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多忙のため、ちょっと更新できそうにもありません。
無事引越しが終わったら復帰します。
金曜日は私の誕生日でした。
どうでもいいんですけどね〜、いくつになろうと。でも、家族に祝ってもらって、良い日になりました。 その日娘は朝から、「きょうはゆりこが晩御飯を作ってあげるからね。おかあさんは絶対に作らないでね」と言ってました。しかし、作ってくれると言っても娘は保育園児。何をやろうとしているんだか、よくわかりません。夕方までに気が変わるかもしれないし。「やっぱり作らない」と言い出しても大丈夫なように、ご飯だけは炊いておきました。 夕方、保育園に行くと、娘の友達が、 「ゆりこのおかあさーん。ハイ、お誕生日のプレゼント!」 と、小さなブーケを渡してくれました。その辺に咲いていたお花をまとめてティッシュで巻いて、セロテープで留めてあります。可愛い〜。マナホ、どうもありがとう。 それから娘とマナホとで、「今からケーキ作るからね」と、泥を固め始めました。泥のケーキの上に小さな泥ダンゴをいくつかのっけて、紫色の花びらを散らし、粉砂糖に見立てた白砂を振りかけます。あんまり丁寧に作業しているので、内心「ううぅ。晩御飯の支度してないのに」と焦りましたが、私のためにやってくれてるんだしねぇ。 「できたー。ハナを呼んで来るね〜」 ハナが飛んできて、ようやくパーティが始まりました。 たんたんたんたん、たんじょーうび。ゆーりこのおかーさんのたーんじょうびー。おめでとうー!! 可愛い三人娘さん、どうもありがとう。 やっと家に着きました。娘は「おかあさんはあっちで座ってて!ゆりこが一人でやるから」と腕まくり。冷蔵庫を開けたり閉めたり、ガタガタと何か始まりました。 だんだんお腹が空いて来て、「いつできるのかな〜。何ができるのかな〜」と台所が気になりましたが、待っているよりしかたない。 「できましたー!!」 呼ばれてテーブルに向かうと、綺麗にランチョンマットが並べられ、それなりのセッティング。しかし、献立がね。 ご飯、ピーマンの油いため醤油味、切り餅の焼いたの、小さく切ったトースト、さつま芋のふかしたの、オレンジジュース。 炭水化物づくしって感じのメニューですな〜。うふふふ。 ピーマンのおかずは上手にできていました。レンジでチンしたお芋はまだちょっと芯があった。でも、美味しく頂きました。夫も急いで帰って来たので、みんなでその御飯を食べました。普段は妹のやることをけなす息子も、黙って全部食べました。 思い出に残る記念日になりそうです。
日本女性は「可愛いもの」が好きな人が多いかな、と思います。
「かわいい〜っ 」よく聞かれるセリフじゃないでしょうか。 私は可愛いもの好きかな?そうでもないんじゃないかな。子どもの頃からそれほど縫いぐるみなどに関心がなかったし、キャラクターグッズやファンシー小物などよりシンプルなものが好きだし。 でも、子どもは可愛い。 息子や娘の寝顔を見ては、きゃわゆ〜い!と毎晩、思ってます。実は独身時代はそれほど子ども好きでもありませんでした。子持ちの友人から子どもの写真付き年賀状をもらっても、「ふーん」という感じ。それが見事に親ばかに。 子どもを持ってから、赤ちゃんが大好きになりました。スーパーなどでお母さんに抱っこされている赤ちゃんが視界に入っただけで、「かわいい〜」と反射的に思う。顔も見てないのに。抱っこされている後姿を見ただけで「きゃー 」となって、思わずフラフラと寄って行きたくなる。顔も見ないで可愛いだなんて。 赤ちゃん独特の頭の形とか、首の感じとか、そういうものが私の中に「可愛い」という感情を呼び起こすみたいです。どうもああいう形および質感の生き物は可愛いものだと脳内にインプットされてしまったみたい。 呆れたことに、最近猫に対しても同じ反応を示すと気づいてしまいました。私はもともと犬派で、猫はどちらかというと苦手だったんですが、去年娘の拾ってきた猫をしばらく保護して以来、「猫も可愛いな」と思うようになりました。 それだけなら、別に不思議でもないんだけど・・・ 往来を歩いている野良猫の後姿が視界に入っただけで、目がハートになるんです。もしかしたら不細工な猫かも知れないのに、あのシルエットだけでもう可愛いんですよ。こういうかたち→ のものは可愛い。そうインプットされてしまったらしい・・・・そういえば息子を産んだばかりの頃、一人で出かけていてどこかで赤ん坊の泣き声が聞こえると、自分の赤ん坊ではないと理解しているのに、何故か「あやさなきゃ、あやさなきゃ」と勝手にオロオロしていました。しかも、その時間帯でもないのに、よその赤ちゃんの泣き声に反応して母乳が分泌されるということまでが。人間の体って不思議。 日本女性が「可愛いもの好き」なのって、なにか生物学的理由があるのでは、と勘ぐってしまいます。
ふと、「後悔する」ということについて考えてしまいました。
タッパーウェアの整理をしながら、「後悔とは」「自由意志とは」「人生とは」と考えていたら、頭がぐるぐるしてきました。 私はあまり後悔しない人間です。「しまった!こんなに道がぬかるんでいるなら、この靴を履いて来なければよかった!」とか「このスパゲティは不味い。ピッツァにしときゃよかった」のような小さな後悔というのは日常にいくらでもあるし、今自分がやっていることは果たして正しいのかと自問することもある。でも、遠い過去のことを「あのとき○○しなければ・・・」「あのとき××していたら・・・」と思い悩むことはないんですね。 後悔しないのは、多分遺伝子的にそういう性格だからだと思うので、良いとか悪いとかいう問題ではないのでしょう。ただ何故あまり後悔しないのか、その理由を自分で考えてみると(遺伝子的にそう決まっているのなら、理由なんて考えても無意味ですけどね)、どうもこう考えているフシがあるんですよね。 「人生は自由意志による決定と、そこから生じる結果の積み重ねで成り立っている」 私が今ここにこうしているのは、過去に数多くの決定を下してきたから。息子や娘に会えたのは夫と結婚したからで、夫と出会ったのは翻訳の仕事をしていたからで、翻訳の仕事につけたのはアメリカへ行ったからで、アメリカへ行ったのは・・・・ そう考えると、いままでに不本意なことや失敗は数え切れないほどあったけれど、過去を否定してしまうと今の自分はないことになってしまう。それでは困るので、失敗も含めた過去の経験はすべて必要な経験だったのだと思うしかない。失敗は今後いろんな決定を下すときに活かすようにすればいい。 一方で「人生は偶然の積み重ね」という考え方もあると思うけれど、そもそも「偶然」って何なのだろう。私にとって偶然なことも、どこかの誰かの決定によって生じているのかもしれない。たとえば昨日駅でバッタリAさんと会ったのは、Aさんがその時間に駅に行こうと決めたから。そう考えると、今日の私の幸せは、私の知らない多くの人達の自由意志による決定のおかげなのかも。 でも、夫は言います。 「オレも自分のことは自分で決めたい性質だけど、自由意志って本当に存在するんだろうかと時々思うな」 「自分の意思で決めたんだ、というのは実は錯覚なのかもね。自分が決定を下す時点で、自分の脳内ではその決定が下されることが既に決まっている。この宇宙におけるすべての事象は物理的連鎖反応によって起こる。物事は自発的に起こるんじゃなくて、必ず原因がある」 実はこれ、私達夫婦の間では何度も何度も話題になっているのですが、夫の話は難しくて、考えれば考えるほど私の頭は混乱してしまいます。 私が今日、タッパーウェアの整理なんかをしようと決めたのは、今朝の私の脳内でなんらかの物理的変化が起こり、脳内物質のバランスがそのような決断を下す状態に至ったからで、脳内がそのような状態になったのは、もしかして昨夜たくさん食べた豚キムチのせいだったりして。昨夜豚キムチを食べようと思ったのは、脳内状態が夕食のメニューを豚キムチに決定するような状態になってたってことで、脳内がそうなったのは・・・・・ というところでいつも思考停止。 こんなくだらないことばかり考える自分がホトホト嫌だったりもするけど、それも脳内の物理的変化のせいなら仕方ないか。
昨夜、「太鼓仲間と飲んでくる」と電話があってから約五時間後に帰宅した夫。
ふらぁ〜と蝶のように居間へ入ってきたので「さては?」と思ったら、やっぱり酔っ払っていました。「寝るぅ〜」とそのまま二階へ上がって寝てしまいました。 今朝、「オレ、どうやって帰ってきたんだっけ?覚えてない・・・」 これ、かなり珍しいことです。彼はお酒に強いので、滅多なことでは酔っ払いません。昨夜はよっぽど楽しかったんだろうな〜。まあ、それはいいのですが。 知り合ってから今までに、夫が酔っ払ったのって全部で7、8回くらいしかないんですよね。そしてそれは全部、日本人と飲んだとき。ここが面白い。ドイツ人と飲んでいて酔うことはないんですよ。うちに来るドイツのお客さんにも、酔う人はいないですね。顔がほんのり赤くなる人すらいない。 ドイツ人が酔わないのは体質のせいでもあるし、酔うことを嫌うせいでもあると思うんですが、ドイツ人の夫も、日本人と飲むと酔っちゃう。不思議です。何が違うのかな。 ドイツ人同士だとそれぞれマイペースで飲みますが、日本では「お酌」をし合うから、ついつい飲む速度が速くなるからでしょうか。それとも、ドイツ人は同じお酒をずっと飲んでいることが多いけど、日本ではビール飲んでチューハイ飲んでポン酒も飲んで最後はウィスキーとか、ちゃんぽんにするから酔うんでしょうか。 お酒が飲めない私にはよくわかりませ〜ん。 飲めないって、別に酔うわけではないんですが(実は私も酒に強い)、アルコールの味と匂いが苦手で飲めないのです。ドイツに住んでいたのにビールがダメ。日本人なのに日本酒もダメ。飲めるのはワイン少々のみ。美味しい・不味いもわかりません。って、若い頃には人並みに飲んでたんですが、何回か飲みすぎて二日酔いになって以来、すっかりダメになっちゃいました。 私の父は酔わない人だったので、酔った男の人の扱いにも慣れていません〜。大体、身長194cmの夫に潰れられても私じゃ運べないし。なんとか自分で寝床まで行ってもらうしかありませんね。 まあ、いまのところそこまでグデングデンというのはないですけど。今週来週は、ほぼ連夜送別会だそうです。毎晩どんな様子で帰ってくることでしょうか。
今日は埼玉県鶴ケ島市の「太鼓まつり」でした。
夫にとって日本で最後の舞台となりました。このお祭りで和太鼓を叩くのは今年で確か三度目。2月に夫のみドイツ帰国予定となっていたので、もう出られないだろうと諦めていましたが、引っ越しギリギリまで日本にいられることになり、今日こうして叩き納めができました。 ![]() ![]() サークルの中ではまだ新米の部類ですが、今日はちょっと花を持たせてもらって真ん中でこの通り。演目は「みやけ太鼓」。 終わった後、「あ〜、今日はすごく緊張したー。会社のプレゼンのときには上がんないんだけどな〜」って、言っていましたけどね。とても良かったと思います。夫に誘われてサークルに入ったもう一人のドイツ人、カチアも上手でした。 「送別会を兼ねて打ち上げやろう!」と言って頂いたそうで、今、みなさんと飲みに行ってますよ。三年前に夏祭りでちょっと和太鼓を叩かせてもらって感動し、「サークルに入りたいな〜。でもオレでもできるかな〜」とおずおず出かけて行った夫。メンバーのみなさんに暖かく迎え入れて頂いたことを、彼はとても喜んでいました。仕事が忙しくて稽古に行かれないことも多かったけど、金曜の夜に思い切り太鼓を叩いて一週間分のストレスを解消、気分爽快。仲間と過ごす時間の楽しさもうんと味わうことができたようです。 良い思い出ができて、本当によかったね。 「はちの巣太鼓」のみなさん、いままで本当にありがとうございました。 ところで.........最初に「日本で最後の舞台」って書きましたけど、「最後の舞台」ではないのです。 なんと「マイ太鼓」を買ってしまった夫。ドイツに帰っても和太鼓は続けるつもりのようです。最近、ドイツでも流行りつつあるみたいなんですよね。ベルリンにも和太鼓学校があるらしい。本場仕込みの技を海の向こうでも伝えていくぞ!と張り切ってます。 今後、日本出張のときには「ばち」持参で来たほうがよさそうですね。金曜の稽古に飛び入り参加できるようにね。
息子の日本の小学校生活もあと三週間を切りました。今まで使った国語や社会のノートを束にまとめながら、「よくここまで日本の小学生らしいことができるようになったものだな〜」と感慨深いです。日本に来たときには、先生の言っていることすら理解不能の状態だったのにね。
10歳にもなれば本を読めるようになるし、お小遣いの計算もできるようになる。全く当たり前のことのようですが、当たり前じゃない。やらないことはできるようにはならないんですよね。もしかしたら日本語をまともに話せるようになっていなかった可能性もある息子が、今、私の子供の頃読んだ「怪盗ルパン全集」に嵌っている。これって、息子が「何かをやった結果」なんですよね。えらいえらい、よくやりました。 めでたし、めでたし。 ・・・では終わらないところが悩ましいです。ドイツへ帰って、今度はドイツの小学生としてやっていく。まあ、それはなんとかなるでしょう。でも、日本語はどうなっちゃうんでしょうね。今では完全にネイティブの域に達していますから、喋られなくなるということは想像しにくいけれど、読み書きはやらなければ確実に忘れるでしょう。せっかく身につけた能力なのにもったいない。 ドイツの学校に行っても、日本語(国語)の学習だけは継続すればよい。言うは易しですが、モチベーションを保ち続けるのは難しそう。なにしろ息子は、努力、積み上げ、目標達成などというものとは無縁のお気楽者。楽しいことはいくらでもやるけれど、楽しくないことはやりません。 彼は漢字が苦手です。読解力その他は問題ないけど、漢字はコツコツ練習しなければならないので、ダメらしい。一年生の頃は「まあ、授業になんとかついていけるだけでもよしとしないと」と、漢字のことは気にも留めませんでした。二年生になったら、担任の先生に「お宅の息子さんは漢字がダメですね。もっと頑張らせてください」と言われるようになりましたが、「そんなことを言ってもらえるなんて、他の子と同じ土俵に立てたってことね」なんて単純に喜んでいました。 うちの子はドイツ語もやらなくちゃいけなくて、それだけでも他の子より負担が大きいし、そのうちドイツに帰るから漢字は必修ではなく、あくまでオプション。だからあまり「漢字、漢字!」と目尻を吊り上げたくない。漢字は普通にやって出来た分だけでいいかな〜。そんな気持ちでした。だからあまり危機感を持っていなかった。 ところが、二年生の二学期が始まってまもなく、彼は一枚の怖ろしい答案を持ち帰ったのでした。一学期で習った漢字のまとめテスト。78問中、正解は17問!うわわっ。 私「はぁ、17点ですか〜」 息子「うん!」 私「どうしてこんなに間違ったんだろうね?」 息子「そりゃー、しばらく書かなかったから忘れたんでしょう」 私「じゃ、思い出すにはどうしたらいいのかね?」 息子「また書けば思い出すと思うけどね」 私「そう思うならやりなさいよ」 息子「んー。いや、いいよ。ボク、漢字は別にいいの!」 いいのって・・・・ もしかして私が「漢字はほどほどでいいよオーラ」を出していたんでしょうか。だとしたら、彼の漢字嫌いは私のせい。 その二日後、息子の友達が家に遊びに来ました。成績の良い子です。 もっちゃん「おばさーん。ボクね、こないだの漢字テスト、二問しか間違わなかったの」 私「えっ。たったの二問だけ?すごいねー、もっちゃん!」 も「大介はどうだったの?」 私「大介は17点だったよ」 すると息子は、 息子「あわわわ、もっちゃん。この人の言うことね、信用しない方がいいよ。この人、よくウソつくから〜」 も「そうなの?」 息子「もっちゃん、それよりオセロやろう、オセロっ!」 慌てて話題を代え、もっちゃんを引っ張って和室に引っ込んでしまいました。 その日、もっちゃんが帰った後。畳の上に漢字ドリルを広げて黙々と鉛筆を動かす少年が一人。 私「あれっ?漢字やってるのー?」 息子「そうだよ〜。もう二度とあんな酷い点、取りたくないからね」 恥をかいて、やる気になったらしい。それ以来、漢字が得意とまではいかないけど、そこそこの点は取るように。 めでたし、めでたし。 じゃなくて!まだ続きがあるんです。さらなる展開は三年生の夏。夏休みに家族でドイツの夫の実家に帰省しました。息子は宿題の漢字練習帳を持参しました。ある朝、彼がいつものように課題をやっていると、夫の母が、「あら、何をやっているの?」と。 息子「宿題をやっているんだよ。おばあちゃん」 祖母「宿題だって?夏休みなのに宿題があるの?」 息子「そうだよ」 祖母「まー、信じられない。ドイツの学校では夏休みに宿題なんて出ないわよ。夏休みには子どもは元気に遊ぶもの。何故、勉強をやらせるのかしら」 それを聞いて、息子は自分のやっていることが急にバカバカしく思えてしまった。 「そうだよねー。なんで夏休みにこんなことやらなくちゃいけないんだろう」ノートを綴じてしまいました。 私(ヒソヒソ声で)「お義母さん。宿題の良し悪しは私もわからないんですけど〜。でも、やっていかなくちゃ先生に叱られちゃうんです。一日せいぜい十五分あればできるんだから、たいしたことじゃないし、昨日まであの子は何の疑問も持たずにやっていたんですから、子どもの前では何も言わないで〜」 義母(同じくヒソヒソ)「あらっ、ごめんなさい。そうね、私、余計なこと言っちゃったわね〜。大変、大変」 「アルファベットも日本の文字も両方書けるなんて凄いわね〜。おばあちゃんもそうだったらいいのに。ほんとに羨ましいな〜」 慌ててフォローしていましたが、息子は「何故、休みの日に漢字なんて・・・」としばらくブツブツ言っていました。 モチベーションを高める雰囲気作りって重要なんですね。 う〜ん、これからどうしたものか・・・・
昨日、茅ヶ崎の親戚の家に遊びに行ってきました。
東京に住んでいた学生の頃にはよく遊びに行ったのですが、埼玉からはちょっと遠くて、なかなか伺う機会がなく、ドイツ帰国間際になってやっと実現しました。 久しぶりに伯父さん、伯母さん、従姉妹達とお話して、美味しい物をたくさんご馳走になって、本当に楽しかったです。あ〜、もっと早く遊びに行っていればよかった、とちょっと後悔。でも最近はメールやブログなどあるから、距離をあまり感じませんね。 お昼ごはんの後、新江ノ島水族館へ連れて行ってもらいました。 いや〜、これが面白くて面白くて。一体深さ何メートルあるんだろう?水槽が一階から二階までの吹き抜け(という言い方はおかしいですね、水だから)になっていて、そのダイナミックなこと。海を縦にちょっと切り取って来た、というような感じにお魚が展示されていて、それを上から、横から、下からと、いろいろな角度で眺められるのです。ちょっとダイバー気分。従姉妹達は以前からダイビングをやっているのですが、私はまだスノーケリングしか経験がありません。子ども達も大きくなってきたし、是非そのうち挑戦したいものです。 どこかで読んだのですが、世界中の水族館の半分は日本にあるんだそうですね。さすが、水族館大国。この新江ノ島水族館、お薦めです。こういう施設もどんどん進化するんですね。 館内を見た後、砂浜に下りました。いいお天気だったので、海面がキラキラと光って眩しく、とても気持ちが良い。犬達がワンワンと走り回って、楽しそうです。あ〜、海の近くの生活っていうのも素敵だな〜。 うちの子ども達も、「わーい、海だ〜!」と大喜びで走り回ったり、貝殻を拾ったりしていました。やっぱり自然が好きなんですね。ただ海辺にいるというだけで、すごく開放的になって。 子どもが保育園を卒園して既に数年経つお母さんが、こんなことを言っていました。 「保育園のときの友達の名前や、いつ何をしたというようなことは大きくなると忘れてしまう。でも、焚き火の匂い、ぎんなんの焼ける匂いはいつまでも覚えていて、その匂いを嗅いだとき、当時の世界に戻れるんだよね」 きっと、そうなんでしょうね。 ドイツへ戻って、日本にいた頃の具体的な事象は忘れてしまっても、蝉の鳴き声や、蒸し暑い夏の日に飛び込んだプールの水の気持ちよさ、焼き芋の甘い匂い、おばあちゃんの作った大根の味噌漬の味・・・・そういうのは忘れずにいられるかな。 五感で何かを感じ取るって、いいものだなと思います。
明日はお雛祭りですね。
お祝いというほどのことはしませんが、娘と陶土でお雛様を作ってみました。 ![]() 左のは私の。顔が不細工になってしまい、残念。右のは娘の。なかなか楽しかったです。でも、ちょっと疲れました。 毎日保育園から帰ってきて、晩御飯を食べさせて、お風呂に入れて、後片付けをして・・・・その後に娘に、さあ粘土細工をしよう、今度は編み物だ、やれ本を読め、次は平仮名を教えろetc.と要求されます。 やりたくないわけじゃない。でも、そんなに次から次へとはできませんよ。家事とかいろいろあるんですから。 ある程度はつきあいますけどね。このお雛様作り、結構時間がかかりました。終わって時計を見ると、もう八時半。 「もう寝なさい!」 「お母さんも一緒に〜」 ブチッ。 「いい加減にしてー。今日はいままでずっと工作やっていたでしょう。これからアイロンかけなきゃなんないのっ。一人で寝てっ」 「できないよ」 「できるでしょ、それくらい。四歳のなつこ(従姉妹です)だってできるんだからっ!」 しまった・・・言ってしまった。他の子と比べるなんてサイテー。さあ、どうフォローしようか。 しかし、すかさず切り返されました。 「平気な人もいれば、平気じゃない人もいる。いろんな人がいるよ。お母さんは大きいけど、だからって何でもできるわけじゃないでしょ。年は関係ないよ」 そりゃそうだ。 「は〜い。ごめんなさ〜い。さっきの取り消しです〜。年は関係ありませんでした〜」 しかし、何故こうなる?逆説教じゃないか。 その二時間ほど前にも、メールをチェックしようとパソコンを開けた途端に娘に「本読んで〜」と言われ、「今はできないの。読みたくないわけじゃないけど、忙しいときに言うのはやめてくれないかなー」とムッとして言ったら、関係ない息子が出てきて、「それはわかるけど、でもお母さんがヒマそうにしてることなんてないんだから、それで怒る方がおかしいよ」と。 むうぅ〜っ。どいつもこいつもぉ〜。 で、娘をベッドに連れて行く件ですが、ちょっと手が離せなかったので放っておきました。彼女は居間のソファに座っていたんですが、5分ほどしてから言いました。 「おかーさん。ごめんね。一人で寝なくて」 そして、ソファーにころんと横になり、すっと寝入ってしまいました。 明日は和やかなおひな祭りを目指します。
「どうして国際結婚をしようと思ったんですか」
「外国人男性と結婚してどうですか」 よく聞かれることながら、これについて書くことをいままで避けてきました。でも、kiasuさんやにしおさんが書いていらっしゃるので、私も思いきって書いてみようかな。 少し前になりますが、国際結婚を斡旋する会社の社長の書いた本を読みました。「書いてあることすべてに賛成というわけではないが、興味深い」と言って薦めてくださった方がいましたので。 内容を簡単に言ってしまうと「活発で自立した日本女性は日本で結婚相手を選ぶよりも、西洋人男性を狙った方がいい。日本女性は西洋人男性に人気が高く、ベストマッチ!」 興味深く読んだことは確かなのですが、読後の感想を述べる勇気がありませんでした。自分も西洋人男性と結婚している身なので、コメントすると墓穴を掘りそうで怖くて・・・・ 上記の主張ですが・・・う〜ん。まあ、傾向としてはないとは言えないのかな。しかし、西洋人男性みんなが日本人女性と結婚したがっているかと言うと、決してそんなことはなくて、大概の人はやっぱり同じ国の女性を選ぶと思いますよ。 一番上の「どうして国際結婚をしたか」に戻りますと、どうしてしたか、もう覚えていないんです。日本人男性が嫌だから外国人と結婚したわけではなく、外国人男性をも視野に入れた結果、たまたまそうなったんだと思いますけど。そして、夫が外国人であるという部分に惹かれたというより、人物全体として気に入ったと思うんです。外国人男性は他にも身近にたくさんいましたが、結婚しようなんて思わなかったもの。 でも、最近若い金髪の男性とすれ違ったときなんかに、夫の若かった頃をフッと思い出す瞬間があり、「あれ?私ってやっぱりブロンドの男性が好きなのかな?」なんて思ったりします。いやらしいおばさんのような発言で恐縮ですが、私は金髪男性に外見的魅力を感じるのかもしれないです。でもこれは、同じ日本人男性を見るときにも、「背が高い人が好き」とか「恰幅のいい人がタイプ」とか誰でも好みってあるでしょう。単にそういうレベルのことであって、別に金髪フェチとかそんなんじゃないですよ。 「外国人男性と結婚してどうか」。どうということもないです、正直に。確かに言葉や文化背景が違うとすんなり通じなくて苦労することは多いです。でも、異文化間結婚だから逆に相手に多くを期待しない、自分と違っていても「相手はガイジンだからそうなのね」で済んでしまうこともあり、苦労と気楽さはプラスマイナスゼロくらいの感じです。二人の間では、案外どうとでもなってしまうんじゃないでしょうか。お互い、いいと思って結婚したんだから。 うまく行かないケースもそりゃあるでしょうが、それは同国人間の結婚も同じ。二人の間のことよりも、周囲との関係で悩む場合の方が多い気がしますが、どうでしょうか。 それで、前述の本の「活発で自立した日本女性は日本男性よりも西洋人男性をパートナーにしたほうが幸せになれる」という主張なんですが、これってもしかして褒められているのかしらと思うけれど、裏を返すと悪口だったりもするんですよね。 「西洋人と結婚する女はじゃじゃ馬ばかり。日本では嫁の貰い手がないから、仕方なくガイジンに貰ってもらったのさ。ガイジンの男は美人とブスの区別もつかないからな〜」 日本人男性側からのそういうコメント、よく耳にしましたよ。面と向かって言われたことはありませんが。いままで西洋人男性と結婚した日本女性にたくさん出会って来ましたが、その方達が売れ残りのブスであるという印象を私は持ったことないです。でもこれも、言うと自己弁護みたいですね・・・・やっぱりコメントしない方が身のためかな。 まあ、なんと思われてもいいけれど。 それに、日本女性は世界中で人気、と言うけれど、外国人女性からも高く評価されているというわけではなさそう。あるとき夫が高校の同級生だった女性に道でバッタリ会ってこう言われたそうです。 「聞いたわよ。アジア女と結婚したんだってね。あなたって意外とマッチョだったのね。がっかりしたわ」 ち、違うってー!と心の中で叫んだそうです。 また、同性からもしょっちゅう言われるそうです。 「お前、うまいことやったよな〜。日本人の奥さんなんて、いい身分じゃん。羨ましいぜ」 ち、違うー!ぜんっぜん違うっ!うちの奥さん、いつも夫にかしずくなんてしませんからー!って言うらしいですよ。 私も言われます。日本人女性から、こんなふうに。 「いいわよねえ。ガイジンさんって家庭的で、家事だって手伝ってくれるんでしょう。それにひきかえうちのダンナは何もしないのよ」 違います。そういう西洋人男性も確かにいますが、うちは違います。 残業ばっかり、出張ばっかり、飲み会ばっかり。口を開けば仕事の話。家事なんて一切しません。 いろいろいます、日本人女性にも、西洋人男性にも。そして何故か世界中で「あまり人気がない」らしい日本人男性にも。私には弟が二人いますが、私は彼らが人間としてとても好きです。弟ですから異性としては見ませんが、きっと素敵な男性なのだろうと思っています。 「○○人女性(男性)とは・・・・」というステレオタイプには、言い得ている部分もありそうですが、これからパートナーをお探しの方には、あまりイメージに縛られずにお付合いなさることをお薦めしますわ。
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