わいるどわ〜るど 

異文化好き好奇心人間の世界考察ブログ
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世の中には、理性的な人と感性豊かな人がいると思うけれど、自分がそのどちらに属するのか、よくわかりません。

すでに何度も書いていることだけれど、日本のメディア報道を見ていると、何かの出来事について「可愛そう」とか「けしからん」などの情緒が前面に出ていると感じることが多く、それに違和感を持つ自分は理屈っぽいのかなあという気がする。

でも、このブログに自分が今まで何を書いて来たかよく考えると、結構、心とか精神性について多く語っているから、私ってやっぱり情緒的なのかしらとも思う。

日本人は本当に情緒的なのか、ということも、よく考えるとやっぱりわかりません。ドイツ人から見れば日本人は曖昧で情緒的に見えるだろうけど、たとえば日本人よりも感情が豊か(そうに私には見える)韓国人などからすれば、感情に乏しくクールに感じられるのかも知れないですね。

理性的な人にとっては、根拠なく物事を判断することは正しくないだろうし、感情豊かな人にとって、理屈で物事を割り切るのは正しくないんだろうな。もちろん、理性だけの人というのはいないし、感情だけの人もいない。あるのはどちらかへの傾向なわけですが。

「理性」とか「情緒」って何なのだろう?と、考えてみたくなりました。人と話したり、ネットに「理性」「情緒」と打ち込んで検索してみたところ、いろいろな意見が見つかりました。

一つは、「西洋では理性が重要視され、人間性が軽んじられて来た。日本では理性よりも人間性が重んじられる」という論調。これは私には意外です。理性VS人間性という考え方は私にはなく、人間性には理性の力も含まれるのだと思っていますから。しかし、「あの人は頭はいいかもしれないが、人間性がね....」という批判フレーズを聞くのは稀ではないので、頭がいい(理性的という意味なのでしょうか?)ことと人間性が高いことは結びつかないと、一般的に認識されているのかもしれない。(それにしても、西洋人は人間性に価値をおかないというテーゼって、どうなのかなあ〜)

もう一つは、「感情は大切だけれど、感情ばかりでは社会は破綻するので、ときどき論理的に考えることが必要」という意見。これは確かにそうだね、と思いました。家族に対してギャーギャー文句を言った後で、冷静になって考えてみたら、なんであんなことで怒ったんだろ?大人げない、と反省しますものね。

しかし、逆の意見もありました。「論理は万全ではない。世の中には論理として正しいことはいくらでもあって、その中からどれを選択するのかを決める基準となるのは情緒である
う〜ん。これもなるほどだなあ。「論理的に完全である」ことは「正しい」ということではありませんね。「私のやっていることは間違っていない。何故なら、これこれでこうだから」と論理づけることは、論理構築能力が備わっていれば、いつだって可能なのではないか。

だからつまり、人間には「理性」と「情緒」の両方が必要だっていう、面白くもなんともない結論に落ち着いちゃうんですけど。

感情をコントロールするために理性が必要で、特定の論理を正しいと思い込む危険性から人間を救うために情緒が必要である、と言えるでしょうか。

ところで、ある行為が「人間的に正しい」かどうかを判断するのは、理性なんでしょうか、情緒なんでしょうか。やっぱり両方なのかな。


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