わいるどわ〜るど 

異文化好き好奇心人間の世界考察ブログ
Top | RSS | Admin
不眠とは無縁の私ですが、今夜はなんだか眠れないので、記事連続アップです。

今度の日曜日は、娘の運動会です。

年長児の彼女は、縄跳び、跳び箱、鉄棒など、多くの種目に出ます。これは「競技」ではありません。「強制」でもありません。本人がやりたければやる、順位はつかない。気楽といえば気楽なスタイルです。

でも、娘には決して気楽なものではないのです。

私に似て、運動神経が鈍く、気力だけは人一倍だけど、体力もあまりない子です。お友達が次々と跳び箱や鉄棒ができるようになる中で、娘はなかなか思うようにできるようになりません。

それでも全然、構わないと思っていました。運動が苦手でも、娘には娘の得意なことがありますし、たとえ得意なことがなかったとしても、それでもいいのです。本人は運動ができないことに劣等感を持っていないようですから、それだけでも幸いだと思います。

ところが、周りに触発されたのか、おととい急に、
「どうしても逆上がりができるようになりたい」と言い出しました。
「保育園の時間は順番待ちでなかなか練習できないから、朝早くに保育園へ行って一人で練習したい」
そう言うのです。

そうか、やる気になったのか。それはいいことだ。応援してやらねば。そう思い、昨日は朝7時に保育園へ連れて行き、園バスが到着するまでの間、練習につきあいました。娘は目をギラギラさせて、取り憑かれたように、必死に鉄棒につかまり、足を蹴り上げていました。

しかし、なかなかできません。他の子たちが来たので、私は家に帰りました。

今朝も娘は6時前に目を覚ますと、「鉄棒!」と叫んでベッドから飛び出しました。今度は夫に付き添われて練習に行きました。夕方、私が迎えに行くと、まだ鉄棒にぶら下がっています。逆上がりができるようには、なっていません。園長や保母さんに励まされ、応援され、歯を食いしばって挑戦しています。
「ゆりこ、朝からずっと頑張っているんだよ。粘り強いね。すごいね」
褒めて頂きました。1時間ほど待ったところで、やっと帰る気になったようで、車に乗り込みました。

家に着いて、娘の顔を見ると、唇の横にヘルペスのようなものができています。
「お母さん、痛い」
疲れているのだ、と思いました。早く寝かさなくては、体が持たないかもしれない。慌てて食事をさせ、ベッドに連れて行きます。

でも、寝ないのです。体は極限まで疲れているはずなのに、頭は興奮して、「鉄棒、鉄棒」と呪文のように唱えています。やっと寝付いたのは2時間後でした。

やっても、やってもできない。私にも記憶があります。どんなに頑張っているつもりでも、私には運動という運動のすべてができませんでした。
「お前はもう諦めろ」
私は、体育の先生にそう言われて、早々に運動を諦めてしまいました。悲しかったけど、何が何でも頑張ろうという気にはなれなかった。別にいいやと投げやりな気持ちでした。

でも、娘は必死で頑張っている。自分にはいつかできると信じて、一生懸命前向きに努力している。

強いな。えらいな。感心します。

でも、私の心には声にならないもう一つの叫びがあります。

「そんなに頑張らなくていいよ。できなくたっていいんだよ。他の子ができたって、関係ないんだよ。もうやめよう」

やっと寝付いた娘の背中に、私の涙が落ちました。

明日も、娘は鉄棒に向かうのでしょうか。無理はさせたくない。

運動会まで、あと2日。ただじっと静かに見守り通せるのか・・・自信がありません。


私の本職は一応、翻訳業ですが、(いちおうとするのは、関係ないことにいろいろ手を出して、メインのことをサボりがちなもので・・・)たまに通訳もやります。

でも通訳はあまり向いていません。何しろ頭の回転が速くないので、スッスッと言葉が出てこないということもあるし、通訳の仕事のときには、「情報を別の言語に変換する」という作業の他に、「ニコニコする」かつ「ピシッとする」、そしてクライアントに気を遣うなど、同時にいろいろやらなくてはならなくて、トロイ私には荷が重いのです。

翻訳だと、何を着て仕事しようと、しかめっ面でキーボード叩こうと、全然構いませんし、
「あ〜、わっかんないなーっ。ちょっと休憩〜」
と、コーヒーを啜りながら、ブログ回覧してても怒られない。納期さえ守れば、誰にも何も文句言われません。

ですから、「通訳が得意」という人は私の憧れ。ニュースで首脳会談の様子が映り、首脳の後ろにしゃがみこんで黒子のようにお仕事をしている通訳者の姿を発見すると、
「あんなところで仕事ができるなんてすごいなあ」とか、
「椅子にくらい座らせてもらえないのかしら。あれじゃ、疲れるでしょ」とか、勝手な感想を抱きます。

国と国の間には、ご存知のようにいろんな摩擦があります。様々な「意見の相違」や「事実認識のギャップ」が存在するのでしょうが、私には難しいことはよくわかりません。

しかし、「言語変換者」のはしくれとして、いつも思うことは・・・・

どれだけニュアンスが伝わっているものなのかな〜

ってこと。

政治の舞台で活躍される通訳者の方々の能力を疑うわけではありません。言いたいのは、翻訳って、情報の変換だけではないということ。

医学翻訳などでは、情報を正確に訳すことが重要で、下手なニュアンスなど出してはいけないことになっていますが、他の多くの分野では必ずしもそうではないです。むしろ、ニュアンスを伝えることが最重要とされる場合もあります。だけど、これが難しい。

ビジネス通訳のアルバイトで仕事場に行き、交渉が始まると、日本人クライアントの口から真っ先に出てくる言葉。
「よろしくお願いします」
まず、これを訳さなければなりません。
でも、「よろしくお願いします」っていう表現はドイツ語にありません。しかたないから、「お目にかかれて光栄です」とかなんとか言うわけですが、「よろしくお願いします」と「お目にかかれて光栄です」は同じではない。

同じ表現がなかったら、あるものの中から一番近いと思われる表現を探して代用するしかない。ニュアンスは多少違いますが、無理やり直訳しても奇妙なだけですから。

そのくらいなら、まあ別に問題は起こりませんが、一番嫌なのは冗談の通訳です。たいてい交渉中ではなく、みんなでお昼ご飯を食べたりしているときに、場を和まそうとしてか、いきなりどちらかが母国語でジョークを言う。そして、
「はい、訳して」
という顔でこちらを見るんです。ジョークの通訳ほど大変なことはないのに、本来の仕事時間ではない昼食時にそのような難題を気軽に振られると、ほんと焦ります。

日本人のジョークは主に駄洒落なので、訳しようがないし、ドイツ人のジョークは嫌味っぽくて、日本人はびっくりする。

ここで機転の利く通訳者なら、適当に別のジョークに摩り替えて乗り切るのかもしれませんが、咄嗟にオリジナルジョークなど、とても思いつきませんもの。困りますヨ。

適当なことをひとことふたこと言って、スルーしちゃいます。(ゴメンナサイ)

もちろん相手は笑いませんが、私、知りません〜。

単なる情報の変換なら、さほど苦労しませんが、笑いを取るということは、聞く人に「可笑しい」という感情を呼び起こす必要がありますから、そこにはニュアンスの翻訳が必要になるのですね。

でも、この「ニュアンス」って日本人同士の間でもうまく伝わらないことがあって、「そんなつもりで言ったのじゃありません」ってことが多々ありますよね。同じ言語を使っている者同士ですらそうです。

他言語話者の間では何をかいわんや、です。

それでも、当人同士の間のコミュニケーションで生じた誤解なら、「そういうつもりじゃなかったのよ〜」って直接言えばいいことです。しかし、言葉の通じない相手には、通訳者を通して弁解しなければならない。

通訳者がニュアンスを100%理解したかどうかの保障なんてない。通訳者も人間ですから、誤解することだってあるでしょうに、通訳という立場上、「てっきりこういう意味だと受け取りました」は許されないのが厳しい現実です。

想像しただけで、怖ろしい・・・



* Top *
Powered By FC2.
Base Template by Sun&Moon

無料ホームページ アフィリエイト レンタルサーバー FC2ブログ