらないな~という気がします。

長年一緒にいると、お互いに相手の考えることを知り尽くしてしまって、説明不要になっています。

それとも、単に私の夫がアジア化したってことでしょうか?

  1. 2005/08/28(日) 09:38:48 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

また遅ればせながら

これはほんとうちの同居人に読ませたい。なんと屁理屈をこねまくるか。。。それをただ、あやつはdefensiveとか自分が絶対正しくて、自分の意見をjustifyしすぎと説明してましたね、喧嘩すると。。

なんでここまで口で言わなあかんねん!と何度思ったことか。でも、やっぱり私が日本人すぎて、奴はアメリカンすぎるからなんでしょうかね。 よく一緒にいるなと思いますが、それが長くなると、そのうち日本人夫婦の「あ、うん」の呼吸までいかなくとも分かり合えるようになるのかな。
  1. 2005/08/29(月) 11:33:04 |
  2. URL |
  3. すまいる #TwO4yE0Y
  4. [ 編集 ]

すまいるさん

他の異文化カップルのところではどうなのかわからないですけど、うちはもう一つ一つ言わないですね・・・

日常生活を離れたテーマで議論するのは楽しくやっていますが、身のまわりのことは相手の顔色からお互い読み取ってる気がします。

夫が最初に覚えた日本語の一つが「いいから、いいから」でした。説明するのが面倒なとき、私がよく「いいから、いいから」で話を終わらせていたので。
  1. 2005/08/30(火) 16:07:43 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://ethno.blog13.fc2.com/tb.php/211-6c63e2f0
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。