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異文化好き好奇心人間の世界考察ブログ

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自立していない日本の私

言葉がわからないのもツライけど、もっとツライのは「情報」が得られないってこと。

16歳でアメリカに留学した私。過去ログ「旅のびっくり話 その1 アメリカン・ハイスクール」で書きましたが、何が何だかわからぬうちに履修科目を勝手に決められてスタートした私の学校生活。どういう展開になったかというと・・・

「何が何だかわからないうちに終わってしまった!」としか言いようがありません。

朝、家の側でスクールバスに乗って学校へ行き、一時間目の授業の教室で授業を受け、休み時間にはロッカールームへ行って次の科目の教科書を出し、科目ごとに教室を移動し、昼にはカフェテリアで昼ごはんを食べ、六時間目が終わったらただちにスクールバスに乗って家に帰る。ここまではすぐにわかった。しかし、それ以上のことはサッパリわからないのです。

私が通っていた日本の高校にもアメリカ人留学生がいましたが、その留学生にはいつも英語教師がついてお世話をしていました。「メアリー。今日は視力検査があるからね。一時間目が終わったらこの用紙を持って体育館へ行くんだよ」などと英語で説明し、「山崎さん。メアリーを体育館まで連れて行ってあげなさい」というふうに他の生徒にもメアリーの世話をするよう指導する。

ところがアメリカでは留学生の私に誰も何も説明してくれない。あるとき、どういうわけか授業時間がいつもより短いな・・・と変に思っていると、突然先生が「では今日はこれまで」と授業を終了し、生徒達が一斉に立ち上がって教室を出て行きます。ドヤドヤドヤ~とみんなが校門とは反対の方向に歩いていくので、わけがわからずオロオロしてしまう。しかたがないのでその辺の生徒をつかまえて「一体何なの?」と訊くと、「今日はペップがあるから体育館に集合だよ」という説明。ペップって何?ついて行ってやっと理解したのですが、週末にフットボールの試合があるので金曜日のその日は選手壮行会のため短縮授業になっていたのです。ぜ~んぜん知らんかった。

それくらいならいいけど、誰も何も教えてくれないから、あやうく大変な目に遭うところでした。というのはこうです。私の5時間目の科目は数学、6時間目はタイピング。二つの教室はキャンパスの端と端にあって、その距離は早足でも5分以上かかったんですね。移動のときにはロッカールームに寄らなければならないが、このロッカーの鍵が怖ろしく開けづらくて(誰も開け方を教えてくれないから、むやみにガチャガチャやっておかしくなった)、普通にしていてもタイピングのクラスには遅れそうになる。そしてさらに運の悪いことに、私は数学の先生にすっかり気に入られてしまった。
先生「いや~ビアンカくん。君はまったく数学の天才だ」
全然たいしたことないのに毎日褒められます。そりゃそうです。私が受けさせられていた数学の授業は中学1年生レベルのものでしたから。授業の後、先生が私を引きとめられて長々と話すので、タイピングには毎日遅刻。遅れて教室に入って行くと、おばあさん先生がジロと横目で私を睨むけど、叱られたことはなかったので安心していたんです。ところが学期の最終日に、私はおばあさん先生に変なピンクの紙切れを手渡されました。
先生「これをお父さんお母さんに見せるように」
ピンクの紙にはこう書いてあります。
「ビアンカは今学期、合計XX回も遅刻をしました。本学校の決まりにより、遅刻一回につき30分の居残りをしなければならないが、大胆不敵にもビアンカはこの規則を無視した。よってビアンカは停学処分になると思われる」

な・な・なんだってえ~~~
どんなに感嘆符を並べたとしても、あのときの私の驚愕はとうてい表せません。

家に帰ってホストマザーに紙を見せると「あんた一体なんてことしたのっ!」と叱られた。だって、だって、知らなかったよ~そんな規則!それに数学の先生が悪いんだよ。ロッカーが開かないから悪いんだよ。とにかく、私はむ・無実なのだ!

エライこっちゃ。翌朝私はホストマザーに車で送ってもらい、授業前に校長室へ飛び込みました。そして涙ながらに「無知ゆえの過ち」であることを訴え、ようやく「停学処分」を逃れたのでした。ホッ。

教訓: アメリカでは、ぼや~っとするな!誰もお前の世話は焼いてくれない。
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  1. 2005/04/16(土) 15:29:43|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

むむむ

それは大変でしたね。私も学校でそんなことがあったかどうか思い出そうとして、思い出せなかったんですが、たとえホストファミリーの家にいても、なんとなく家族全員の予定が知らぬ間に決まっていく感覚を思い出しました。きっと私はその場にいたり、いなかったりなんですが、知らぬ間に、その日にこれをする、っていうのがなんとなく決まってるんですよえ。あるいは逆に、「これをする」と言っていたのに、いつの間にかキャンセルになっていたり。初めはちょっとそれがストレスになっていたんですが、そのうち気にしないようになってしまいました。あれ、それってぼやーってしてるってことですね。。。。
  1. 2005/10/02(日) 03:44:18 |
  2. URL |
  3. ヒロシ #-
  4. [ 編集 ]

ヒロシさん

確かに、家族の予定についていけない感じ、私もありました。私のファミリーは田舎に土地を持っていて、馬を飼っていたので、週末にはそっちへ行っていたのですが、私は当時、馬に関心がなく、内心ちょっと不満でした。

今思えば、滅多にできないよい経験なのだから、もっと満喫しておけばよかった。せっかくの機会がもったいなかったです。
  1. 2005/10/02(日) 17:33:47 |
  2. URL |
  3. ビアンカ #JeDKLqWY
  4. [ 編集 ]

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