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今週は夫がフランス・ドイツ出張、娘は長野へ合宿。息子と二人です。
昨日二人で晩御飯を作って食べていると、急に息子が「ううっ、お腹痛い」と。その途端、私もお腹が痛くなりました。胃の辺りがギュウっと内側から押される感じで苦しく、水を飲んだだけでも痛い。 「学校で給食の後にもこうなったよ」と息子。どうやら二人して何かのウィルスにやられたようです。 そんなわけで今日は息子は学校をお休み。先週は学級閉鎖でやっと今週から通常通りと思ったら・・・あ〜あ。 動き回ると痛いのと、給食を食べるのが辛そうなので欠席にしたものの、寝込むほど具合が悪いわけではないので家でパズルしたりそろばんしたりして遊んでいました。私はそれにつきあわされたり、仕事の邪魔をされたり。全くもう。忙しいのにな〜。 晩御飯の後、「まだお腹痛くて明日も治りそうにないから、明日も学校休むね」 それを聞いて思わずキレました。だって、息子は一ヶ月に最低1〜2日は学校を休んでいるんです。微熱が出たとか頭痛がするとかの理由で。熱がある以上、学校には行かせられないので欠席させると、家では元気で飛びまわっていたりして、「これってズル休みじゃないの?」と思うんですよね。でも、「どうせたいしたことないんだから」と無理に行かせると、必ず2時間目あたりに保健室から電話が入り、「具合悪そうなので迎えに来てください」そんなことを繰り返しています。 ドイツに居た頃は、幼稚園も学校も一日も休んだことがなかったのに!! 気候が合わなくて体調を崩しやすくなったんだろうかとか、何か変な病気なのだろうかと医者に見せたりしましたが、何も異常なし。 学校が嫌いなのかな?と思ってそれとなく聞いてみても「そうじゃない」という返事。こちらの学校に編入したときには、馴染めずにかなり苦労していましたし、いじめられることもしばしばありました。一時あまりにもいじめがエスカレートしたので学校に相談し、それ以来は収まっているようなので安心していたんですが。 基本的にはとても積極的な性格なので、学校行事とか係りの仕事などにもよく立候補して、秋の音楽祭のミュージカルで主役もやりましたから、いじめられない限りは学校生活を楽しんでいるのだろうと思っていた。 今回は私も具合が悪く、間違いなく病気ではあるようなので完全にズル休みとは言えないけれど、でもやっぱり何かおかしい。 そう思って、もう一度聞いてみました。学校嫌なの? 「・・・・・・」 「嫌なら嫌で別にいいんだよ」 「・・・・・・」 「さっきは怒ってごめん」 「・・・・・あのね・・・」 「ぼくは最近はそんなにいじめられてないんだけど、でも嫌なんだよ。学校では毎日誰かがいじめられて、毎日誰かが泣いてるんだよ。そして周りは笑ってるんだよ。もうそういうのウンザリだ。授業中はまだいいけど、休み時間なんてひどいんだよ。あの場にいるだけで悲しくなるよ。先生も毎日のようにみんなに怒ってるし」涙ぽろぽろ。 ・・・・そうか・・・楽しくないんだね、学校。 息子は繊細過ぎるのかもしれません。子どもの社会だっていろいろある。試練だと思えばいいのかもしれないです。 でもなあ。悲しいです。せっかく日本に来たのに。夫も私も娘も、いい友達に恵まれて日本の生活を楽しんでいるのに、息子だけが辛い思いをしているのなら。 三学期もあとちょっと。彼は我慢して通うでしょう。でも、日本の学校の思い出が「楽しくない思い出」になり、彼にとっての日本のイメージがネガティブなものになってしまうなら、とても残念です。
まったくどうでもいい内容の日記です。
本当は引越し前で超忙しいはずなんですが、準備にばかり追われて殺伐とするのは嫌なので、引越しのことはしばし忘れてフツーの日常を過ごしたくなりました。 そんなわけで、朝からベーグルを焼いたり。 ![]() ベーグルって、たいして好きでもないのですが、子ども達が食べたがるので作りました。でも焼きたてはやっぱり美味しいです。 それから、引越し前最後のせっけん仕込み。ちょっと柔らかくて、うまく切れませんでした。 ![]() せっかく肌にベストなオイルの配合が決まったのに、ドイツでは水質も空気の乾燥度も違うので、向こうへ行ったらまた研究し直しです。 コーヒータイムのテーブルの上には先日、娘と一緒に作ったシュガーポット。 ![]() 家庭用のオーブンで簡単に焼ける「オーブン陶土」でチャチャ〜ッと作ったので不恰好ですが、娘は大喜びです。左の黒っぽいのが私が作ったの。右のが娘の(私の作品を真似っ子した!)手前の器も娘作。 中国・韓国では只今旧正月だそうですね。関係ない我が家もお祝いに便乗して、晩御飯は水餃子にしました。 ![]() 水餃子は私の18番料理。我が家に来たお客さん達から「ビアンカの家で食べた水餃子の味が忘れられない」とか「革命的に美味しい餃子」とお褒め頂いた自慢の一品でございます。今日も美味しかった。 特別なイベントはないけど満たされた週末でした。
旅行が生き甲斐の私は、他の人の旅行記や滞在記を読むのがとても好きです。最近、お気に入りの旅行本にまた一冊加わりました。
滝田明日香さんの「晴れ、ときどきサバンナ」 6歳で日本を離れてからずっと海外で生きてきた明日香さんがアフリカに魅せられて、単身でサバンナを放浪。現在は獣医さんとなってナイロビ郊外にお住まいです。偶然、彼女のHP「獣の女医 in アフリカ」を発見して、「面白〜い!」とはまってしまいました。 私はアフリカ大陸はまだエジプトにしか行ったことがありませんが、いつか子ども達と是非サファリをしてみたいと夢見ています。子どもがマラリアに罹ったらどうしようと思うと、今のところなかなか勇気が出ないんですけど・・・ 子どもたちと一緒に行きたい場所、他にも数多くあります。このブログに書いている旅のエピソードは、ほとんどが私の単身旅行、または夫との二人旅の話なのですが、子どもたちが生まれてからも、旅は続いています。 かつては人の生活する場所へ行ってマンウォッチングをしたり、その生活文化や歴史を知るのが趣味でしたが、家族で旅行するようになってからは、もっぱらアウトドア系になってしまいました。町は子どもには退屈なことが多いし、それに学校が休みの時期に家族で普通の旅行となると(特に日本では)あまりにもお金がかかっちゃうので・・・ アウトドアって、私、大嫌いだったんですけどね。虫が嫌だし、花粉症持ちだから。 でも、今は本当に楽しんでいます。同じ自然でも、子どもと一緒だとまた全然違う発見があり、みんなで一緒の体験をする素晴らしさは格別です。忘れられない思い出になりそうな場面がいくつもありました。娘がまだ赤ん坊だった頃、カナリア諸島の砂丘に登り、娘を抱いて滑り台を滑るように砂の丘を滑り下りたこと。オーストラリアの海で息子とスノーケリングをしていて、ふと気がつくとぐるぐる回るイワシの群れの真ん中にいたこと。北海道の知床で四人一緒に沢登りをして、てっぺんの滝壺の温泉で泳いだときのお湯の気持ちよさ。雨が降ったり止んだりの竹富島の浜辺で冷たい風に打たれながら、ヤドカリをみんなで三百匹くらい集めたこともありましたね〜。 生きててよかった〜と思う瞬間です。父母、そして義父母に感謝する瞬間でもあります。 子どもの行動や考えに影響を及ぼすことはできるけれど、「こう感じなさい」と感情を押し付けることはできない。体験を共有しても、感じることは一人一人違う。日常とは違う場所で、子ども達は何を感じているのでしょうか。 贅沢過ぎることなのかもしれませんが、状況が許す限り、これからも家族でいろんなところに行って、いろんなものを見たい。 子どもたちから、旅の違った楽しみ方を教えてもらった私ですが、彼らが成人して一緒に旅行に行ってくれなくなったら、そのときはまた夫と二人で世界を旅して回ります。 それが私の夢。
昨日から小学校の息子のクラスは、インフルエンザのため学級閉鎖。
「元気な子は家庭学習をしましょう」 と、学校からのお便りには書いてあります。 家庭学習ね〜。うーん、何をしましょうか。昨日はとりあえず、親子そろばん大会を開催して大いに盛り上がりましたが、今日はどうしよう? そーだ!科学館へ行こう。先日、義妹がお台場の日本科学未来館で世界一のプラネタリウム、「メガスター」を見てとても良かったと行っていたので是非行ってみたくなりましたが、休日はかなり混雑するというし・・・と思っていたところです。学校が休みの今日はまたとないチャンス!!息子と二人、電車に飛び乗って行って来ました。 うちの息子はハイパーアクティヴで、おまけに視界に入ったものはすべて触らなければ気がすまないという困った癖がありますから、触れてはいけないものがいろいろ展示されている場所に彼を連れて行くことはできません。でも、科学館ならば「さわり放題」のコーナーがあるので、息子の欲求が満たされるし、私もガミガミ小言を言わずに済むので、お互いハッピーなのです。 面白いものが山ほどある中で、息子は予想通りハイパーぶり全開。特に彼の気に入ったのは力学系や3D系でした。 私が楽しかったのは、やはり生物学系の展示。特に脳に関するものが面白かったです。その中にこんなのがありました。 画面に映った女性が「ダ、ダ」と言っています。しかしこれは錯覚で、実際には彼女は「バ、バ」と発音しているというんですね。「ガ、ガ」と言っている映像に合わせて「バ、バ」という音声を聞かせると、「ダ、ダ」と言っているように聞こえるのだそう。 という説明を読んで、もう一度画面を見ながら発音に注意して聴いてみました。 「ダ、ダ」 今度は目を瞑って聴く。 「バ、バ」 また目を開けて画面を見ると、 「ダ、ダ」 ほんとだー!! 今度は画面の彼女の口の部分を押さえて聴いて見た。 「バ、バ」 おおおー!! 外国語で話をするとき、面と向かっての会話なら大丈夫だけど、電話だとどうも聞き取れないってことありますよね。それは「口の動きが読み取れないから」だと言いますが、聞くという行為が聴覚だけでなく、視覚にも大いに頼っていることがこれほどはっきりわかるなんて。これをマガーク効果と呼ぶのだそうです。詳しくはこちらなど。 ということは、極度の近眼で人の顔がよく見えないという人って、外国語会話での聞き取りでは不利なんでしょうか? そう考えれば、日本人に英会話や英語のリスニングが苦手な人が多いのも、しかたのないことかもしれません。学校の英語の授業では先生の口元を見て音を聞き取る機会が少ないですものね。私の中学、高校時代には英語教師で英語が喋れる人はいませんでしたから、発音を学ぶのはもっぱらカセットテープでした。聴覚情報のみから正確な発音を学ぶのは非常に困難なのかも。 数時間では全部見ることができず、目ぼしいところを回った後、プラネタリウムを観て帰ってきました。「メガスター」、とっても綺麗でした。星ってどうしてこんなにロマンチックなのかな。 でも、去年、西表島で見た星空ほどは感動しませんでした。空気の澄み切った春の夜、ひんやりと冷たい砂浜に仰向けに寝転んで、いつまでもいつまでも見ていたあの空ほどは。 科学館も好きだけれど、やっぱりリアルな体験はもっといいな。どうしてかな。 そんなことを思いながら家路につきました。 明日もまだ学級閉鎖は続きます〜。さて、今度は何をしよう?
Kiasuさん、すまいるさん、アキツさんのスシ談義に私も加わらせてくださいな。
私の夫は自他共に認めるスシフリークです。一週間に最低一度はスシを食べないと禁断症状が出る、毎日、いや一日二食スシだって平気というツワモノです。 もちろんそんなに頻繁にお寿司屋さんへ行く経済的余裕は我が家になし。というか、まともなお寿司屋さんに家族で行ったことは一度もないかも。もっぱら、回転寿司またはお持ち帰り寿司。美味しいお寿司は会社の飲み会で食べてきてね。 私はお寿司はそれほど好きではありません。嫌いじゃないけど、別に格別食べたいとも思わない。でも夫がなんちゃってスシフリークなので、ドイツに帰って「がってん寿司」に行かれなくなったら厄介だなあ〜と心配してました。 ですからベルリンに転勤の話が出た時点で、早速ベルリン市内のスシレストランをネットで検索したのです。いや〜、出るわ出るわ。Sushiと名前のつく店だけで70軒くらいヒット。ドイツでもスシの人気は衰えを知らず、スシバーは増える一方とはわかっていたけどここまでとは。 数あるスシバーの大部分は日本人から見た合格基準に達していないと想像がつきますが、これだけあればまともなお店だってあるに違いない。とりあえず一安心。 実際にベルリン市内を歩いて見たら、さらにビックリ。右も左もスシスシスシスシ・・・・な〜んでこんなにスシ屋ばかりなの!?というぐらい目につきました。だけど思ったとおり、日本人ではない他のアジア人が経営してるところが多いようでした。以前から韓国料理屋が日本料理屋も兼ねている店はしばしば見ましたが、ベルリンでよく見たのは・・・ Thai-Sushi Restaurant う〜ん。タイ料理と一緒ですかー。まあ、いいけどね。 私は自分が食べるなら、日本のお寿司に近いものが食べたいですけど、お寿司が現地化してもOK派です。アキツさんもおっしゃっているように、日本人だって外国料理をどんどん日本化しているもん。中華などは、私、もしかして本場の味より和製中華の方が好きかも・・・って思ってます。(でも日本のピッツァは嫌い) 欧米人のしょうゆドボドボ、わさびベタベタは見ていて「ううう...」ではありますが、私が作ったわけじゃないから許す。 そういえば、ポツダムのレストランでこういうの食べましたよ。 「サーモンロール 生姜とえんどう豆のサラダ わさびナッツ添え」 スモークサーモンをくるくる巻きにして、海苔をその上から巻いてあります。その横に、お寿司についている「がり」とさっとゆがいたえんどう豆を一緒に千切りにしたものが添えられている。そしてまわりには「わさびナッツ」。わさびナッツって、小さくて丸いお煎餅の中にピーナツが入っているの、ありますよね。あれのワサビ風味。そして、全体には砂糖醤油のようなタレがかかっていました。 一口食べたところで、 夫「どう?味は?」 私「うーん。ちょっと待ってもう一口」 夫「どう?」 私「う〜〜ん。まだよくわからない」 夫「どう?」 私「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」 うんうん唸っているうちに、全部食べてしまいました。 美味しいとは言えないが、美味しくないとも言えない。知っている味とは言えないが、知らない味とも言えない。「失敗料理」のようでもあり、「懐かしの味」のようでもあり・・・ 創作料理なんでしょうけどね。日本人として日本の食材に先入観があるためか、今ひとつ感動できませんでした。 でも、いいんじゃないでしょうか。同じ物ばかり食べているよりは。どんどん実験して意外な味、絶妙なハーモニーを創り出してもらえたらと思います。
最近、Ryoさんのブログ「必至にいろいろ考える」をよく読ませて頂いています。Ryoさんはバリ島の生活の中で感じたこと、気づいたことなどを書いていらっしゃいます。
いつも、「う〜ん。なるほどそうなのか。そういう考え方があったのか」と感心し、それまでの自分の考え方を振り返ったりしています。とても興味深いです。 私はドイツだけでなく、アジア各国の文化や考え方にも関心がありますが、長年ドイツに住んでいたのでどうしてもドイツとの比較で日本を見てしまいます。ドイツ的な感覚からすると日本人は、「論理的というよりむしろ情緒的」で、「個人主義というよりもむしろ集団志向」で、「能動的というよりもむしろ受身的」で、「白黒明白というよりも曖昧」で、それでもって「自己が相対的」。 これじゃ、まさにクリシェそのものではないか〜、と自分でも少々うんざりし、「もっと別の発見はないのだろうか」と思うのですが、人から聞いたことの受け売りばかりというわけでもなく、本当にそのように感じてしまう自分。 Ryoさんは「日本人とは云々・・・」と論じられているわけではなく、ご自身の生き方、考え方について再考するというスタンスでいらっしゃいますが、エントリーを読んでいると、日本で生きてきたという共通のバックグラウンドを持つ私やその他の日本人をも含めた考察であるとも感じられ、非常に考えさせられるのです。 そして、バリ島という社会文化の中から見た日本は、私がドイツというフィルターを通して見る日本とは違う。ときには全く逆のようにすら見えます。 物事って、実体があるようでない。物事は見る角度や比較するものによって違って見える。そんな当たり前のことに改めて気づきます。 しかし、人間である以上、物事についてなんらかの印象や意見を持つのは自然なことで、また、何も意見を持たなければ行動することもできないのですよね。意見は持たなければいけないが、自分の意見は「絶対」ではないということを常に念頭に置いておく。これって、とってもムズカシイ! ドイツの大学では文化人類学を専攻していましたが、ドイツ人学生達が○○族について、など議論しているときに、日本というフィルターを通して○○族を見ている私にはドイツ人の議論がとんでもなくとんちんかんに感じられたことがありました。 私が何かについて日本人やドイツ人と議論しているときも、たとえばインド人などからすれば、怖ろしく的外れに聞こえたりもするのだろうなあ〜。 と、ちょっと恥ずかしくなりました。 これからも、読む方によってはとんちんかんな理論を展開するかもしれませんが、どうかご勘弁くださいね。
センター試験一日目。今年は英語にリスニング問題が加わり、これまでにも増しての長丁場。大変ですね。
あいにくの大雪です。この寒さで風邪をひいている学生もいれば、生理中で体調がすぐれないという女子もいることでしょう。実力を出し切れなかった学生がいたなら、本当に気の毒です。 思い起こせば自分自身もかつては受験戦士だったわけだけれど、戦いはいまや一層過酷なものとなっているのでしょうか。少子化による学生数の減少に対処すべく「英検二級以上の資格保持者には授業料全額免除」に踏み切る大学もある一方で、本年度の受験者総数における三浪以上の浪人受験生の割合は(うろ覚えですが)17%だとかで・・・ 少子化しても志望校がブランド大学に集中していれば変わりがないのかな。 東京都内に住む友人の話では、中高一貫校を受験するためには小学校のうちから夜遅くまで塾通いをしなければならない。入試問題は年々難しくなっていて、学校の授業で習うことでは全く対応できないのだとか。 そう考えると、ドイツに帰るうちの子ども達は恵まれているのでしょうか。バイリンガルで大変だ、引越しが辛い、などと愚痴ってはみても、受験がないというだけで負担はかなり軽いのかもしれません。 もちろん、ドイツだって進学は大変。小学生でもついていけなければ落第しますし、総合大学に進学できるのはギムナジウムという進学校を卒業した生徒だけ。しかもギムナジウムにうまく入学できても、卒業試験に通らなければ、あるいは好成績を修めなければ大学の希望の学科には進めない。 晴れて大学に入学しても、単位を取るのは容易ではないですしね。10〜12歳という低年齢で進路を決めなければならないのが酷だという批判もある。 総合的に見れば、日本とドイツとのどちらがより大変というのははっきり言えないかもしれません。 それでもドイツには「ブランド大学」がない分だけ、進学競争は緩やかだと思う。 「化学だったら○○大学が設備が整っている」とか、 「歴史なら××大学にいい先生がいる」などの評判の違いこそあれ、基本的には全国のどこの大学もレベルは同じ、出身大学によって就職のときに特別有利だったり不利だったりすることもないのですから。 日本では何浪してでも希望の大学に入りたいという学生がいて、それを思うと辛くなります。ある大学に、七浪して入ったという人がいました。 でも・・・ドイツも今後どうなるかな。今の教育制度では問題があるというので、いろいろ改革の動きがあるようですが、良い方向に行って欲しい。子ども達が無意味に苦しむようなおかしな方向へは行かないで欲しいです。
今朝、朝食の後で夫が、
「今日は工場じゃなくて東京オフィスの日だよ」と。 それは、私に駅まで車で送っていけということを意味します。普段は家から工場まで自分で運転して行っていますが、週に二度ほど都内の本社へ行かなければならず、そのときには私が駅まで送るのです。 家から最寄駅までは、私の足で約10分。夫のコンパスの長さだと7〜8分もあれば充分。決して歩けない距離ではありません。実際、私は歯医者や買い物で電車を使うときに歩いていますしね。でも夫には「遠すぎる〜」。まあ、たいして手間でもないので、送ってあげますけど。 私自身も横着な人間なので、彼をとやかく言うわけではないんですが、駅で夫を降ろして「行ってらっしゃ〜い!」と見送ったところで、思わずぷっと吹き出してしまいました。 だってね、普段は数百メートル先の店に買い物に行くのにも車を使う人なのに、週末になると「散歩、散歩!」とムキになるんだもん。 夫に限らず、ドイツでは散歩好きな人が多く、週末の散歩は国民のスポーツとまで言われているくらいですが、私が週末散歩を断ると、夫は「どうして行かないの?」と、さも理解に苦しむという顔をするんですよね。 私「だって毎日歩いているんだから、週末くらい歩かなくてもいいでしょ」 ドイツでは私、車の免許を持っていませんでしたから、いつも徒歩でした。日常生活の中で日々歩いていれば、なにもわざわざ「まとめ歩き」することもない。 ドイツで人の家にお邪魔すると、お茶やケーキを出してもらってしばし歓談の後、 「じゃ、そろそろ散歩に行きましょうか」 となることが多いです。これが最初は不思議で。わざわざ家に遊びに来たのに、何故また外へ行くのか。 お天気がよければ、それもまたよし。でも、天気が悪くても行くのには、なかなか慣れませんでした。ママ友達に「子ども達を遊ばせながらお茶でも飲もう」と家に招かれ、「今日は寒いし雨が降りそうだから、さすがに散歩には行かないだろう」と思って出かけて行くと、玄関に入るなり、「なんだか雨が降りそうだから、今のうちに散歩に行ってしまいましょうよ」と言われたりして。そこまでして行かなくちゃいけないの?とウンザリすることも。 大学の文化人類学科の仲間と田舎へ春合宿に行ったときも、まだ花もない寒々とした草原を皆で歩きました。世界のあらゆる奇妙な文化や習慣について議論しながら。私も仕方なく、ジャンバーのポケットに手を突っ込み背中を丸めて歩いていましたが、思わず口にしてしまった。 「あ〜あ。なんでドイツ人って散歩に行くんだろう!」 若きドイツの文化人類学者達、ここで初めてドイツの奇妙な習慣に気づいたようでした。 とは言うものの。森や広々とした公園の中の散歩というものは、お天気さえよければ、とても気持ちがよいものです。私も長年のドイツ生活で散歩熱ウィルスに感染したのか、長い間散歩に行かないでいるとどうも調子が悪いのです。 しかし今住んでいるこの町では、住宅街の中をおばさんが用もなく一人でウロウロしてるとおかしいし、犬を連れているわけでもないのに土手をぶらぶらするのも妙だったりで、なかなか適当な散歩コースが見つかりません。固いコンクリートの上を長時間歩くのも疲れる。 そんなわけで、ドイツに帰って森へ散歩に行くのがちょっぴり楽しみだったりします・・・
昔、昔、その昔の思い出話になりますが、かつて私はアメリカ西海岸のある田舎町に高校留学していました。
そのときにお世話になったホストファミリーはとても親切な家族で、本当によくしてもらったので愚痴めいたことを書くのは気が引けるのですが・・・(Mom & Dad、ごめんなさ〜い) あの食事だけは、勘弁だったよな〜と懐かしく思い返してます。 田舎の白人系中流家庭の食事として平均的であったのだかどうだかいまだ不明ですが、「特に食にこだわる家庭」でもなければ、「究極のジャンクフードファミリー」でもない、ごく普通の一家だったのではと思っています。 ホストファミリーの家に行ってまず最初にMomが笑顔で言ってくれたこと。 「学校へ持って行くお弁当は私が作ってあげる。いいのよ。どうせ娘のお弁当を作るんだから、全然手間じゃないの」 お言葉に甘えて作って頂くことになったんです。このために後で激しく後悔するとは、そのとき思いもよりませんでしたね。 翌日Momが紙袋に入れてくれたお弁当の中身は、サンドイッチ、りんご、チョコレートチップクッキー、ポテトチップス。サンドイッチは食パン二枚の片側にそれぞれジャムとピーナツバターを塗ったものをパタンと合わせ、対角線にそって半分に切ったもの二切れ。その名も「Peanutbutter & Jerry Sandwich」。初日は変わった味のサンドイッチだな〜と思いつつ食べました。 私「ごちそうさまでした」 Mom「美味しかった?」 私「はい」 それがいけなかったのでしょうか。翌日もピーナツバター&ジェリーサンドイッチ。りんご、チョコチップクッキー、ポテトチップス。 その翌日もピーナツバター&ジェリーサンドイッチ、りんご、チョコチップクッキー、ポテトチップス。 その翌日も、その次も、そのまた次も、またまた次も・・・ と、延々とこれが続いたんですな。日によって、ポテトチップスがコーンチップスだったり、チートスだったりしましたが、後は同じです。お弁当ぐらい自分で作ればいいことなんでしょうが、「弁当が気に入らない」とバレるとMomに悪いと思ったり、自分で車が運転できないとスーパーにも行けない田舎だったこともあり、我慢してました。 なんと三ヶ月間。もうこれ以上ダメっ。どうしても食べられない。勇気を出して、言ってみました。 「Mom、すみません。あのサンドイッチじゃないの、できませんか〜」 するとMomはあっさりと、 「他のがいいの?じゃ、ボローニアソーセージはどう?」 「それでいいです」 「オーケイ!」 気を悪くした様子もなく、別のを作ってくれることに。ホッ。 ボロー二アソーセージ。あまり味がないプレーンなハムの一種です。食パンにマヨネーズを塗り、ハムを乗せ、もう一枚のパンを重ねて対角線に沿って二つに切る。できあがり。 次の日、学校でボロー二アソーセージサンドイッチを齧り、「あ〜、なんて美味しいの。甘くないサンドイッチって・・・」と喜んだのもつかの間。 次の日も、その次の日も、毎日毎日、ボロー二アサンドイッチ。そして、りんご、チョコレートチップクッキー、ポテトチップス。これを三ヶ月。 「Mom、あの〜」 「わかったわ。違うサンドイッチがいいのね。オーケイ!」 今度はツナマヨネーズサンドイッチを三ヶ月。 この地獄のサンドイッチ集中治療3クール終了とともに、私の留学期間も満了したのでしたっ。 これはランチの話ですが、朝も夜も同じような集中攻撃。 ホストシスターは朝食に毎朝、Cheeriosというシリアルにお砂糖と牛乳をかけたものを食べていたのですが、牛乳が苦手な私のためにMomはPop-Tartsなるものを用意してくれました。トースターに入れて焼いて食べるクッキーのようなもので、中にジャムのような甘いのが入っている。 最初食べたときは、わ〜お菓子だ〜!と喜んだんですが、これ、すごく甘〜い。で、一年間ずっとこれ。フレーバーはいろいろあって、何種類か買って来てくれるんだけど、数週間で完全に飽きてしまい、見るのも嫌になっちゃった。そのうち自分では食べずに、こっそりホストシスターにあげてました。 夜の献立もシンプルです。 ハンバーグ、じゃがいも、野菜、グレービーソース。じゃがいもは塩茹でとオーブンで焼いたのとジャーマンポテトの三種類が毎晩ローテンションで出てきました。野菜は冷凍ミックスベジタブル、缶詰のインゲン、レタスとトマトときゅうりのサラダの三種類がこれまたローテーションで。グレイビーはいつも同じです。ハンバーグを焼いたあとの油に小麦粉を牛乳を入れてかき混ぜたもの。黒いコゲ粒が入ってます。これ、毎晩。 週に一度くらい、ハンバーグの代わりにゴムのように固いステーキが出ることがあり、ケチャップをつけて食す。 一ヶ月に一度、上に厚い油の層のあるスパゲティミートソースが出た時には、嬉しくて涙が出そうでした。ごくごくたまにMacaroni & Cheeseと書かれた箱の中身で作った料理が登場しました。 人に食事を作ってもらって文句言うのは・・・・なんだけど、辛かったですよぉ〜。 留学の最後の方はもう食欲など完全に消えうせていました。なのにっ!どーゆーことなんでしょう!?体重はしっかりプラスの変化。3.5kg増。もともとぽっちゃりでチビの私には大きいです。許せーん! と思っていたら、こんなの可愛いもんだったんですね。同じ機関から留学していた仲間がロサンゼルスで大集合し、変わり果てたお互いの姿に、驚愕のあまり言葉を失ってましたよ。 10ヶ月弱の留学で10kg増はフツウ。20kg増えた人もいました。いや〜ん。 もっと食生活の豊かな家庭にお世話になっていたら、私も本当に凄いことになってたかも。やっぱり、あの単調なダイエットに感謝すべきだったかしら・・・
ドイツ暮らしの最初の頃、嫌だったこと。
「なんでもカップル単位で」 夫(当時は彼氏)がどこへ行くにもついていかねばなりませんでした。何故行きたくなかったというと、彼がお喋りだからです。 ドイツ人のパーティって長いんですよね。言葉がまだできなかった頃は、会話についていけなくて、それでも長時間ニコニコしてなくちゃならないから、辛かったです〜。2〜3時間いると、いい加減うんざりしてきて帰りたくなるのですが・・・ 夫は隣の人とペーラペラ、ベラベラ喋りまくっています。 「ねえねえ、そろそろ帰ろうよ」 と言いたくても、彼はすごい早口で機関銃のように喋るので、口を挟むタイミングは永遠に訪れません。とんとん、と肩を叩いてみるが、反応なし。ひらひら、と手を目の前で振ってみるが、やはり気がつかない。 話に熱中すると、パートナーなんて完全に視野の外なんですよ。 これには毎回いらいらして、「ううう...いつか必ず復讐してやる!」と胸に誓いました。日本へ行ったら、夫を無視して日本語でしゃべりまくるぞ!思い知らしてやる。 復讐の時は、意外に早くやってきました。日本へ二人で一時帰国したのです。帰国早々、私の旧友の家に遊びに行きました。友達との久しぶりの再会が嬉しくて、積もる話に花を咲かせようとわくわくして。 夫に「疎外体験」をしてもらい、外国で言葉がわからず困っている私の気持ちに寄り添ってもらう。そういう狙いもありました。(ヒヒヒ・・・) しっかし!夫は私の友達の家に入るなり、 「こんにちはー。わー、これは何ですか?どうやって使うんですか?日本の家ってどういう造りか見せてもらっていいですか?これは何の素材?日本では○○は一般的ではないんですか?あれっ、これは何のためについているんですか?ドイツでは建築物には××という法律があるんですが、日本にもありますか?何故、日本ではセントラルヒーティングが普及しないんですか?etc.....etc.」 と、いきなりまくし立て(ドイツ語で)、ちらっちらっと私の方を見て「ほれ、訳して」と催促するのです。 私は、ずーーーーーーーーーーーーーーっと、通訳状態。友達とお喋りしたいと思っても、私が通訳し終わると間髪いれずに夫が次の質問をするんでね。 「言葉がわからない自分はヨソ者」なんて、卑屈になる様子はまるっきりなし。呆れると同時に、「得な性格だなあ〜」とつくづく感心しました。 人と会うのが何よりも好きなので、パーティ参加を断ることはありえません。今、日本に住んでいても、保育園の「おやじ会」がだ〜い好き。みんなの話についていけなくても、めげることはほとんどありません。 「昨夜ね〜、○○さんとこんな話したよー。楽しかった〜」と嬉しそうに話してくれます。後で、○○さんに聞いたら、あれあれ?話の内容が微妙に違ってる・・・さては、通じなかったな?ということもままあるのですが、お互い楽しかったのなら、まっいいか。 あるとき、市内の小学校から電話がかかってきました。 「実は総合の時間に国際理解というイベントを企画しているのですが、おたくのご主人は外国人でいらっしゃいますよね。ひとつ、授業をお願いできないでしょうか。日本語で」 夫の日本語はまだかなり怪しいので、無理と思い、断りました。 私「今日、こんな問い合わせがあってね。仕事も休めないだろうし、断ったよ」 夫「えー!!なんで断るの。やるに決まってるでしょ」 私「だって、仕事は?」 夫「休むからいいの」 嬉々として、小学校へ出向いていきました。 私「どうだった?」 夫「すごーく面白かった!5年生の授業で、サッカーとドイツ車の話で盛り上がった!」ドイツのハチミツを持っていって、授業中、クラッカーに塗って子ども達に配ったら、何故か先生の顔が引きつっていたとか。(日本では学校におやつを持ってきてはいけないと言うの忘れてました) 後で聞くと、国際理解の講師として他にも5〜6人の外国人が呼ばれていて、各自別のクラスで授業を受け持ったそうです。夫以外はみんな日本在住うん十年の方達で、日本語はベラベラのべラ。 しかしそこで、「オレだけ、日本語が下手・・・」と落ち込まないのが夫のいいところかもしれません。 「間違ったら恥ずかしいからやらない」とつい考えてしまう私は、少しは彼の爪の垢でも煎じて・・・・呑みたくないですね。汚いから。
海外旅行、特に欧米旅行のとき、どうしても苦しいことが一つあります。それは食事。
って、今さら何を言ってるのってかんじですね。 異文化大好き、異国料理も大好き。私はいいんですよ。でもダメなの。私のお腹が。お米を食べない日が三日続くと、テキメンに調子悪くなります。 ドイツ人は2〜3週間ドカーンとバカンスに出かけ、海辺のホテルで二食付きの生活をしたりしますが、我が家では旅行のとき「ホテルでの食事」っていうのがいつもネックになっていました。 ドイツ人が多く利用するリゾートホテルでは、「肉料理にフライドポテトにサラダ」というような料理が主で、これだとすぐに胃がもたれたり、便秘になってしまうんです。「郷に入っては・・・」といくら頑張っても、お腹がついてきてくれません。ですからうちは、ホテルよりもコンドミニアムを借りてときどきご飯を炊けるようにしていました。 今回のポツダム・ベルリン滞在でも苦しかった〜。久しぶりのドイツ料理は美味しかったんですけど、お昼にドイツ料理を食べると胃が苦しくて晩はほとんど何も食べられませんでした。 そしてなんと夫も!結婚以来、私が料理を担当しているので、彼の胃腸は次第に日本人化していっているのはわかっていました。これまでもヨーロッパ出張から帰ってくると、「ご飯とふりかけ〜」と言って、ホッとしたように箸を口に運んでいましたから。一度など、出張先から電話が入って、 「同僚と夕食に行って脂っこいものを食べたら、昨夜夜中に吐いた」と言っていたことまであり、まさかと驚きました。 今回の旅行では毎日のように、「スシ〜。スシ食いたい〜!」と騒いでいましたが、日本に住んでいるのに、なにも高くて(多分)まずい寿司をドイツで食べなくてもと言って阻止したんですよね。でもその代わり、三日ごとに中華・タイ・ベトナム料理屋とアジア食を食べてました。 一度ケーキを注文した喫茶店では、二人して、 「げげっ。ケーキがでかいっ!」 「あまぁ〜〜〜い!!」と驚愕。ドイツに住んでいたときにはそれほどとも思っていなかったけど、日本の極小ケーキを見慣れたせいか、巨大に見えました。夫は隣のテーブルの人達が食べているアイスクリームパフェの量を見て、「見ただけで気分悪くなる・・・」と。 私は戻ってきたからいいんですが、フランクフルトに残った夫はまだ苦しんでいるみたい。さっき電話がかかってきました。 「昼は社食で食べてるんだけどさ・・・」 「ああ、よかったね。フランクフルトの社食は美味しいんだったよね〜」 「それがさー。すっげー量!!あんなの食べられないって。馬じゃないんだから」 ・・・・って、あんたドイツ人でしょう。前は平気で食べてたじゃないですか。それに夫は身長194cm。ドイツの量が普通に食べられないなんておかしいのです。 いや〜、彼の胃の縮小化は思いのほか進んでいるみたいです。
ブログをやっていながら激しいIT音痴の私です。
しばらく前から、MyBlogListに登録してあるお気に入りブログのうち、一部の更新情報が反映されないようになり「あれれ?」と思っていたのですが、原因がわからず放置していました。更新情報が届かないブログへは数日ごとに見に行っていました。 最近、リストに加えたい素敵なブログをいくつも発見したのと、リストにあるブログのいくつかのURLが変わってしまっているため、重い腰を上げてMyBlogListの編集画面へ行ったら、近々サービスを停止するのでもう編集はできない。RSSリーダーへデータを移行してあるのでそっちを使ってくださいとのこと。 私、こういうのサッパリわからないんですよね・・・とりあえずなんとか新規登録作業はできました。コードをブログに貼り付ければ使えるのかと思って貼ってみたけれど、更新情報表示されないんですね。こういう使い方じゃないんでしょうか。 それに、お気に入りブログをいくつか追加したはずなのに、全然反映されていませんね。ガックシ。 RSSリーダーへ自動的に登録されたリストの編集方法も不明。とりあえず元に戻すため、ブログに貼り付けたコードをはがそうと思ったら、はがし方までわからなくなってしまいました。(重症です・・・) 疲れたので、今度元気なときに再挑戦します。お気に入りブログリストが未整備の状態がしばらく続きますが、ご了承ください。
子ども達がポツダムのモンテッソーリ学園に一日体験入学してきました。夫と私も見学させてもらいました。
いろいろな教育法がある中で、どれがよい、どれが正しいというのは正直わからないんですが、ここの学校はとても評判がいいみたいなので入れることにしたんです。 公立校なのですが、モンテッソーリの教育法を実践していて、いわゆる普通の学校とはいろいろ違うところがあるようです。まだあまり詳しくはわかりませんが、大きな特色の一つは「縦割り学級」であること。 小学校の部には1〜3年生までのクラス、4〜6年生のクラスがいくつかあり、異年齢の子が一緒に学びます。 息子が通ったドイツの公立幼稚園も縦割りクラスでしたが、入園のときに園長先生から 「異年齢の子が混じったグループのほうが、大きい子は小さい子の面倒を見、小さい子は大きい子から刺激を受けていいんですよ。同年齢の集団だと、どうしても張り合う気持ちばかり強くなって、殺伐としてきます」 という説明を受けました。それが本当かどうかはさておき、そのときのクラスの雰囲気は確かによかったので、私は「縦割りクラス」にいい印象を持っていたのです。 ただ、「お勉強をする場所」である学校となると、それで授業が成り立つんだろうか、と不思議だった。 また、モンテッソーリ教育では子ども一人一人の興味ややる気を重視するので、みんな一斉に同じことをするのではなく、それぞれが自分のペースで学習するという。これも、「そういうことができたらいいなあ」と思うけれど、実際にはすごく難しい気がしていました。 そんなわけで、かなり興味津々の見学。 娘は1〜3年生のクラス。息子は4〜6年生のクラスです。 「お子さんがいたいと言ったら、いつまででも参加させてくださっていいですよ。でも、お子さんが帰りたいと言ったら、無理強いしないでください」とは先生からの注意のお言葉。 すでに授業は始まっていて、「自由学習」の時間でした。床に座って勉強している子と、机に向かって勉強している子がいます。後ろのほうの太ったおばさんが先生です。先生は教室内をぐるぐる回って個別指導していました。 意外なことに、教室は案外静かでした。20人もの子どもに「何でも好きなことをしていい」なんて言ったら、大声で騒いだり、走り回ったり、すごいことになるのではないかと想像していましたが、子ども達は「見学者」という邪魔者がいるにしてはよく集中してそれぞれの作業に取り組んでいます。 ![]() これはうちの娘です。おはじきを並べて遊んでいます。体験入学といっても本人は何をしていいかわからず、最初は私にしがみついていました。そのうち親切な男の子が「これ、面白いよ」と、おはじきを勧めてくれました。 教室の窓際には魅力的な教具がたくさん並んでいました。 休み時間には二年生の女の子二人組が、「学校を案内してあげる」と言ってくれたので、見て回りました。廊下の机で勉強している子がいたり、カフェテリアで飲み食いしてる子がいたり。学校中のいろんなところに面白そうなおもちゃ(教材?)が置いてあって、娘は面白そうに一つ一つ手にとっていましたよ。 休み時間の後、夫と交代して私は息子のクラス(高学年)へ。息子は早速、算数やら折り紙をやっていました。その後、発表の時間があり、生徒達がそれぞれのテーマで発表したんですが、発表後の生徒達の質疑応答というんですか、コメントが結構すごかったです。 「〜が良かったと思います」という肯定的なコメントももちろんありましたが、 「テキストを丸写ししたのではない?普段、君はそういう表現はしないよね。自分の言葉で発表した方がいいと思う」とか、 「テーマはいいけど、内容が薄い」とか、 「○○について言及するなら、もっと××の部分を掘り下げるべきだ」とか、かな〜り辛口の批評も。 その後クラス全体で取り組むプロジェクトの進め方を話し合いました。テーマはDie Erde(地球)。調べやすい部分は4年生、難しい部分は6年生と分担してやるようです。 いろいろと興味深い見学でした。なんだか面白そう、という印象です。長所短所、それぞれあるのでしょうが、子ども達はとりあえず気に入った様子。 楽しい学校生活になるといいんですが。 追記:この記事には生徒が写っている授業風景の写真をアップしていましたが、「個人情報の扱いは慎重にしたほうがよいのでは」というご忠告を頂きました。写真(娘の写真以外)は削除しました。
埼玉に帰って来たら、いつもの青空。さわやかな日曜日です。関東の冬の空は本当にいいですね。私は埼玉人に埼玉の冬空の素晴らしさを常々説いて回っているのですが、彼らにとってはそんなことは当たり前らしく、ちっとも有り難味を感じていないようです。
ドイツは・・・・暗かったです。朝は8時近くまで真っ暗。夕方4時にはもう真っ暗。昼間もどんよりとグレー。今回はポツダムもベルリンも雪が降っていましたから、雪明りでそれなりに明るかったですが、溶けたあとは本当に暗かった。 日光が少ないというだけでなく、街燈も日本に比べてずっと少ないので、日が沈んだ後の街の暗さは日本の街中とは比較にならないと思います。お店も夜になるとレストラン以外は全部閉ってしまうのでなおさら静か。 ポツダムからカプートへ行く森の中の道などは、あまりにも暗くて、シューベルトの「魔王」を思い出したほど。 しかし「街が暗い」は「星がきれい」ということでもあります。カプートのWさんの寝室には天窓があります。Wさんはその真下にベッドを置いているのですが、 「ベッドに寝ながら星空を観察できるのよ」 と奥さんが言っていました。 ドイツは外が暗いだけではありません。家の中も夜は暗い。私たちは埼玉で借家に住んでいるのですが、たまたま家の中はすべて間接照明です。それでお客さんに、「ビアンカの家は暗い」と文句を言われるのですが、暗いのに慣れているはずの私にもドイツ人の家はとても暗く感じられました。 というか、電気をめいっぱいつければそれなりに明るいのですが、人工の光を嫌ってなかなか電気をつけません。ちょっとびっくりしたのは、子ども達の学校を見学したときに、薄暗い中で子ども達がディスカッションしていたこと。 「学校でも電気つけないんだ・・・」と意外でした。 電気はなかなかつけないのですが、クリスマスの時期だったので、Wさんの家でも東ベルリンの親戚の家でも、家中にキャンドルが置かれ、小さな光があちらでもこちらでも揺らめいていました。とても綺麗。こういうセンスは日本人にはありませんね。ドバッと蛍光灯をつけておしまい。自宅で光の演出って、あまりしないのではないでしょうか。 「きれい」と言えば、家の中もきれいです。とっくにわかっていた筈なのに、久しぶりにドイツ人の家に行って再びショックを受けてしまった。 もー、どーしてドイツ人の家ってあんなに片付いているんでしょう!! いや、ドイツ人にもだらしない人はいる筈ですし、日本人にも几帳面な人は多いと思うのですが、なんというか「片付いていること」の定義が違う気がしますね。ドイツ人の家には生活臭がない・・・ 棚の上、テーブルの上、いろいろなところに物が置いてありますが、それらは「生活用品」ではありません。ほとんどすべてがデコレーション以外の用途を持たない物。生活用品は全部棚の中にしまってあります。ハサミだの懐中電灯だの回覧板だの海苔の空き缶などは、一切見えるところにありません。(これらは今私が居間のテーブルのまわりをぐるっと見回して目についたものです) ドイツ人の一般の家とホテルの部屋とモデルルーム。この三つの間の違いって何? まあ、日本人の家は狭いですから、片付けるにも限度がありますが・・・(言い訳) ドイツに帰ったら、掃除が大変だぁ〜。
子ども達と三人でベルリンから日本に帰ってきたところです。
夫は早速フランクフルトで一仕事あるそうで、フランクフルト空港で別れました。帰って来たら、ここには全く違う現実があります。さっきまで「私たちって本当に日本に住んでいるんだっけ?」という感じだったのに、家の鍵を開けて中に入った途端、ドイツへ行っていたなんて夢のよう。 自宅のお風呂に入って、 「やっぱり現住所のあるところが自分にとっての現実かしら?」 と感じました。 家族でドイツに滞在したのは久しぶりでしたが、滞在中、私はある奇妙な感覚にずっとつきまとわれていました。 「なんか、家族がいつもと違う!」 埼玉での家族の生活をしきっているのは私です。経済的には夫が大黒柱なのですが、言葉や習慣に不慣れなため、日常の雑事のほとんどは私の担当。 夫はもともとは毒舌でどちらかというとクールな印象の人なんですが、日本では言葉がたどたどしく、受け答えがとんちんかんだったりするので、「ほのぼのおとぼけキャラクター」で通っています。 それがドイツの地を踏んだ途端、バリバリテキパキ男に変身。日本語のときの倍くらいの早口で複数の交渉をこなし、日本では発揮できなかったブラックユーモアも全開。 「そういえば、この人ってそうだった〜」 忘れてました・・・ 私はといえば、子どものようにぼやーっと一緒に座っているだけで何の役にも立たず。日本では個性が強いほうで、どこにいても割合目立つタイプなのですが、ドイツに戻れば、「おとなしく無個性で人畜無害な日本女」ですよ。(ホントです) 息子は普段も活発な子ですが、ドイツではさらにいきいきとして、スチュワーデスだろうが、レストランのウェイターだろうが、誰でもお構いなしに話しかけています。飄々として生意気で、ユーモラス。三年日本に住んでも、息子はやっぱりドイツの子なのでしょうか。自信に満ちて見えました。 娘も滞在の終わり頃にはずいぶん流暢にドイツ語を話していましたが、ドイツ語を話す彼女は私にはなんだか「知らない子」のようで、とても不思議な思いで眺めていたのです。いつもの娘の「切れ味の良さ」はなりを潜め、単純で無邪気な女の子がそこにいました。 話す言語が違うと、人の印象ってこんなにも違うのでしょうか。 日本語を話すときとドイツ語を話すときとで、私達家族の人格が変わると言ってしまうのは、言いすぎかもしれません。何語を話そうとも、人格はきっと一つだけなのだと思う。 でも、何かが違う。 なんとも形容しがたい変な気分です。
大晦日からベルリンに来ています。
フリードリヒシュトラーセのホテルにいます。大きなホテルですが、サービスはあまり良くないです。(日本と比較して) 夫「このサービスの悪さ、ドイツに帰ってきたって実感するよね〜」 私「するする〜」 面白がっています。でも、朝食ビュッフェは美味しいです。パンだけで20種類以上ありますよ。私、やっぱりドイツの朝ご飯が好き! 相変わらずドイツのトイレットペーパーは固く、すれ違う人々は香水臭く、携帯電話のデザインはいただけません。だけど、照明器具やキッチン設備は洒落ているし、ポストカードも面白いデザインのが多いですね。 結局、どこの国も一長一短だな〜と改めて思う。 昨日はミッテ地区をぶらぶらと歩き回って来ました。実に面白いです。新年早々なのでお店はほとんど閉まっていましたが、建物を眺めているだけで楽しかった。壁の崩壊前からベルリンに住んでいる人は、街が日々刻々と変貌する様を見ているわけですよね。さぞかし刺激的なことでしょう。 ところで、せっかくベルリンに来てるのだから、ベルリンの歴史や文化についてちょっとは下調べをしようと、ホテルの部屋で日本から持ってきたガイドブックを開きました。昭文社の「トラベルストーリー ベルリン ドレスデン」というものです。全部で239頁。 しかし、ベルリンの歴史や文化に関する情報は載っていません。レストランとお店と観光名所の紹介だけ。名所の紹介の欄にも詳しい背景の説明はありません。 う〜〜〜〜ん。これにはちょっとびっくり。そしてがっかり。 「日本のガイドブックはお店情報が中心」とは思っていたけど、ここまでとは思いませんでした。中身を確認しないで買ってきた私がバカなんですが・・・ ポツダムでは観光案内所に行ったのですが、案内所の人に、「日本人はたくさんポツダムに来ますか?」と聞いたら、「来ますよ。でも、ポツダムに宿泊する人はいません。日本人は観光バスで来て、2時間くらいで帰ってしまいます」という答えが返ってきました。 「日本語を話すガイドが同行してるみたいですか?」 「いえ、ガイドはついていませんね」 ポツダム市で発行されている観光パンフレット類のうち日本語版があるのはサンスーシのみのようでした。つまり日本人にはガイドもパンフレットもなく、日本語のガイドブックにも詳しい説明は全くなし。チラッと見るだけでみんな帰ってしまうんですね。 なんだかもったいないな〜。
明けましておめでとうございます。
みなさんの年越しはいかがでしたでしょうか。私たちはベルリンのブランデンブルグ門でのカウントダウンに行ってきました。カウントダウンだなんて13年ぶりくらい。すごい人出で、まるで原宿の竹下通り状態。 零時の合図とともに、近くにいた人が開けたシャンペンを頭から被ってしまいました。(チビは損だ) でもま、シャンペンのシャワーを浴びて幸先よしということで・・・ 毎年元日に思うこと。 「どんな小さなことでもいいから、何か新しいことをやってみよう」 長年やりたいと思っていたことを実現するのもよし、あるいは逆に苦手なことをやってみるもよし。私には苦手なことがものすごくたくさんあるのですが、毎年ちょっとづつでも苦手なことを好きなことに変えていけたらいいなと思っています。 去年の「新しいこと」はブログと折り紙でした。ブログは、その存在すら知らなかったところを、どこかで「ブログ」という言葉を聞いて、「それ何?」とネット検索したのが始まり。全く何も考えていない状態で「すぐにブログを開設する」のボタンを押してしまった。作っちゃったから何か書くか〜という感じで始め、丸一年が経ちました。 「ブログとは公開日記のことで、読んだ人がコメントを書き込むことができます」という説明を読んだとき、なんだかピンと来ませんでした。他人の日記を読む人なんているんだろうか?コメントと言っても、たまたま通りかかった人が何か書き残していくだけのことなんでしょ? それがこうしてブログを通していろいろな方とお話したり、お友達になれるなんて、思わぬ展開を本当に嬉しく思っています。私も他の方達のブログに定期的にお邪魔するようになり、いろいろな記事に笑ったり、感心したり、驚いたり、勉強させて頂いたり。 私にとって何にもまして嬉しいことは、ブログを通して多くの方の内面に触れることができることです。ブログは一般的には「日記」形式ですから、日常生活で感じたことをそのまま綴っていらっしゃる方も多いです。そうしたブロガー達の「内面の動き」に、大いに共感したり考えさせられたり感じ入ったりしてきました。 リアルの生活でも友達との会話で、「こんなふうに感じた」と内面の交流をすることがありますが、大抵は同性同士、年齢の近い者同士の間でのことです。異性の方とは、個人的な会話はまずないですね。独身時代にはいろんな話のできる異性の友人もいましたが、家庭を持った今は、兄弟や夫以外の異性とは内面について語り合うことは極めて稀になりました。なんとなく不適切であるような気がしてしまいますから。 しかしブログ上では、性別や年齢にはあまり関係なく共感しあうことができて嬉しい。 それから「折り紙」!とっても苦手なことの一つでしたが、折り紙名人ブロガーに触発されて、結構はまってしまいました。人の影響というのはすごいですね。 さてさて、今年の「新しいこと」は一体何になるでしょうか。今年は生活環境がガラッと変わる予定なので、どんな展開になるかとワクワクしていますが、とりあえず今の時点で二つばかり挑戦してみようと思うことがあります。 一つはスポーツ。もう一つは縫い物。どちらも大の苦手です。 スポーツは・・・そうですね。ロードバイクを購入したばかりなので、サイクリング三昧の一年にしようかな。 縫い物は・・・普段はボタンつけ以外は一切しない私です。でも、娘が保育園で雑巾の縫い方を教わって来て以来すっかり縫い物に凝っていて、おばあちゃんに裁縫箱をプレゼントしてもらってやる気満々なのです。こうなったら少しは付き合ってやらないと。というわけで、今年は「手芸デビュー」します!!(下手な作品の写真をアップするかもしれませんが、笑わないで下さいね) 今年もどうぞよろしくお願いいたします。
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