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異文化好き好奇心人間の世界考察ブログ

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東ベルリンのスーパー

1990年夏。東西ドイツが通貨協定を結んだその二日後に、私は旧東ドイツに足を踏み入れました。そのときが初めての共産圏への旅でした。それまでに発展途上国をいくつも見て、貧しさにはある程度免疫ができているつもりだったけど、第二世界と第三世界はなるほど違うのだなあと納得。
先進国に劣らぬ豪奢さと極限の貧しさが共存するのが第三世界。何もかもが一様にボロボロなのが第二世界。古いものを大切にする西ドイツ国民ですが、古いものを大切にせずに45年間ほったらかしておくとこうなるのか・・・と変に感心してしまうほど東ドイツの光景は異様でした。

当時、すでに西との行き来は自由になっていたので、西製の車が東で見られることもありましが、それはたいてい西からの観光客が乗ってきたもので、東ドイツ市民にとって西の製品はまだまだ高嶺の花だったよう。通りで見かける車はほぼ全部、かの悪名高き「トラバント」ばかり。

東ドイツではハレに住む夫の親戚の家にも数日間お世話になったのですが。ここで私は彼らが首をかしげることをやってしまいます。というのは、アイロンを借りて白いブラウスにアイロンをかけたんだけれど、温度切り替えを「高」にセットしたら熱くなりすぎてブラウスを焦がしちゃった。でも木綿のブラウスで、しかもほんの数秒当てただけなのですよ。夫の伯母らは目を丸くして「アイロンの当て方も知らないのか!」と呆れていました。だって普通、日本のアイロンって「高」にしても生地がいきなり焦げるほどは熱くならないんだもん。東ドイツのアイロンだってそうだと思うじゃないの・・・(トホホ)

まあいろいろ、驚くことが次々に起こったのですが、何よりも印象に残ったのが東ベルリンでのこと。泊まっていたのは東ベルリン側のアレキサンダー広場近くにある、やはり夫の親戚の家でした。ちょっと買い物があって表通りに出ると、少し歩いたところに真新しい建物のスーパーがありました。見るとこう書いてある。

「西資本のスーパーマーケットOOO(名前は忘れた)。本日オープン!!」

私「今日開店みたいだよ、この店」
夫「入ってみようか」
ところが店の前は長蛇の列。
私「ずいぶん混んでるね」
夫「西資本のスーパーだから人気なんだろうね」
しかし、いつまで経っても列は一向に短くなる気配がありません。
私「おかしいね~。いくらなんでもそんなに混むことってあるかな?」
夫「ちょっと中の様子見てこようか」
文句も言わずじっと辛抱強く並んでいる人達の脇をすりぬけ、店の中へ入って行きました。
すると・・・
店の中には誰もいない!
私「どうなってんの?」

そのときふと振り返ると、今までおとなしく並んでいた人たちが急にドッと中に押し寄せて来るのです。どうやら、私達が中に入ったことで他の人たちも「なんだ、入っていいのか」とわかって一気に入ってきたみたい。

共産主義国では物資が少なく、どこへ行っても並ばずには何も買えない。それも好き勝手に入っていいのではなく、店員が「次の人、入っていいですよ」と言うまで待っていなくてはいけない。そんなことを確かに新聞や雑誌で読んだことがありましたけど。その名残だったのでしょうか・・・

いまや東ベルリンは当時の面影もほとんどないほど、西ベルリンと同化しているのだそうです。
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  1. 2005/02/19(土) 13:52:30|
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