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異文化好き好奇心人間の世界考察ブログ

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ライフ・サイエンスのたどり着くところ

「遺伝」かな~、それとも「環境」かな~。

子育てしていると、常に考えることです。私は文系出身なので、もともとは「環境」の影響を重視する方でしたが、実際に子どもを見ていると「持って生まれたもの」の存在はどうしたって否定できないものがあります。

「女に生まれるのではない。女になるのだ」
確かに後天的に獲得する「女らしさ」(ジェンダー)というものはある。だけど、所詮人間も生物なのであって、そこには歴然たる「生物学的女性性」が存在する。おりしも、脳科学・遺伝子研究の発展はめざましく、巷にもそういった本が溢れているので、私もついつい好奇心で読んでしまうんですよね~。

そんなわけで、先日「政治的傾向は何で決まる?」のエントリーに「DNAも関係してるんじゃない?」と書いたところ、トリビアof科学のmarioさんから興味深いコメント頂きました。ここで部分的に引用させて頂きますと・・・

    『ただ、人の性質の要因をDNAに求める、というのは結構タブー視される風潮があるのではないかと思います。前世紀、遺伝学には「優生学」という分野があり、神経薄弱や能力不足を遺伝子のせいにして、そのような人たちは子孫を残すべきではない、といような極端な考えを発した人もいたようです。ナチスもこの優生学を利用したとか…今でも大いにその可能性はあると思います。生物学が大いに発展した今だからこそ、そうなりうるとも思われます。』

そうですよね~。私もかなり気になっているのです。DNA研究って非常に興味深く、また意義も大きいのでしょうが、人間を「単なる生物」として徹底的に分析すると、全く「ミもフタもない」結論に行き着くのではないかと心配してしまいます。要するに、「他の生物同様、人間は自分の遺伝子を残すために生きているのだ」ということがあんまり強調されると、「優秀な遺伝子を持っていないオマエは生きててもムダだ」ってことになっちゃう。まー私なんかは面と向かってそう言われても、なんだかんだと屁理屈こねて自己の存在を正当化し、シブトク生きていくでしょうけどね。でも中には、ガーンとショック受けて心身症になってしまう人もいるかもしれない。実際、もし数十年早く生まれていたら、夫と私はナチスの「異人種婚姻禁止法」により、結婚することができなかったのですから!

「男も女も能力に差はない」「民族や人種に優劣はない」「子供を産まなくても女として価値がないわけではない」etc...という、過去数十年にわたって闘い、勝ち取ってきた社会の概念が覆されかねないのでは。アメリカでは既に「脳内ホルモンのサプリメントで理想的な性格に変える」とか「夫は要らない。優秀な遺伝子を購入して、それで子供を作るから」という状況が現実となりつつあるようですし・・・

そんなわけで、現在非常にホットなライフサイエンス部門ですが、そのうち「環境論者」からの大々的な巻き返しが起こるのではないか、と想像します。
「いやいや、遺伝子なんて決定要因としては全然小さい。人間はやっぱり環境で作られる部分が大きいのだ」という研究報告が続々と発表されるのでは。

遺伝子ってすごく興味深いからもっと解明されて欲しいけど、でもすべてがDNAってことになってしまったら生きていてもツマラナイ。環境要因が大きいからこそ、私達は前向きに生きていける。そう私は思うのです。
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  1. 2005/04/26(火) 10:37:26|
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