わいるどわ〜るど 

異文化好き好奇心人間の世界考察ブログ
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記事にするほどまとまっていないのですが、言語習得についてちょっと思ったこと二点、忘れないうちにメモしときます。

「小さな子どもは何の苦労もなく、外国語を覚えることができる」

という主張がありますよね。子どもは母国語を覚えるのと同じように外国語を覚えることが出来るからだとか。それで、「外国語学習を始めるのは早ければ早いほどいい」「○歳までにやらなければ手遅れになる!」と考え方が出てきて、幼児向け英会話学校が繁盛したり、義務教育における英語学習導入を早めようという議論がなされたりします。

個人的には、「子どもは何の苦労もなく〜」はちょっと違うぞと思い、また「早ければ早いほど〜」もなんだか短絡的な気がしてしまいますが.....

しかし、「同じ言語環境に置かれたとき、大人と子どもの言葉のおぼえ方は違う」、これは本当だと思いますね。環境の諸条件が整えば、ほとんどの子どもは外国語を習得できる。大人の場合は......人によりますね。覚える人もいれば覚えない人も。

そこのところがどうも不思議。

人間には言語を習得する能力が生まれつき備わっていて、日本に生まれたら自然に日本語を覚えるし、アメリカに生まれれば英語を習得する。もちろん、饒舌な人と口べたな人という程度の言語運用能力の差は存在しますが、基本的には誰でも言葉を覚えることができる。

それが外国語となると、急に難しくなっちゃうのは何故?

日本で日本語を習得するのと、日本にいながら普段耳にしない外国語を勉強するのとではそもそも学習環境が違うので、同じように覚えることが出来ないのは当然だけど、たとえばフランスならフランスに一定期間住んだとき、子どもと大人ではフランス語習得のスピードが明らかに違い、また大人の間にも明らかな個人差がある。

「母国語を習得するのと、外国語を習得するのは、全然違うプロセスだから」
と言ってしまえば片付いてしまうことかもしれません。
「母国語をおぼえるときには脳のこの部分がこう働くが、母国語を習得した後に外国語を学ぶ場合には、この部分がこうなってああなるから、違ったプロセスで言葉が学習されるのです」とか、「何歳までは脳がこうだから外国語も母国語と同じように学習できるが、何歳くらいからはああなるから云々」という脳科学的説明も存在するのでしょうね。

物理的メカニズムのことはよくわかりませんが、モンテッソーリの本を読んでいたら、手がかりになりそうな説明を見つけました。そこに書いてあったことを簡単に言うと、

子どもと大人では、「自己」と「外界」との関係性が違う。大人は見たもの、聞いたことを「記憶」するが、子どもはそれらを「吸収」し、内面化する

う〜む。大人は、体験したことを内面化しないのだろうか?いや、すると思う。でも、言われてみれば、子どもほど何でもかんでも自分の中に取り込んでいくわけではないですね。多分、生まれたばかりの赤ん坊は自分と外界との区別がついていないんだと思うけど、それが大きくなるにつれ、次第に物事を「客観視」する能力がついてきて、客観的に物を見れば見るほど、それを取り込んで「内面化」することが困難になる、とは言える気がする。

外国語学習にも当てはまるでしょうか。年齢が上がって来ると、外国語は「記憶の対象」となってしまい、自分の血肉の中に取り込んで行くのが難しい。

大人の間の語学習得速度(または質)に差が出て来るのも、言語を内面化しやすい人と、そうでいない人がいるってことなのかな?ま、それだけじゃないでしょうけど、一要因ではある気がして来ました。

だとしたら、抽象思考能力が発達していない幼児に英語のフレーズを叩き込むより、別のいろんな体験をさせて「内面化の感度を高める」ほうが効果的では、という気もチラッとしますが、これはもうちょと考えてみることにします。これがメモその1。

メモその2は「外国語の発音やイントネーション」について。

外国語を話す人の中には、ネイティブそっくりの発音やイントネーションで話す人と、文法や語彙の面では非常に正確なのに発音がジャパニーズな人といますよね。これって、「口の筋肉が柔軟」とか「耳がいい」とかに関わるものだと今まで思っていたのですが、どうもそれだけじゃないようだ....

近所に南ドイツ、バイエルン地方出身の家族が住んでいるのですが、彼らはものすごくバイエルン訛りなのです。それが私には不思議で。「どうしてネイティブのドイツ人なのに、そんなに訛りを引きずるのか?外国人でももっと現地の言葉に同化している人、たくさんいるのに」と。

あっ、そうか。訛りの強い人って、会話相手の言語にあまりシンクロしないんですね、きっと。

人と話していると、つい相手の話し方につられてしまう、人の文章を長いこと読んでいると、文体が移ってしまうっていう現象があります。自分は自分らしい話し方を貫きたいと思いながらも、ついつい、関西弁の人と話してるとつられて関西弁もどきになっちゃうとか。人のブログを読みふけっていた後にさあ、エントリーをと思うと、なんだか文体がその人のにソックリ!とか。

でも、そうならずに、常に自分のペース、イントネーション、言葉遣いなどを保てる人もいるんですよね。

これは、どれだけ相手の言語にシンクロするか(いい、悪いは無関係に)によるのではないでしょうか。

ま、ちょっとした思いつきです。間違っているかも。

以上、考察メモでした。


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