わいるどわ~るど 

異文化好き好奇心人間の世界考察ブログ

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幼児教育の違い

今日、図書館へ行ったら推薦図書のコーナーにデンマークについて書かれた本が置いてありました。

パラパラと立ち読みしただけなので、タイトルは忘れてしまいましたが、幸福度世界一(なんだそうです)の国の社会制度を紹介するという内容でした。幸福度云々のことはよく知りませんが、教育について書かれた部分があったので、そこだけざっと斜め読み。

幼稚園には入園式もなければ卒園式もない。子どもは自由きままに遊ぶだけ。義務も強制もほとんどなし」というようなことが書かれていたので、ふと息子が通ったドイツの幼稚園のことを思い出しました。息子の園もそうでした。

娘の保育園卒園を目前にして、日本とドイツの習慣の違いをつくづく感じます。日本では卒園式というのはビッグイベントではないでしょうか。卒園児も在園児も式に向けて練習するし、保護者も謝恩会の準備や園に残す記念品作りなど忙しい。当日は親子でスーツなど着込んで、晴れがましい気持ちで会場へ向かう。

ドイツの幼稚園の最後の日がどうだったか、あまり記憶に残っていません。普通にお迎えに行って、保母さんに「今日が最後ね~。学校が楽しいといいね」と言われて子どもは握手あるいは抱っこしてもらいバイバイ。そんな感じだったでしょうか。「今までお世話になりました」と挨拶したのは覚えています。お礼のプレゼントを渡したような気もします。でも、あまり覚えていない。

在園中もこれと言って特筆すべきイベントはありませんでした。行事といえばクリスマス会とバザーがあったくらいです。保護者も出かけていって子ども達の出し物を見たり、バザーではケーキを寄付したり、当日の販売のお手伝いをしたりしますが、義務ではありません。

お手伝いのできる人は名前を書いてください
という貼り紙がしてあっただけ。いつの間にか、表は名前で埋まっていました。

そういえば日本の幼稚園や保育園って、「明るく思いやりのある子を育てる」とか「自立心を養う」とか、スローガンのようなものを掲げていたりしますが、ドイツでは聞いたことがありません。現在娘が通っている園は、日本ではどちらかというと異色の保育園で読み書きや英語などのお勉強はいっさいせず、子どもの意思や意欲を尊重するという点で、ドイツの幼稚園(保育園)と似た部分が多いのです。それでも、一般的な幼稚園とはまた違った意味での「気合い」をひしひしと感じます。お勉強はしないけれど課題はたくさんあり、目標の達成のために頑張ろう、エイエイオー!という雰囲気があります。

息子の園では、そういう「気合い」のようなものはありませんでした。三年間の園生活で「○○ができるようになった」ということも特別なかった気がします。いいえ、もちろんたくさんあったはずですが、意識しませんでした。息子はただ楽しく毎日幼稚園へ通っただけ。

学校に入ってからは「PTA」もありましたが、息子の学校ではいつも決まった人がやっているようで、持ち回りで役員をやる制度はなく、保護者会に全然参加しない保護者もいましたが、「あの人はちっとも来ない」などと批判されてはいなかったよう。その人の勝手。

と言うより、「保護者はこうあるべき」という考え方が希薄だった気がします。

日本では、
「親は子どもに愛情のこもったお弁当を持たせることが望ましい」
「持ち物は手作りであることが望ましい」
「忙しくても、子どものために積極的に活動することが望ましい」
とか、いろいろありますね。実践していない人も多いと思うけれど、暗黙のプレッシャーは存在する。プレッシャーを与えているのが園や学校なのか、親同士が互いにプレッシャーをかけ合っているのかは不明ですが。

フランクフルトの日本人幼稚園で、お弁当に何を入れたらよいか困って日本人お惣菜宅配業者の運んでくるおかずをそのまま入れる母親が増えたら、「業者のおかずを入れないように。おかずは手作りのものを」と学校が保護者にお便りを出した、なんて聞いたことあります。

ドイツにも特定の理念に基づいた教育を実践している教育機関はあり、そういうところでは似たようなプレッシャーもあるのかもしれません。

でも、一般的には日本ほどは気合が入っていないように思う。

随分と違うものです。







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  1. 2006/02/28(火) 22:30:24|
  2. 異文化
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子どもとお金

私の両親は子どもの前ではお金の話をしない夫婦で、子どもの頃、「これ、いくらしたの?」と聞くと、「子どもがお金のことなんか聞くんじゃない」と叱られました。

ですから、私もなんとなく、子どもの前でお金のことを話題にするのには抵抗があって、お金の教育というのは今のところしていません。

息子にはわずかながらお小遣いを与え、出納記録をつけるように指示はしています。しかし、息子はお金にも物にもあまり興味のない子で、お小遣いを使わないので入金はあっても支出はなし。しかも、お小遣いを貰いに来るのを忘れることが多い。私も忘れているので何週間もお小遣いなしということがしょっちゅうです。

ですから、お小遣い制度は何の役にも立っていないような・・・・・

お金のやり繰りにとてもしっかりした方から、こう聞きました。
子どものうちから、きちんとお金のことについて教えておくのはとても大事なこと。将来子どもが独立したときに、何も知らない、わからないでは可哀想

なるほど、それもそうだなと思いました。

私が大学生の頃のお金の管理って、すごくシンプルでした。月々の支払いは、家賃と公共料金と電話くらいのもので、「これだけ使ったから、これだけ払いなさい」と書かれた用紙を持って払い込みに行く。それだけ。

でも、今は銀行引き落としやカード買い・ネットショッピングが普及していますし、電話の請求書なんかも何種類もあって、ナニナニ割引だのセット価格だの複雑で、すぐにわけがわからなくなります。

私の時代にも既にローンで買い物し過ぎて借金地獄に嵌っている学生が結構いたみたいですし、今なんて小学生でも株をやるそうで(信じられませんが)、お金にしっかりしていないためにとんでもない状況に陥るリスクはかなり高いのかもしれません。

そんなことを考えていたら、友達がこういう本を貸してくれました。

子どものお小遣い練習帳 - おこづかいをもらおう!おこづかいをあげよう!

著者はアメリカ人。この本の提唱するお小遣い制度とは、子どもの分担する家事の一つ一つに金額をつけ、子どもがその仕事をきちんとした上で相当分の報酬を与えるというもの。「庭の水遣りはいくら」「皿洗いはいくら」とあらかじめ決め、「契約書」を交わし、契約の通りに仕事をしなければお小遣いは貰えない。

へ~~~~~~~~~。

最初はちょっと違和感でした。だって、家の手伝いってするのが当たり前。お金をくれるからするなんて、変。

そういえばアメリカ留学中、子どもが近所の家の芝刈りだの犬の散歩だのベビーシッターをやってお小遣いを稼いでいるのを目にしました。また、学校の資金集めのために生徒に小物を売らせるというのもあって、びっくりしたものです。その時期になると、生徒達が商品の箱を抱えて校内や近所をウロウロし、買いたくもないキャンディ・バーやマスコットを買わされたこともありました。

私にはピンと来ない習慣だったのですが・・・・

しかし、上記の本では「お金をくれるから働く」のではなく、「家族としての責任を果たしたからお小遣いがもらえる」と考えるのだそうです。契約書を交わすなんて大袈裟なことをするのも、自分の仕事を責任を持ってやるようにするため。「やりなさい」と親に言われたから、仕方なく、いい加減にやるのではなく。

そうか、そういう考え方もあるんですね~。思いつきませんでした。

私自身は、「金は天下の回り物」と感じるタイプで、明日お米を買うお金もないとなれば必死に金策を練りますが、そうでなければお金のことは考えるのをやめてしまいます。貯めたいという気持ちも沸いてこない方です。

しかし、いけないんでしょうかね。そんなことでは。

10歳になった息子のお金教育をどうするか、今ちょっと思案中です。
  1. 2006/02/25(土) 09:22:29|
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幼稚園児のグループ送迎

長浜市の園児殺害事件について、既に多くの方が書いていらっしゃいますし、何が悪くてあんな悲惨な事件が起こったのか、私が推測してみたところでしようがありません。でも一つ、どうもよく理解できないことがあるんですよね。

この幼稚園ではグループ送迎を実施していたけれど、事件が起こったのでそれを中止したという。

グループ送迎の良し悪しって、よくわかりません。良い面も悪い面もあるのでしょう。今回のことで不安になった保護者が個人での送迎を希望するのも一時的には無理からぬことと思います。

だけど、グループ送迎をするしないを全体の方針として決めるって、不思議です。

個人で送り迎えをしたい人はそうすればいいし、乗り合わせの方が都合のいい人はそうすればいいと思うのですが。全体で統一しなくちゃいけないんでしょうか。

私が子どもの頃通っていた幼稚園には、当時お迎えというのはありませんでした。家の近い子どもが何人かで一緒に帰っていましたが、今の時代は考えられないですね。そのうち、小学生も送迎付きが普通になるのかもしれません。

「可愛い子には旅をさせよ」じゃなくて、「可愛い子からは目を離すな」

まさかというような事件がもはや珍しいことではなくなってしまいました。精神的に余裕のない人がどんどん増えていくように感じられるのは、錯覚ではないのですよね。

心にゆとりを持って生活できるようになるために必要なものって何でしょうね・・・・・
  1. 2006/02/24(金) 23:25:39|
  2. 日常
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不要品の処分

現在、ドイツへもって行く物とそうでない物との仕分けをしています。

あさっては布ゴミの回収日なので、子ども達の古着を全部出してチェックしました。古着と言っても着古したものばかりではなくて、二、三回しか袖を通さずに小さくなってしまったものも多いです。

少しでもシミになったものは、バザーに出しても、たとえただでも誰も欲しがりませんよね。日本製の衣類は丈夫なのが多いから本当に勿体無い。端切れにして再利用するか、雑巾にでもするほかはありません。

シミのあるものはよけて、まだきれいなものにアイロンをかけました。午前中ずっと。全部で60着くらいありました。

それをダンボール二つに入れ、リサイクルショップへ。お金にはならないとわかっていますけど、捨てるよりいいから。

それなのに・・・・・
「お引取りできるのはこれだけです。あとはお返しします」
と、ほとんど全部突返されてしまった。受け取ってくれたのは、たったの6点。

ガーーーーーン!!

買ってくれとはいいません。でも、貰ってはくれるだろうと思ったんだけどなあ。ただでも要らないよ、だなんて。ショックです。突返されたものの中には、新品で袋に入ったままのものもあったんです。

今の日本、何でも安く買えるから、誰しも物があり余っているのは仕方がないですね。でも、もったいないよぉ~。

保育園や学童保育室では年に二度ほどバザーを行いますが、たいして売れません。物品を集めるときに、「各家庭、新品のものを最低二つ、ノルマ!」って言われたりするんですが、うちはお中元やお歳暮を頂くことがないので、新品のものが何もなくていつも困りました。新品じゃない不要品ならありますが、そういうのは本当に売れません。だって百円均一で何でも売っているもの。

古着なんて子どものものでさえ、大きな紙袋に詰め放題で百円。それでも売れ残る。もちろんシミのないものばかりですよ。大人のものは全く売れない。(私も買いませんけど・・・)

物が安く買えるのは消費者にとって嬉しいことですが、こんなにどんどんゴミばかり出していいのかな。

洋服は何回か着た後だからまだいいのですが、いろんなお店でくれるプラスチック製の景品類を捨てるときの罪悪感はすごいです。ただ捨てられるためだけに作られた物達。哀しいわ。

不必要な景品はなるべく貰わないようにはしてるんですけど。そうムゲにも断れないことが多くて。

ウジウジしながら不要品の整理を続けます。娘にはもう小さくなった自転車や三輪車、どなたか貰ってくれないかな。古くて錆びているから、誰も欲しがらないでしょうね、やっぱり。粗大ゴミですね。ぐすん。
  1. 2006/02/23(木) 17:00:36|
  2. 日常
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新しい生活に向けて

家の中に引越し用ダンボールが運び込まれて、いよいよという雰囲気になってきました。ピアノやその他の習い事なども来週でおしまいです。

三年半の埼玉生活を振り返るにはまだちょっと早い気もしますが、新しい生活に向けて動き出しているんだなあという実感が沸きつつあります。

新しい土地、新しい住居、新しい人間関係の中で私達の生活はどう変わるんだろう。全く不安がないといえば嘘になります。でも何か楽しいことが待っている気がする。

2002年の夏、12年ぶりに帰国することになったとき、「日本に帰ったら、あれをしよう、これをしてみよう」といろいろ考えていました。具体的な計画もいくつか立て、そのための情報収集もしました。日本での生活を頭の中でイメージし、是非ともそれを実現しようと意気込んでいた。

でも・・・埼玉へやって来たら・・・
思っていたのとは全然違う展開になっちゃいました

当初は定期的に都内へ出るつもりで、交通の便など考慮して住居を選んだのですが、都内へ出かけていったのは最初の半年ほどだけで、気がついたらどっぷりと埼玉に浸かっていました。

都会派でなかなか文化的(?)かどうかはわかりませんが、田舎嫌いでインドア派で面倒くさがりやで虫恐怖症で図形アレルギーの文系人間だった私が、いつの間にか子ども達と一緒に川で遊び、野原で植物や昆虫の観察をし、うどんを打ち、天然酵母のパンを焼き、せっけんを仕込み、折り紙を折り、木に登り、カヌーまで漕いでしまった。

自分でもその変貌振りに驚いています。

何故こうなってしまったかというと、一つには埼玉の自然のせい。一年の大半が温暖で、流れの緩やかな川や山に富み、生き物に溢れているこの西埼玉。ドイツでは川があっても冷たくて入って遊べることは殆どなく、寒いせいか、虫捕りは一般的ではありませんでした。ですから子ども達はここに来て、カナヘビやカエルやカブトムシを捕まえるのに夢中になり、5月から11月まで川に入って遊びました。子ども達の楽しそうな様子につられて、そのうち私までもが・・・・

もう一つは、たくさんの素敵な人達との出会いのお蔭。子どもを通じて、いろんな人と知り合うことができました。私がもともと好きだった読書や旅行や語学について語れる友達が増えたことも幸せだったけど、私を全くの未知の世界に導いてくれた人達が大勢います。

家中の家具を手作りしてしまう人、有機農法で自給自足生活をしている人、民間療法に詳しい人、折り紙名人、パン焼き名人、エコロジストetc......ほんとに個性豊かで多彩な方々とおつきあいする機会に恵まれたのです。

へ~え!ほ~お!そんなことができるんだ~。そういうのもあるんだ~。と、驚嘆の毎日。だんだんと別世界に引き込まれていきました。なんとなく興味を持ってちょこっと真似事をしてみたら、意外に面白いことがたくさんあった。いろんなことに首を突っ込んでしまって少々収拾がつかない状態にはなっていますが・・・・

本当に楽しかったな~としみじみ思う。

ですから、ドイツへ帰って新しい場所で生活を始めたら、きっとまたいろいろ意外な発見があり、出会いがあり、今の自分には予測できない展開があるのではないかなと期待してしまいます。

いや、ガッカリしたり、悶々としたり、落ち込んだりすることも必ずあるとは思うのですが・・・・・

でも、もしかして自分の知らない自分を発見できるかもと思うとやっぱり嬉しいです。


あら・・・ワクワクしてこんなこと書いていたら、もう1時。いいかげん寝なくちゃ。






  1. 2006/02/22(水) 00:56:21|
  2. 日常
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カレーの定義

数日、北海道の実家へ帰っていたのでコメントのお返事が遅れ、申し訳ありませんでした。

向こうはすごい吹雪でした。久しぶりに母と会って嬉しかったですが、最後の二日は何故か体調を崩し、せっかく来てくれた下の弟や義妹とロクに話もできなかった。無念です(涙)。

まあなんとか帰ってきて、今日は洗濯大会。

全然関係ありませんが、先日友達から「ビアンカが好きそうだから」と、ある雑誌を頂きました。「旅行人」という雑誌。旅行ライターの蔵前仁一さんが発行しているものなんですね。友達の判断に狂いはなく、とても楽しく読んでいます。

そこに「カレー」に関する記事があり、思わず読みふけってしまいました。私、カレーが大好きなので。いえ、ルーを使った日本のカレーじゃなくて、スパイスをブレンドして作るカレーです。

インドに行ったことがないくせに、インド風カレーが好きで、しかも味にかなりこだわりがあるので、その辺のインド料理屋のカレーにはなかなか納得できません。これまでに数多く訪れた世界各国インドレストランのうち、私が太鼓判を押したのはたったの二つだけ。その味を再現すべく、キッチンでスパイス混ぜ混ぜ修行中。本を見たり、インド人の親友のいる弟にレシピを伝授してもらったり。最近ではかなり理想の味に近づいてきました。

しかし、カレーって一体何なんでしょう?

「カレー」という食べ物がある地域、つまりカレー文化圏ってどこからどこまでなのか。東は日本から西はパキスタンくらいまで?

東南アジアのほとんどの国にはカレー料理があるようですが、日本カレーともインドカレーともまたかなり違う味ですね。タイのグリーンカレーとか。タイ語では「カレー」という呼び名ではないけど、タイの人はあれを「カレー」と認識しているのかな。

日本や韓国の「ルーカレー」はもともとの郷土料理ではなく、輸入された料理なので、厳密には東アジアはカレー文化圏には入らないのか?

インドではカレー粉を使った料理はなく、スパイスをブレンドした煮込み料理があり、それを(外国人が)カレーと呼んでいるらしいけれど、インド人にとって「カレー」という料理は存在しないのだろうか。

そこでカレーを「スパイスをブレンドして味をつけた煮込み料理」と定義すると、話は一層ややこしくなってきます。パキスタンを越え、中東へ行くと、そこにもスパイスの効いた煮込み料理はたくさんある。お米やナンのようなパンと一緒に食べるところがカレーにそっくり。大変美味しい。でも、私の舌はそれらを「カレー」とは認識しませんでした

ちなみに私がエジプトから持ち帰った中東料理の本によると、煮込みに使われるメインスパイスはターメリック・サフラン・シナモン。これは大体、何にでも入っています。その他に料理によって、ナツメグ・クローブ・フェヌグリークなどがブレンドされます。レモン汁やミントが加えられるあたりが中東独特なのでしょうか。辛みはほとんどありません。

日本でたまに懐かしくなり、中東料理を作るんですが、調理中に人が来ると必ず、「今晩の料理はカレー?」と聞かれます。ということは、私がカレーと認識しないスパイスブレンドでもカレーと認識する人はいるということだ。ということは中東もカレー文化圏に入るのだろうか?

私にとっての「カレーの香り」はクミン。これをたっぷり入れないとカレーという気がしません。この「メインの香り」が人によって違うのかもしれません。

スパイス煮込み料理なら、ヨーロッパにもあります。ドイツでよく食べる「グラーシュ」という料理、もとはハンガリーの郷土料理だそうですが、パプリカやキャラウェイをたっぷり入れたシチュー。でも、これをカレーという人は多分、いないでしょうね。

まったく、どこからどこまでがカレーなんだろう。

おそらく、スパイスをブレンドした料理というのは世界に広く存在し、そのブレンドの仕方がそれぞれ違うけれども、インドに近づくにつれて「カレー度指数」が100に近づいて行く。そういうことでしょうか。

私が勝手に決めた「カレー度指数」によると、タイのカレーのカレー度指数は50、マレーシアで80、ネパールあたりで90くらいに上がり、中央インドで堂々の100、パキスタンの料理は北インド料理と似てるけど南インドのカレーほどはスパイスを使わないから80くらいに落ちて、アフガニスタンのことは知らないからパスして、イランに入って何故か一気に30に落ち、トルコへ行くとヨーロッパ料理と融合してさらにカレー度減退で20。ヨーロッパ大陸に入るとカレー度指数はさらに限りなく低くなって行く・・・・・

勝手に決めたので、間違っていても知りません。

日本のカレーのカレー度指数ってどうなんだろ。私達日本人からすると「これこそがカレー!」だけど、スパイスの調合を科学的・客観的に分析したらどうなるか。

誰かやってくれないでしょうか。

自分でやるのは大変だから、食文化人類学者の石毛直道先生あたりが研究してくださらないかしら。

などと、相変わらずくだらないことを考えてます。
  1. 2006/02/20(月) 11:19:36|
  2. 日常
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日本にもモンテッソーリ一貫校が開校?

ちょっと忙しいので、簡単に。

さっき、こんな記事を発見しました。
0―12歳までの一貫教育、横浜の学校法人が計画

2007年には日本にもモンテッソーリ校が開校されるかもしれないんですね。

日本にはモンテッソーリメソッドを取り入れた幼稚園が既にたくさんありますが、小学校以降のモンテッソーリ教育については、まだ殆ど情報がないようです。

うちの子ども達もドイツに帰ったらモンテッソーリの一貫校に通う予定なので、日本での開校のニュース、ちょっと気になってしまいます。



  1. 2006/02/15(水) 16:21:45|
  2. 教育・学校
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食品のリサイクル

やっと子ども達が隔離解除となりました~。今日からそれぞれ学校と保育園へ行ってくれたので、ようやく通常業務です。

家でゴロゴロ過ごしている間、Penというエコ雑誌を眺めていたんですが、そこに面白いものを見つけました。

みなさん、古パン屋って知っていますか?古ホン屋じゃないですよ。中古のパン、つまりBread(Brot)を売っているお店だそうです。

ベルリンのプレンツラウアーベルク地区にあるらしい、そのパン屋「Second Baeck」は、あちこちのパン屋さんで売れ残ったパンを約半額で売っている、と紹介されています。つまり、このお店の主は、あちこちのパン屋から売れ残ったパンを集めてきて「中古品」として安く売っているらしいんです。

「全粒のパンはもともと、焼きたてよりも2~3日経ってからのほうが食べごろなのに、その日に売れなかったからと捨ててしまうのは勿体無い」という考えから出発したニッチビジネスだそう。

へえ~え!なるほど~。

いいところに目をつけたんですね。結構、流行っているらしいです。でも、なんとなーく、私個人としてはパンはやっぱり焼きたてを買いたいような・・・

でも、食品業界では結構、食品のリサイクルってあるんですよね。おおっぴらに「中古品で~す」と言っていないだけで。私、大学生の頃に市場でアルバイトして、いろいろ見てしまいました。

お肉屋でお惣菜として売っているミートボール、売れ残ったら翌日は油で揚げて、もう一度棚に並べられました。それでも売れ残ると、三日目には中華風のアンをからめて再び棚へ。「美味しそう~」と言って買って行く主婦が結構いましたよ。私は売り子でしたが、「これ、三日前の肉団子です」なんて勿論、言うわけないしね。

こういうのを色々見たので、あまりスーパーのお惣菜を買う気になれないんです。

もっと凄かったのがパン屋。私がアルバイトをしていたパン屋はパンの他にケーキも数種類売っていました。たいしたものはないです。チョコレートケーキにショートケーキにバナナボードに・・・・

でも一種類だけ、珍しいケーキがあった。それは「メルヘン」という名のケーキでした。色はうぐいす色とあずき色の中間ぐらいで、なんともいえない芳醇な香り。何のケーキなのだろう。一度味見させてもらうと、複雑で不思議な味がしました。

「メルヘン」は毎日焼くケーキではありません。一ヶ月に二度の限定販売。これが棚に並べられると、「あら、今日はメルヘンがあるのね~」と客は喜び、メルヘンは飛ぶように売れた。

私は先輩店員に聞いてみたんです。
「このメルヘンって、変わった味ですよね。何が入っているんですか」
すると彼女は、「いろいろよ」
いろいろって?

謎が解けたのは、それから半月後。パン焼き職人さんに「ビアンカ~。冷凍庫行って、凍らしたパン全部持ってきてくれ~」と言われて。一日の終わりに、売れ残ったパンは冷凍保存してあったのです。それを残らず出して来いと言う。

冷凍庫の中にはいろいろありました。タマゴドーナツ、アンパン、クリームパン、うぐいすアンパン、チョコパン、ジャムパン、バターロールetc. あ~あ、こんなに溜まっちゃって~。どうするつもりなんだろ。

冷凍売れ残りパンの籠を受け取ると、パン職人さんは電動カッターで凍ったパンを小さく切り始めました。古紙をシュレッダーにかけるように。うぐいすアンパンもクリームパンもチョコパンも全部一緒です。

細切れのパンが解凍して柔らかくなった頃、そこにザーッと生クリームが投入されました。そして潰す・混ぜる・練るの工程を経て、いろいろなパンは融合し一つになった。どろどろした複雑な色と香りの「タネ」には、さらにいろいろと手が加えられ、型に流し込まれ、オーブンで焼かれ・・・

「メルヘン」誕生~!!

うぐぐぐ・・・うげげげっ・・・・

ゴミリサイクル工場を見学してるみたい。

それ以来、よくわからないネーミングの食べ物は決して買わない私です。
  1. 2006/02/13(月) 19:40:20|
  2. へえ~のお話
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いつまで添い寝?

Ryoさんの「いつから独り寝?」にトラックバックします。

子どもはいつから一人寝をするものなのか。あるいは、そうさせるべきなのか。

私、さっぱりわかりません。うちの娘、すでに6歳ですが、いまだに「川の字寝」です。いつまでこれが続くんだろうなあ~と思いながら、一人で寝かせるように仕向けていないのです。

息子が生まれたときには、最初からベビーベッドに寝かせました。周りのドイツ人が皆そうしていたので、そういうものかと思って。でも、ベビーベッドは自分達の寝室内に置きました。もし夜中に赤ん坊が病気にでもなって、それに気づかなかったらと思うと怖ろしく、別室にはできませんでした。

幸い、夜泣きは一切しない子でした。夜、パジャマを着せてベッドに寝かせ、「オヤスミ」と言えば一人で寝ました。そういう点ではとても楽な子だったんです。

だから、子ども連れで泊まりに来た日本人のお客さんに「うちの子はまだ一人で寝られないんです」なんて言われると(ほとんどの家族がそう)、「え~、どうして?」ってちょっとびっくり。甘やかしているんじゃないのかな~、なんて心の中でつぶやいていました。「子どもなんて最初から一人寝させればそれで大丈夫なのに」ってね。

えらそうなことを考えていたくせに、娘が生まれたら我が家の状況も一転。生まれた瞬間から一人寝を拒否されました。産院に入院中、娘は一度も新生児室で寝てくれず(抱くまで泣き止まないので)、ずっと添い寝だったのです。

退院してからもベビーベッドをきっぱりと拒否。とにかく頑として一人寝を受け入れません。そしてそのまま現在に至ってます・・・

これ、ドイツ的にはまずありえない。実際、ドイツ人の友人・知人・親戚からはかなり批判されてます。私も「マズイな~」と思っていたのですが、そのうち日本に引越して来たら、こちらでは誰でもやっていることなので、「まあいいか」になってしまいました。いえ、「まあいいか」どころか、いつのまにか「このほうがいいな~」という気分にシフトしてます。

夫はかなり長いこと、「どうしてこの子はいつまでたっても一人で寝られないんだ!」と怒って、夜中に娘を子ども部屋に運んだりしていましたが、運んでも運んでも戻って来ちゃうんですよね。最近は夫も、もう何も言いません。

しかしもうすぐドイツに戻りますから、やっぱりこのままではいけないのかなと少々不安になり、先日言ってみました。

「いいかげん、なんとかしなくちゃいけないよね?」
すると夫は、
「いいんじゃないのー?このままで、別に」
「え?だって、ドイツではいけないことだって言ってたでしょ」
「そうだけど~。でも、大丈夫だよ~」
「前はあんなに怒ってたじゃない」
「うん・・・でもさ~、あと何年一緒に寝られるのかなと思ったら、無理に追い出さなくてもね・・・」

彼も完全に添い寝志向にシフトしちゃってますね。

「それに日本の家は寒いから、くっついて寝ないと耐えられないんだよー」
ああ、そういう理由もあったのね。日本の添い寝習慣には。

結局、添い寝をすることの是非はいまだにわかりません。我が家では夫婦の方針が決まらないまま、子どもの意思でこうなってしまいました。まあ、そのうち自分で決めて一人で寝るようになるでしょうが、ずっと添い寝を続けたことが人格形成にどういう影響を与えるものか、見当がつきません。

今では、娘のみならず時折り息子までが寝室に割り込んできても文句を言わなくなった夫なのですが、それでも絶対に許容できないことが一つだけあります。

母親と子ども達が一緒に寝て、父親は別室」というスタイル。

これだけは何故か絶対に絶対に嫌だそうです。












  1. 2006/02/11(土) 18:41:43|
  2. 異文化
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身内に厳しい私?

えっと、本文とは関係ないんですけど、先日のアキツさんへの私のお返事、もしかして誤解を招くかも・・・と心配になりました。「浮気の告白はやめて欲しい」って書いたんですが、夫の名誉のために言い直します。夫が私に浮気の告白をしたということではありません。もし仮に浮気をされたと仮定して、それを正直に告白されたら嫌だということでした。あくまでも仮定の話ですので~。

ここから本文です。

この間、引越し業者のサービスに関する記事に、すまいるさんから、日本の運送業者は対外的にはサービスがいいけど、従業員には厳しいという面があるのでは、という内容のコメント頂きました。それで、思い出しました。先日会ったタイ人の友達が言っていたことを。

彼女は在日15年。日タイ通訳者として活躍しています。その彼女がいまだに理解できない日本の慣習がある。

「タイ人のお客さんを連れて日本の会社へ行ったときなんだけどね、日本側は上司と部下の二人で対応してくれたのよ。ところが部下が準備してきた書類に不備があって。そうしたら上司は部下を怒鳴りつけたの。それを見たタイ人のお客さんはびっくりしちゃって、こんなひどい上司のいる会社とはとても仕事ができないって、結局、交渉成立しなかったのよ~。」

うーむ。そういう場面って確かに珍しくないかもしれませんね。

「怒鳴りつけるのはどうかと私も思うけど、社員を厳しく教育していますよってことを示そうとしたのかもね」私はそう言いました。
「でも逆効果じゃない?その場にいた私も見ていて嫌な気持ちになったもの。自分の部下すら大事にできない上司ってどうなんだろうと思ったよ。タイ人の上司なら、人前で部下を叱ったりしないね。注意するときはこっそりと誰もいないときに、が常識よ」
「部下の面子を大事にするからでしょ?」
「部下の面子だけじゃないよ。自分の評判を落とすことにもなるのよ」

なるほど~。

逆に日本では内輪に厳しい方が信用されるのでは。子どもが悪さをしたときにも、人前だとことさら厳しく叱ったりして・・・内輪に厳しいって、日本では一つの美徳なんですよね?

それは文化だからいいんです。でも、個人的には、私、身内には優しいほうがいいのかなと思って。というのは、自分が身内に優しくないから。

私、夫が何か失敗すると、
「ほら~、だからいつも言っているでしょ~」
「いつもこうなんだから~」
「そういうのがいけないんだよ~」
よく言ってしまうんです。でも夫は私に対して絶対にそれはしません。

もちろん、私の数多くの欠点を彼は知り尽くしています。だけど、言わない。知り合って15年、ただの一度も非難がましいことを言われたことはありません。

夫はもともと悪気の全くない人ですが、正直にずけずけと物を言うタイプで、彼が人と話しているのを聞くと「ヒェ~。そんなこと言ったら、キラワれちゃうよ~」とヒヤヒヤすることがあります。でも彼は人にどう思われるかをあまり気にしない。

そういう人なのですが、内輪の人間には本当に優しいです。私だけじゃなく、親友と呼んでいる友達に対してもそう。自分が信頼している相手、大切に思っている相手のことは決して否定しません。徹底してます。内心「またかよ~。いい加減にしろよ!」と苛立って当然な場面でも、「ははは・・・面白いね~、あんたって」で許してくれる。

なんだか・・・すごぉーく自己嫌悪。

欠点は山ほどあるけれど、私の最大の欠点はきっと、「一番優しくするべき相手に優しくない」ことだわ。身内に厳しいと言えば聞こえはいいけど、実は外ヅラがよくて内弁慶。家族だから何を言っても許してもらえると甘えて、言いたい放題。いけませんね・・・

人間誰しも外ではいろんなことがあるのだから、家族だけはいつも優しくしてあげないと。欠点の多い私が社会でなんとかやっていけるのは、家族にいつも肯定してもらって多少の自信を保ち得ているからなんですよね。

・・・・と、一ヶ月に少なくとも一度は反省するんですが、すぐにケロッと忘れてしまうところが私の二番目に悪いところかも。

「身内に優しい私になる」。永遠の目標にならないようがんばります。
  1. 2006/02/09(木) 18:00:17|
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謝るべきかどうかの基準

インフルエンザウィルスの家庭内蔓延のため、家に監禁状態が続いています。娘は復活してきましたが、息子の方は長期戦になりそう。

というのは、彼は薬を受け付けない体質なのです。強い薬をのむと、お腹をやられて吐くわ下すわになり、もともとの病気の症状よりずっと辛いということになってしまう。医者もそれを知っているので、今回は抗ウィルス剤も抗生物質もなし。症状緩和の薬のみ処方されました。しかし、それすらもダメですね。お腹ゴロゴロ、ピーピーで何も食べられません。もうただひたすら自然治癒を待つのみです。

一体この監禁生活はいつまで続くのか。わくわくふわくさんに「病気のときは、やらなければならないことはせず、やりたいことだけやっていると治る」と言って頂いたので、もう開き直ることにしました。引越しなどどうとでもなる。好きなことをやって暮らすことにします。

さて、先日nyf1403さんのブログで「ドイツ人ってあんまり謝らないよね」ということが話題になっていました。それでちょっと考えていたんですが、前回のエントリーとも関連して気づいたことが一つ。

日本では相変わらず次から次へといろんな事件が世間を賑わしていますね。報道を見て(聴いて?読んで?)いると、そこにあるパターンが見られます。

世間を騒がす人って、最初の頃は大抵かなり強気。「これくらい誰でもやってるじゃないか。なにがいけないんだ」という風に。でも、そのうち世間が「人に迷惑をかけておきながらその態度はけしからん!反省の色が見えない!」と怒り出すと、急に人が変わったようにしおらしくなって、平謝りモードになるなあ~。(本当にヤバイことをした人は、簡単に謝らないみたいですけど)

ドイツ人も国民から批判を受けて反省コメントとか謝罪コメントをすることってたまにありますが、もっと淡々としているような。そんなに極端に態度が変化することってあるだろうか。

それで思ったんですけど、日本人はよく謝る民族と言われるけれど、もしかして日本人にとって「謝るべきか、謝らなくてよいか」の基準は、行為そのものの善悪よりも、「人様に不快な思いをさせたかどうか」なんじゃないだろうか。

正しくない行為をしても、誰もそれを気にしていないようであれば、それほど悪いことをしたという意識はない。なんだかみんな怒ってるらしいということになって初めて、「やべぇ!マズいことしたらしい・・・」と思う。

っていう傾向ってないかな。

というよりも、日本人にとっての善悪の基準の一つがそもそも「他人に嫌な思いをさせるかどうか」なのかも。相手を怒らせた、不快にさせた、ということが既に「悪いこと」なので、そういう事態になったら謝らなくてはならない。

自分の落ち度とははっきり言えない状況でも、相手が不快に違いないと思うと「すみません」と謝らずにはいられず、謝られた方は「相手を恐縮させてしまった」のは悪いことなので、「いえいえ、こちらこそすみません」と謝り、最初の側は「自分が謝ったことで相手を逆に恐縮させてしまって悪い」と恐縮し・・・・と延々と謝罪のピンポンを繰り返す。

このような感覚を持たない民族から見ると、不思議な光景なんでしょうね。

かなり以前、夫がまだ日本人のメンタリティをよくわかっていなかった頃。ふとテレビをつけると、昼メロやっていました。三角関係の話で、女がはっきりしないから全員が傷ついただかなんだか、そういう筋。

女「私のせいよ!」
男1「何、言ってるんだ。悪いのは僕だ!」
女「いいえ、あなたは悪くなんかないわ。私が・・・私が・・・」
男1「自分を責めるのはやめるんだ。ああ、僕さえいなければこんなことには・・・」

とかなんとか泣きながら揉みあっていると、バーンとドアが開いて、もう一人の男が乱入。

男2「違うんだ!何もかも俺のせいなんだっ」

夫はそれを見ながら、目をパチクリしていました。
「何やってんの、コイツラ。あほじゃないの・・・・」
  1. 2006/02/08(水) 11:48:57|
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「理屈」か「気持ち」か

フランス語はまるきりダメなんですが、こんな本を読んでみました。

日本語の森を歩いて フランス語から見た日本語学

「発話操作理論」という言語学理論に基づいて日本語を分析しているそうで、言語とは人間の外にあって、それをわれわれが符号や暗号を手渡すように他人に手渡すのではなく、発話主体である自分、そして発話の出来事の時間である現在を出発点にして、自分自身の存在を組み込んだ関係の網を構築していくのだ、と書いてあります。

これを読んだだけでは何のことやらチンプンカンプン。しかし、読んでいくうちに「それぞれの言語には、人間がどのように世界を構築していくが表れている」ということがなんとなくわかりました。

へえ~と思ったのは、こんな部分です。

「どうもどうも先日はたいそうご馳走になりまして・・・・」
「どうもどうも先日はたいそうご馳走になりまして、ありがとうございました」
この二つの文章のどちらがより丁寧か。

前者のほうがより丁寧であると、著者らは論じています。何故なら、「ありがとうございました」まで言ってしまうと、この件は「落着した」ことになってしまう。これに対し、「・・・・・・」としておけば、相手に対する感謝や負い目などが継続していることになる。

なるほど、そうかもしれません。

これを読んでふと思いついたのですが、約束の時間に遅れたことを詫びるとき、日本人は「すみません」の後に「電車が遅れてしまって・・・・・・」とだけ言うのではないかな。ドイツ人(フランス人も?)だったら、「電車が遅れたので、約束の時間に間に合いませんでした」まで言うと思います。それはドイツ語としては全くOKなのですが、日本語の場合には最後まで言わない方が「申し訳ない気持ち」がいつまでもふわふわとその場に漂っている感じがする。

終章に結論の一つとして、
「気持ち」を言う日本語、「理由」を言うフランス語
という記述がありました。

私も日頃から、「ドイツ語(欧米語?)では論理が重要、日本語では感情が重要?」と感じることが多いのです。そして、この本の以下のくだりを読んで「やっぱりそうか」と思いました。

フランスでは、遅刻したときには「すみません」と言うだけでは不充分で、遅刻した理由をはっきり述べなければならない。そうしないと、いい加減な人だと思われてしまう。

日本では逆に、理由をつけ加えると、くどくどと言い訳していると解釈されてしまう。潔く過ちを認めてお詫びした方がよい。


と、ここまでだと、「日本人とフランス人って違うのね~」で終わってしまいますが、ことはそう単純ではない。うちの場合。

子どもをバイリンガルで育てるということは、単純に言語を二つ習得させることに留まらず、状況いかんでは振舞い方をも二通り習得させることですよね。

ドイツ語を話すときには「理由をきちんと言いなさい!」と教え、日本語のときには「言い訳はするな!」と教える?子どもは混乱しちゃうかも。

うちの子ども達は理屈っぽいほうなので、あーだこーだと理由を言いますが、家ではそれを咎めることはしていません。でも、外でよその大人の人に対して同じことをやられると、かなり冷や汗~。

大人になれば適当に使い分けもできるようになるでしょうが、人格が形成される幼少期に使い分けを叩きこむことがいいことなのかどうか。論理的であることと、感情を優先させることのどちらがより望ましいか、親の価値観で躾けるほかはないんでしょうか。

しかし、親の私達ですら、いろんな文化の間を行ったり来たりしているうちに、次第に考えや感覚が変化してきますからね~。

言葉を表面的に教えることはそんなに難しくないけれど、その裏に潜む価値観をうまく伝えることは難しいです・・・・
  1. 2006/02/07(火) 16:38:20|
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水餃子のレシピ

水餃子のオリジナルレシピです。

材料 餃子の皮(手作りだとベストですが、市販のでもいいです)・豚挽肉・えび・ネギ・白菜・椎茸・生姜

手順 1.白菜を微塵切りにして塩を振り、しんなりさせる。
    2.豚挽肉とネギ・椎茸・生姜の微塵切りをボウルに入れる。
    3.エビは剥いて、包丁で叩き潰し、2に加える。
    4.白菜をさっとゆすいでから絞り、2に加える。
    5.胡椒・紹興酒・ごま油少々で味をつけて、よく練る。
    6.皮に包んで茹でる。
    7.酢醤油+XO醤につけて食べる。

材料も手順も、なんということはないんですが、幾つかポイントがあります。

1.塩を入れない!白菜に残った塩気とエビの塩気で充分です。
2.にんにくを入れない。中国人に聞くと、微塵切りにしたにんにくを具に入れないほうが美味しいという人が多いのです。入れないほうが美味しいと私も思います。どうしても入れるなら、酢醤油ににんにくをそのまま一晩漬け込んだ「にんにく酢醤油」に。3.茹ですぎない。具が固くなり、皮がべろべろになります。
4.XO醤は美味しいのを。不味いのだと生臭いです。

そうそう、分量を書きませんでした。いつも適当です。豚肉とエビは半々が美味しいです。


よろしければお試しくださいませ。

追記:大変、大変!一番大事なことを書き忘れました!エビを叩き潰し過ぎて「挽肉状」にしてしまうと、美味しくありません。プリプリ感が残るくらいに、がポイントです。
  1. 2006/02/04(土) 16:32:10|
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不調の波・・・

昨夜より娘が熱でダウン。医者へ行ったら、インフルエンザA型だそうです。保育園のクラスはほぼ全員、発症と連絡がありました。

来週いっぱい、自宅で静養となりそうです。学級閉鎖も入れると、三週連続~(泣)
まだ夫は出張中なので、今晩の保育園役員会にも行かれなくなりました。私、書記なのに・・・みなさん、ごめんなさいね~。

先日、突然テレビが昇天しました。たったの三年しか使っていないのに。いまさら新しいの買うわけにはいきません。

パソコンも非常に調子が悪く、壊れるのは時間の問題です。

その上、電話まで壊れました~。受信はできるけど、こちらからかけることはできません。

洗面所の電気もつかなくなり、電球を取り替えたにもかかわらず、つきません。

さて、どこまで続くか。この不調の波・・・・
  1. 2006/02/04(土) 15:01:37|
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ややこしい国際引越し

今日、引越し屋さんが見積もりに来ました。いよいよ引越しモードに。

転勤なので引越し費用は会社持ち。それはいいんだけど、引越し業者を選ぶのも会社です。それがちょっとね・・・実はこっちに来るときに、会社の選んだあるドイツの引越し業者で散々な目に遭ったもので。

詳しくは書きませんが、あまりの対応の悪さに驚くやら呆れるやら腹が立つやら。普段はクレームなど一切つけない私も、さすがに一言言わざるを得ませんでした。日本についてからの作業は、この業者と提携する日本の業者がやってくれたのですが、こちらは打って変わってのフレンドリー&迅速&丁寧なサービス。その違いに唖然。

比較したのはそれぞれたったの一社なのですから、ドイツの業者はバツ、日本のはマルなんて一般化して言うつもりは毛頭ありません。しかしもう金輪際、あのドイツの業者だけは使わない。それだけは胸に誓ったのでした。

ところが、このたび会社が指定してきた二社のうち一社は、またもやあの業者
ノン・ノン・ノン・ノン!断固、拒否します。
「日本の業者を使うわけにはいきませんか?」
会社に掛け合ってみたのですが、
「日本での作業は日本のパートナー業者がやるんだからいいでしょう」
「いえ、そうではなくて、一括して日本の業者に頼めないでしょうか。クロネコヤマトでも日通でもなんでもいいです。ヨーロッパにも拠点がありますし」
「ダメです。うちの会社と契約している業者じゃないと」

あ~、がっくり。

今日見積もりにやってきたのは、あの業者ではない、もう一つの業者でした。約束の時間少し前に、家が見つからないと携帯から電話してきた担当者はアメリカ人男性。はい、そうです。英語しか通じません。

アメリカの引越し屋さんだそうで、引越しに関する細かい確認は日本語でもドイツ語でもなく、英語で。すっごく久しぶりに英語を話しました。はぁ~、疲れた。

そしてなんと!見積もりが終わって、「こちらをよくお読みくださいね」と手渡された分厚い「お客様資料」も英語っ!

め、めんどくさあ~いっ!!

ただでさえ疲れる引越しなのに、英語の資料なんぞ読まねばならぬとは・・・・

はっ、でもっ!もし日本の業者に頼んで、日本語の資料を渡されたら、夫に「なんて書いてあるんだ?」と聞かれ、いちいちドイツ語に訳さなければいけません。それも、すごーーーく面倒。

ってことは、ドイツ語の資料をもらって、夫に引越しの指揮を任せるのが私には一番楽?

ってことは、あのドイツの業者に頼むのが楽!?

・・・・・・・・

考えるのが嫌になってきた。なんでこう、ややこしいんでしょうか。
  1. 2006/02/02(木) 11:36:06|
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