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この頃、旅ネタで書いていませんでしたが、ゆうべ友達と飲みに行って旅行話をたくさんしたら、またちょっと書きたくなったので・・・
ポルトガルへ行ったときの話です。 ドイツへ渡って半年。最初の興奮も醒め、ドイツ語の難しさにウンザリし、少々煮詰まってきました。ドイツの冬は寒い。朝、まだ真っ暗な時間に家を出て、語学学校に通うのは気が滅入ります。あ〜あ、私、ドイツへ来て本当によかったのかなあ。そんな気分になっていました。 そういうときは「旅」が一番です。なんとなく煮詰まったと思ったら場所を変える。それが私のいつものストレス解消法。 どこへ行こうかなあ〜。お金がないからあまり遠くは無理だけど、なるべく暖かいところがいい。そう思って地図をうーむと睨み、決めた目的地がリスボン。決行はクリスマス休暇。 当時、まだ「彼」だった夫に旅行のことを話すと、 「エッ。ポルトガルへ一人で?どうして?」 「どうしてって、行きたいから」 「どうやって行くの?」 「お金ないから、ドイツから電車で行く」 「え〜っ!!!」 その頃、彼はまだ、私が撒き散らす旅行熱に免疫がありませんでした。だから結構心配して、 「危ないよ〜。やめなよ〜」 「大丈夫、大丈夫」 「ほんとに行くのぉー?」 行って欲しくないオーラは充分に発していましたが、無視。 出発の朝、夫は私を駅まで送ってくれました。そして、 「これ買ってきたんだ。持って行きなよ」 痴漢逆襲のためのスプレー缶。 「いいか。オレよりも顔の黒い男は信用するな」 なんじゃ、それ? 説明によると、同じヨーロッパでも南の「ラテン系」の男には女たらしが多い。そして、ラテン系の連中は北ヨーロッパ人のように真っ白ではなく、日に焼けていたり、髪や目の色が濃い。だから色の黒い男には気をつけろ! すごい偏見ですみません。 痴漢防止グッズとアドバイスはありがたく受け取り、いざ出発。朝の電車だったので、景色を楽しみながらパリまで普通に移動しました。パリで下車し、せっかくだから市内見物をして夜行に乗り込んだのですが、予約をしていなかったため、寝台に空きがありませんでした。しかたなく、6人乗りのコンパートメントに空席を見つけて座った。 6人のうち、5人は男性。つまり、私は紅一点。しかも、彼らは顔が「黒っぽい」のです。このまま朝まで過ごすのかと思うと、なんだかちょっとウンザリしました。絡まれたらどうしよう・・・ しかし幸い、みなさん善い方達でした〜。オランダに留学中のモロッコ人だそうで、いろいろ楽しい話を聞かせてくれて、きゅうくつな車両の苦痛も忘れ、朝方までお喋りに花が咲いた。そして、電車はスペイン、マドリッドに到着。みなさん、お元気でね〜と手を振ってお別れ。 マドリッドで下車し、市内を数時間うろついた後、再び列車へ。しかし、今度はなんだか雰囲気が違う。車内は空いていましたが、なにやら物騒な雰囲気がしないでもない。当時は「スキンヘッド」という人たちが世の中に出現し出した頃でしたが、車両のドアが急に「ぐあらっ!」と開いたかと思うと、スキンヘッズさんたちがドカドカと入って来たりしたので、ひぇ〜っと背筋が寒くなって・・・ そこで私がどうしたかというと、トイレへ行って、大きな額のお札をブラの中に押し込んで戻ってきました。(よくわからんけど、本能的にそうしてしまった) しかし幸い、スキンヘッズさんたちもいい人達でした。よかった〜。 やがて、くたびれる列車旅行もとうとう終わって、私はリスボンの駅に降り立った。時刻は夜の12時。これから宿を探さないとならないのかあ。うへぇ〜。 重い荷物を引きずりながら、路線バスに乗り込み、向かったのはロシオ広場という繁華街。極限まで疲れていたので、どんな宿でもいいやという気分で、とりあえず目についた「ペンション」の看板のある建物へ入っていきました。レセプションは二階にあるようだったので、薄暗い階段を上がり、フロントらしきところで、 「すみませ〜ん。一泊なんですけど」と言いながら、ふと横に目を遣ると、そこはテレビが置かれた談話室のようになっていて、宿泊客たちが大勢座っていたのですが・・・ みなさん、お顔が黒くて・・・ ポルトガル人ではなく、(おそらく出稼ぎの)アフリカ人男性たちでした。どうやら、その宿はアフリカ人の溜まり場になっている様子。アフリカ人といっても、その地域によって人の風貌は様々だと思いますが、そこに座っていた人達は墨のように真っ黒。薄暗い部屋の中で、彼らの真っ白な目と歯だけが異様に光って、一斉にこちらを向いています。 一瞬、夫の「オレより顔の黒い男・・・」のフレーズと、自分の心の声である「偏見はいかん」のフレーズが私の脳内で火花を散らし、戦った。うーうーうー、どうしよう〜。しかし、転げるように外への階段を走り降りる私の足は正直でした。 はっ、はっ、はぁ、はぁ・・・ こ、怖かった〜。 彼らもいい人達である可能性は高かったですが、やっぱり、20代の女の子が、真夜中に男ばかりに囲まれているのはいかんでしょう〜。すっかり脱力し、次々に宿を当たってみる気がしなくなりました。あ〜もう、どうしよう。 とにかく少しでも明るい方へと、急ぎ足で人のいる方に向かうと、リスボン観光の名所である「エレベーター」の前に若い男女が何組かいたので、 「すみませぇ〜ん。どなたか、適当な宿を紹介してください〜。女一人で、今着いたんです〜」と英語で怒鳴りながら走っていきました。 みんな顔を見合わせて、「宿ねぇ・・・」としばらく考えていましたが、そのうちの一人の女性が、 「あなた、どこから来たの」 「ドイツです」 「えっ。ドイツ?あなたアジア人じゃないの」 「そうだけど、ドイツに住んでいるんです」 すると彼女は急に嬉しそうな顔をして、 「私、ドイツ人なのよ〜」 なんだか私もホッとして、いままでのいきさつをドイツ語で一気にまくし立てると、女性は、 「じゃ、うちに泊めてあげる」 ということで、お世話になることになりました。でも、見ず知らずの人間をよく・・・ねぇ?(そして私も、よく泊まるよねぇ) 旧市街にある彼女のアパートはタイル張りの典型的なリスボンの建物で、古いけれど風情があって素敵でした。ご主人はポルトガル人ですが、ドイツ語も話す楽しい人でした。 「よく来たよね〜、電車ではるばる・・・まあ、ワインでも飲みなさいよ」 そんな感じで、見知らぬ変なアジア人をうんともてなしてくださいました。あまりに居心地がよくて、「何日でもいなさい」の言葉に甘えて、三泊も・・・ ほんとにお世話になりました。今でも、一緒に撮った写真は大切にとってあります。
ブライアン・サイクス著、「アダムの呪い」を読み終わったところです。前作「イヴの七人の娘たち」に負けるとも劣らない面白さでした。「イヴ〜」はミトコンドリアDNAの話でしたが、「アダム〜」はy染色体DNAについて。でも本の感想はまた別の機会に。今書きたいのは別のことです。
読んでいて、「あれっ?」と思った箇所があったんです。
メスの三毛猫の・・・っていうことは、オスの三毛猫もいるの!? 私、「三毛猫は全部、メス」って思ってたのでびっくり! 気になって、調べたらこういうのがありました。 http://homepage1.nifty.com/manekinekoclub/kenkyu/kaibo/mike/mikeneko.html 読んでみたら、三毛猫は基本的にみなメスだが、ごくたま〜にオスの三毛猫もいる。それは染色体異常、人間でいうクラインフェルター症の猫なんだそう。 なんだそうだったのか〜。 オス三毛猫についての疑問は解けましたが、このホームページの「三毛猫の遺伝子」と「三毛猫が生まれる仕組」のところ、真剣に読んでしまいました。いえ、三毛猫が特別好きってわけじゃないんですけど。遺伝の仕組みってどうも気になるんです。 「○男は目元が僕似だね・・・」 「○子の鼻は私似ね〜」 そういう話題はどこの家庭にもあると思います。 でも、夫婦ともに日本人の場合、身体的特徴の共通項が多く、「父親に似ても母親に似てもそうなる」部分がたくさんあるため、子供達の外見のどの部分がどっち似かについてなんて、それほどこだわらないのではないでしょうか。 それが私の場合は、外見が似ても似つかない異人種を配偶者に持っているので、遺伝について嫌でも意識に上ってしまいます。 息子は「パパ似」と言われることが多く、実際、パッと見ると夫によく似ています。でも、息子の顔をよぉーく見ると、目・鼻・口などのパーツは全然違う。二人とも目が二重で大きいのですが、夫の瞼は眉毛のすぐ下から大きく窪んでいて、そこが襞になっているのに対し、息子のは瞼の下三分の一くらいのところが内側に折りたたまれている。 つまり、夫の瞼は折り紙で言う「谷折り」。 息子の瞼は「山折りして谷折り」。 違う構造になっています。 鼻のかたちもまるっきりちがいます。口もです。そして、息子の顔のパーツは、私のそれとも違う。 次に、「どちらかというとお母さん似」と言われる娘の顔を観察すると、やっぱりパーツは夫のものでも私のものでもありません。 息子も娘も、「新しい部品」をつけているんです。そんなこと全く当たり前なのかもしれませんが、うちは違いがあまりに顕著なので、思わず「どうやって作ったのかな、この新しい部品・・・」と考えてしまう。 うちの子供の顔のことなんて、よそ様にはどうでもいいことですね。退屈な話ですみません。 でももうちょっと続けさせて頂くと、夫の耳垢はウェット型で綿棒でしか耳掃除ができず、私の耳垢はドライ型で耳掻きでしか取れず、息子と娘の耳垢は「べたっとしているけど、耳掻きでも取れる」中間型。(汚い話で恐縮です) 髪の毛は、夫がブロンド一色で、私が栗色+赤ラメメッシュというちょっと変わった色です。そして息子は茶一色ですが、娘は「茶+ブロンドメッシュ+赤ラメメッシュ」。 つまり、娘は「三毛」なんです。 そんなわけで、三毛猫に多少の親近感を抱いてしまいました。 異なる遺伝子を乗せた染色体同士が出会って、そこから新しいものが生まれるプロセスに、とても神秘を感じてしまう私です。
先日、小学校の作文指導について話題になったとき、友達がこう言いました。
「日本の学校では国語の読解問題というと、心情理解が中心で、論理的思考には重点が置かれていなかったけど、これからは変えていかないと国際社会で競争に勝てないって言われているんだってね。そういえば、ビアンカは以前、ブログに日本のニュースはドイツのに比べて情緒的だって書いていたでしょ。心情を重視する国民性がそういうところにも表れているんじゃないの?」 ほうほう、そうか〜。心情理解ね〜。 確かに日本人は「いちいち言葉で言われなくても相手の気持ちを察する」ことを大切にしますよね。それが日本社会を円満に収め、物事を円滑に進める鍵なのでしょう。だからこそ、心情理解が国語教育の要になっているのかも知れないですなー。 それって、心情理解に比べれば、論理性は日本人にとってそれほど重要でないということかしら? 日本語には「理屈っぽい」とか「屁理屈」という言葉があります。私の夫は理屈っぽい人間なのですが(あ、私もかも・・・)、「理屈っぽい」の概念を夫に理解させることに私はまだ成功していません。 なぜなら、「理屈っぽい」に相当するドイツ語に遭遇していないから。 理屈っぽいというのは否定的な言葉です。望ましくない性質を表す言葉。つまり、理屈っぽい人は一般的に好まれない傾向がありますよね?ドイツ語でこのニュアンスを出すのは難しい。「論理的」という、ニュートラル〜肯定的な言葉はありますけど、論理的であることに否定的な意味をこめた言葉って、ドイツ語にあるのかな? よーく探せばあるかもしれませんが、あるとしても、日本語の「理屈っぽい」ほど頻繁に使われる言葉じゃないはずです。 心情を重視するか論理を重視するかで、教育の内容ってずいぶん変わってくるんですね。 今後の日本の学校教育が欧米型(?)に近づくべきか否か、私はよくわからないですけど・・・
コーヒー党の母のお供をして、私は子供の頃からよく喫茶店に出入りしていました。もちろんコーヒーは飲めませんでしたが、レモンスカッシュを頼んでもらって、中のさくらんぼを食べるのが楽しみでした。
中学・高校時代も、母と街に買い物へ行った帰りには、喫茶店で何か飲んで帰るのが習わしのようになっていました。そのため、喫茶店は私にとって一種の原風景であるらしく、私は今でも喫茶店というものがとても好きです。 日本にはいろんな種類の喫茶店がありますね。 狭い店内に挽きたてのコーヒー豆の香りが満ち、客は自分の好みの豆を選んで煎れてもらう、コーヒー専門店。 ソファーが置かれ、コーヒーを飲むよりも打ち合わせの場として使われるような喫茶店。 待ち合わせ場所として利用されがちな駅前のチェーン店。 パン屋やケーキ屋が併設している喫茶コーナー。 脱サラした人が経営する、こだわりの店。 喫茶店と呼ぶよりカフェと言ったほうがしっくり来る、洒落たアンビエンテの店。 学生の溜まり場になっている喫茶店。 そうそう、マンガ喫茶というのもありますね。 他にもいろんな種類の店があるんだろうなあ。 私の好みの喫茶店は、うるさいBGMが流れていなくて、おばさん連中が大声でお喋りしていなくて(ときには、自分がおばさん連中の一人として現れることもあるが・・・)、奥まったコーナーがあって好きな本を読みながら一人で何時間でもいられるようなお店。 引っ越すたびに、好みの店を探して周辺にある喫茶店をシラミ潰しにしたりします。なかなか気に入ったところがないとがっかり。 ドイツでも、喫茶店めぐりは私の好きなことの一つでした。コーヒーを飲みケーキを食べることは、ドイツ人の生活において重要な位置にあるようで、どんな田舎町にも一つか二つはカフェがあったように記憶しています。日本の場合、観光地を除けば田舎で喫茶店を見つけるのはなかなか難しく、ドライブの途中に夫が「そろそろコーヒーとケーキの時間だから、カフェに寄って休もう」と言い出しても、目につく看板は蕎麦屋ばかりだったりする。やっとコーヒーの飲める店を見つけても、食堂のようなところだったり、ケーキは置いていないことも多くて、夫に「も〜う!日本にはカフェ文化ってないのかなあ」って愚痴られることも多いのですが・・・ だけど私が思うには、日本にもちゃんと「喫茶店文化」があるよ。ドイツではあまり見かけないタイプの喫茶店が日本人の生活の一部として根付いています。 たとえばこういうお店に夫を連れて行きました。 小さなお店の中にはカウンターと、テーブル席が一つ二つだけ。カウンターの後ろにマスターが立ち、棚には様々な形や柄のカップがずらりと並べられている。その中から一客を選んでコーヒーを煎れながら、マスターは客の一人一人と会話します。 「どこからいらしたんですか?」夫も訊ねられ、しばらくお喋りを楽しみました。そのうち、常連客らしい別の客が入ってきて仲間に加わり、素敵なひとときでした。 「客が喫茶店の主人との会話を楽しみに通う喫茶店って、ドイツではあんまりないかもなあ。でも、なんかいいね、ああいうのって」 夫の感想。 それから、いわゆる「ギャラリー喫茶」。手作りの陶器や染物、小物などが並べられ、自家製のお菓子が食べられるようなお店。プロの作家の作品を置いてある店もあれば、主婦が趣味で作ったものを自宅の一部に並べている店もあって、それぞれに楽しい癒しの空間です。私はそういうギャラリー系喫茶店が大好きなのですが、ドイツでは見かけません。 もしももしも、いつか自分が喫茶店を経営するとしたら、どんな店がいいかなあ。 そんなことをちょっと考えてみたりするのですが、頭に浮かぶイメージはこんなふうです。 「ライブラリー喫茶」。 店内の壁には本棚がずらり。座り心地のよいフカフカの椅子を置いて、お客は本を読みながら何時間でもいられるような空間。並べてある本はいろんな言語のもので、そう、つまりいろんな国の人間がごちゃごちゃと混在し、お喋りを楽しんだりもできる場所にしたいのです。客が本を持ち込んで、読み終わったら置いていくようなラフな形式で。場所は人種の坩堝である大都市の真ん中か、あるいは自然の美しいどこかのリゾートがいいでしょうか・・・ ま、単なる空想ですけどね。
今年の息子の夏休みの宿題。
工作でも作文でも自由研究でもなんでもいいので、自分の好きなものを最低2つ提出するように言われて来ました。 自分の好きなもの、キャーッ、やった〜! 実は私、「夏休みの宿題」が大好きなの。だって、子供に便乗して楽しいことができるんだもん。自由研究だとか、嬉しくてたまりません。何をやるか考えるお手伝いと言いながら、自分がやりたいことを探して来ては、片っ端から「こんなのどう?あれは?それは?」と息子に迫り、異様に張り切ってしまいます。 とってもノリのいい息子なので、「やるやる!」と何にでも飛びついてくれます。 今回アイディアを探していて、本で見つけ、「おお!これやりたい!」と思ったものの一つはクレヨン作りです。 土から粘土を取り出し、乾かすとパステルになる。それを砕いて、蝋と混ぜてこねるとクレヨンができるっていうんです。いろんな色の土で作ると、いろんな色のクレヨンになる。面白そうではありませんか? 土なら材料費がかからないし、うちはおじいちゃんが養蜂家なので、家にみつろうが大量にあるんです。つまり、みつろうクレヨンができる。みつろうクレヨンといえば、シュタイナー教育で使う高級クレヨン! これは、是非ともやらなければっ!! 北海道旅行のとき、あちこちで土を採集してきました。息子の友達に一緒にやろうと声をかけると、彼も長野での旅行中にいろんな土を集め、それを持って我が家にやってきました。 こんなかんじです。 ![]() よし、やるぞ! 土をふるうところから始まって、丸二日かけて彼らはクレヨン作りをしました。土によって混ぜる物の量や配合が違うので、なかなかむつかしい〜。 実は私、事前にコソコソ一人、台所で試作品を作ってコツを頭に入れておいたのです。だからつい、「それはもっとこうしたほうが・・・」とか口出ししたくなりましたが、グッと我慢。失敗しても、見かけが悪くても、子どもの作品だもんねー。 試行錯誤の末、彼らが作り上げたクレヨンがこれです。 ![]() すっごくいい感じのと、もう一工夫必要ってのとありますが、試し塗りしてみたら、それなりにクレヨンしてます〜。 うれぴい。(って、私が喜んでどうする) でもでも、ほんっと、楽しかったんですよ。単にクレヨンらしきものを作るだけでなく、「最高のクレヨンを作り上げたい!」気持ちになってきちゃいました。ミツロウだけではイマイチだったので、無塩マーガリンと粉せっけんを配合したのですが、その配分とかにもこだわりたくなってしまう。 まだまだ私と息子のクレヨン作りは終わらない予感です。しかも、なんと!研究者の義妹がプランクトンの化石だけでできた海の底の真っ白な泥を送ってくれたんです。これはまさしく「チョーク」なのだそうですが、日本で売っている黒板用チョークは合成チョークで、天然のものではないんですって。つまり、この泥で「本物のチョーク」ないしは「本物のチョークが原料の白いクレヨン」が作れるらしい。 わくわく〜。 家には、せっけんに入れるためにわざわざ取り寄せたニュージーランド産の粘土がいろいろあります。ピンクとかオレンジとかの綺麗な色ばかり。あ〜、あれをクレヨンにしたいっ!という衝動に今すごく駆られています。(でも、勿体無い・・・高いから) もしかしたら、手作りせっけん屋を廃業して、手作りクレヨン屋をやるかも・・・
息子は、最初の一年だけドイツの公立小学校へ通いました。その後日本へ来て、公立小学校に編入したのですが、日本の学校に子供を通わせていて、つくづく思うことは・・・
ドイツの学校生活のほうがずっとシンプルだ ということです。 一年生しか経験していないので、あまり多くは語れませんが、ドイツでは母親の私がすることは非常に限られていました。 「二時間目と三時間目の間の長い休み時間に食べるお弁当を用意する」 ただ、これだけです。 お弁当といっても、校庭で遊びながら食べる(!)ので、ナプキンもフォークも何も必要なく、中身はサンドイッチ、クラッカー、りんご丸ごと、生のにんじん一本などを無造作にタッパーに入れるだけです。5分もあれば用意できるし、子供が自分で用意することもできます。 それ以外に私がしたこと・・・一年の間に二回か三回、保護者会があったように記憶していますが、あとは何かあったっけな?一年生だったので、宿題は数分で済ませられるもので、金曜日は宿題なし。夏休みもクリスマス休みも宿題はありません。 お便りも、行事も、ないに等しかった。連絡網もありません。教科書は国語と算数だけ、子供はリコーダーもピアニカも計算セットも通学帽も上履きも何も持っていないので、忘れ物をしないように気をつけてやる必要もありません。 ところが日本の小学校では、親はやることがいっぱい! 各種持ち物を揃え、それに名前をつけ、時間割りに応じてランドセルの詰め替えを行わせ、名札をつけさせ、帽子を被らせ、週一度上履きを洗い、週何度か体操着を洗い、連絡帳にハンコを押し、音読カードにハンコを押し、毎日たくさんのお便りに目を通し、尿検査やギョウチュウ検査を提出させ、授業参観や行事に出席し、プールのある日には熱を測ってカードに書き入れ、短縮授業や時間割変更を把握し、家庭訪問のため家を掃除し、図工の材料を準備し、集金袋にお金を入れ、運動会の小道具作りをし・・・エトセトラ、エトセトラ。 やることが多いのは、もちろん親だけではありません。日本の小学校の先生は、クラス全員の宿題をチェックし、テストの採点をし、全員の連絡帳にハンコを押し、お便りを作成して配り、学校全体あるいはクラスの「今月のめあて」「今週のめあて」を達成させるよう努力し、今日の日直は誰、給食当番は誰、掃除当番は・・・ということを気にし、体操着や上履きを持ち帰るよう指導し、席替えを実施し、プールカード・持久走練習用健康カードその他の管理をし、集金をし、そろばんや習字道具の購入を取りまとめ、家庭訪問に行き、それからそれから・・・・ ということを、授業の準備・授業・職員会議と並行してやらなければならないのですから(子供のケンカの仲裁とかもあるのに・・・)、 日本の学校の先生ってなんて大変なの〜! って、驚嘆し、それをこなしている彼らに敬服します。 子ども自身だって、大変。ただ勉強していればいいんじゃなくて、常にいろんなことに注意を分散させていなければならない。 ここで、私、ハタと思い当たりました。 そういえば日本人って、器用な人が多いです。ドイツ人と比べて、だけど。ドイツ人はあまり同時にたくさんのことをしない気がします。たとえば、郵便局の窓口に行って「切手をください」と言っても、窓口の人は黙々と郵便物の処理をしていて顔も上げてくれないことがあります。聞こえなかったのかな、と思ってもう一度「すみません」。やはり無視。やっと手が開いたら、そのとき初めてこちらに気づいたかのように(というわけでもないだろうけど)、「こんにちは」と言ってやっと用件を聞いてくれます。 こういうのが私には最初、不思議でした。どうして一つの作業が終わるまで、他のことを一切しないのだろう? 日本の窓口とか受付って、こうではありません。顎で受話器を挟んで電話応対をしつつ、目はキーボードの文字を追い、手は書類の糊付け作業に忙しく動いていたりします。それどころか、複数の作業を同時進行でやっていても、「振込用紙はどちらですか」などと話しかけられれば、「あっち」と目くばせで教えてくれたりもする。 よく考えたら、結構すごいことかもしれません。 そうあるべきだ、っていう話じゃないんですけど。ただ、違うなあって。 もしかしたら、煩雑な学校生活の中で日本の子供は鍛えられるのかもしれないな〜、という気がしてきました。勉強だけじゃなくて、複数の細々したことに注意を分散させ、同時進行でたくさんをこなす訓練。 私の小学校時代は「忘れ物検査」「ちり紙・ハンカチ検査」「爪検査」などがあり、忘れるとバッテンをつけられたものですが、私はバッテンがすごく多い生徒でした。そして今も「うっかり忘れた」が非常に多くて・・・人様によく迷惑かけてます。(汗) 子供にお弁当を持たせるのを忘れたり、授業参観をあやうくすっぽかしそうになったりしてる、ダメ母なんです。 私、日本の学校で何を学んだんでしょうねえ。(ふぅ〜)
旅行のとき、どんなガイドブックをみなさん愛用していらっしゃるのでしょう。
私は若い頃は貧乏旅行専門だったので、「地球の歩き方」シリーズには随分お世話になりました。でも、ドイツへ行ってからはドイツの旅行ガイドブックがすっかり気に入ってしまったんです。 ドイツは旅行ガイドブックがすごーく豊富です。日本人にとってはマイナーな地域のガイドブックもいろいろ揃っています。コンパクトなものから、辞書のように分厚いもの、大判カラー写真がふんだんに使われているものや、実用的な情報が詰まったもの、あるいはその土地の風土をエッセイ風にまとめたもの、いろいろあって好みで選べます。 私は「分厚いガイドブック派」。日本語のガイドブックは、見どころの紹介の他は、お店や宿泊施設の情報が中心で、その土地の言語や文化、気候、歴史、社会などについて詳しく解説しているものってほとんどないです。それがちょっと物足りない。あまりかさばるものや、字が多いのは日本人には敬遠されがちなのかもしれませんが、ドイツ人は「徹底的に知りたがる」人が多いようで、ドイツ語の旅行ガイドはほんとに読み応えがあります。 異国情緒を味わうだけでも、旅行は楽しいものですが、なんだかよくわからないものを見るより、少しでも背景がわかったほうがより楽しいと思うので、いつも入手できるパンフレットは隅々まで読むほうです。観光地なら、たいてい地域を紹介する小冊子や本が売っているので、そういうのも買って読んでいます。 そんな私が日本に帰ってきてから発見して、「ああ、事前にこれを読んでいたらなあ!」と悔やまれた本。 紅山雪夫氏による一味違った旅行ガイドシリーズ。 お奨めです。 最近、「ドイツものしり紀行」を読みました。私もかつて訪れたことのある南ドイツの町々の解説を読んで、「そうだったのか!」ってことがたくさん載っていました。もう一度旅をやり直したい気分になりました。 紅山氏の著書は読みやすく、とても為になるので、旅行のときに持っていく方が増えたらいいなと思うんです。
夫と初めて会ったとき、ずいぶん戸惑ったことがあります。
慣れない日本で次々と疑問が沸いてくるようで、それを私にぶつけてくるのですが、質問の内容がどれもこれも、 「えーっ、私、そんなこと考えたこともないよ!」っていうのばかりだったんです。 日本の文化や歴史に関する質問ならともかく、妙なことばかり知りたがる。 「電線を地下処理せずに地上に出しておくのは、単にコスト上の理由からなのか、それとも地質的な理由があるのか」 「どうして収穫した作物をあのような方法で保管しているのか」 「ここの土地をこのように利用しているのは自分には不自然に感じられるが、何故なのか。法的にどのような制約があるのか」 えーと、えーとそれは・・・ そんなこと知るかっ ってウンザリ、ゲッソリ。 ある時、一緒にコンビニに入りました。彼はジュースやお茶が入れてある冷蔵庫の前で立ち止まると、じぃーっとそれを見つめていました。 「これはいいや。日本人は賢いな〜。ドイツにもこういうのを導入すべきだ」 そう頷いたかと思うと、ワッハッハと笑い出した。 コンビニの冷蔵棚の何がそんなに面白いのか? 「ドイツでは商品の補充は前からするのが普通だけど、ここでは商品棚の裏側からするんだね。これだと作業をしているときに客に迷惑がかからないし、古いものが一番前に来るから便利」 そう言われてみると確かに。でも私、コンビニの商品補充方法なんていちいち考察したことありませんでした。 そんな夫と結婚して、一緒にいろんな場所を旅行するようになったら、さらにビックリさせられました。全く同じ景色を全く同じ時間に見ていても、着眼点がまるで違うんです。見知らぬ土地へ行くと、私は何よりもまず、こんなところに注目します。 「人々はどんな服装をし、どんな物を食べて、どんな住居に住んでいるか」 「その土地の言語にはどんな特徴があるか」 「そこでの生活はどういう宗教や価値観に基づいているのか」 などなど。 ところが夫の場合、 「この土地は地理的・地質的にどういう特徴があり、それがどのような方法で利用されているのか」 「発電所などのインフラはどうなっているか」 ってふうなんです。 夜、レストランで食事をしながらその日見たものについて感想を語り合うと、あまりの違いに唖然。 「あの湖、綺麗だったよね〜。感動した」 「うん、感動したね〜」 って共感し合うというよりも、お互いに相手の話に、 「えっ、そうだったっけ?全然気づかなかったよ」 ってことばかり。 ある景色が視界に入っていても、そこにある情報がすべて認識されるわけではなくて、無意識のうちに重要なものとそうでないものとに「ふるい分け」しているんですよね。そのふるい分けの仕方が人によって全然違うんだなあと、夫と旅をしているとつくづく感じます。 最初は驚き、苛立つこともありましたが、今はそれがとても気に入っています。夫と知り合う以前は一人旅が好きで、一人の方が思いっきり自由な旅を満喫できると思っていたんですが、自分とはまるっきり視点の違う旅のパートナーを得たことでさらに満足度アップ。 グリコのキャラメルのCMでしたっけね。昔、こういうキャッチフレーズがありました。 「一粒で二度美味しい」 そんな感じです。 そして今はそこに子供たちが加わって、ますます楽しい。子供の視点っていうのも、なかなか凄いもんです。 「ほらほら、あの綺麗なお山をよく見なさい!有名なXX岳だよ!」なんて大人が言っても、子供は「素晴らしい景色」をロクに観賞もせずに、足元の蟻んこに夢中になってる。 「お母さん、見てみてっ!この蟻おもしろいよ。お腹のとこだけ赤い。こんなの初めて見たよ!」と興奮して叫んだりするので、「どれどれ・・・」と一緒になってしゃがんで観察し、「う〜ん、これ、何ていう種類なんだろうねえ。この辺にしかいないのかな?あとで調べてみようか」なんてなります。子供たちのミクロな視点って面白い。 自分一人のときには見逃しがちないろんな物に気づかせてくれる、私の旅のパートナーたち。次回の旅行(いつになるかな?)が楽しみです。
私には弟が二人います。一人は三つ下、もう一人は十一も年が離れています。
私が高校卒業後、上京し、その後どんどんと遠いところへ引越して生活したので、下の弟が物心ついてから一緒に生活したのはわずか数年。ドイツにいた頃は私がなかなか実家に帰れず、また弟は弟で仕事が忙しく滅多に帰省できずで、ほとんど時間を共有することなく今日に至っています。 故郷を離れて海外を放浪した姉とは逆に、彼は教員として北海道の田舎町から田舎町へと移動する生活。弟は私の知らない世界を知っていて、私の知らない経験をたくさん重ねているのだろうな。いつかじっくり話す機会があって、異なる世界のことを少しでも教えてもらいたいものだな、と常々思っていました。 そもそも私がいろいろな土地を点々として来たのは、人の様々な暮らしや価値観に興味があるからで、都会の人は田舎の人が普通経験しないことをいろいろ経験するけれども、田舎の人は都会の人の知らないことをたくさん知っている。人の人生観や世界観って、何を知り、何を体験して来たかによって形作られるから、自分とは違うライフスタイルを持っている人に私は憧れるのです。 弟が現在教鞭を取っているのは、小さな町のほんとに小さな小学校。全校生徒数はたったの20人。弟は3年生と4年生を同時に教えるのだそうです。 知床へ向かう途中に、その小さな学校に寄ってみました。じゃがいもやトウモロコシ畑の広がるのどかな景色の中、小さいながらもピカピカ光って堂々と建っているその小学校は、とても素敵な学校に見えました。 「いいなあ。僕もここの学校の生徒で、おじさんが担任の先生だったらなあ」と4年生の息子。 もし本当にそうだったら、どんなふうだろう? ちょっと頭に思い描いてみました。同級生はたったの5人。きっと現在通っている小学校での生活とはまるで違う学校時代を送ることになるんだろうな。そして、息子の人生観もきっと違ったものになるでしょう。 そういうのもいいかも。 田舎で「よそ者」として生活するって、なかなか大変なんだと弟は話していましたから、きっと私にはわからない苦労もいろいろあるのでしょうけれどね。 でもなんだか、ずっと離れて生きてきた弟の人生にちょこっとお邪魔できたような、嬉しい時間でした。
北海道から帰ってきました。
インターネットカフェどころか、携帯も使えない場所にいたので、ブログ更新も閲覧もしませんでした。テレビも見ていませんでしたが、何か変わったことでもありましたでしょうか? 最初の3日ほどは旭川の実家で過ごしました。弟たちも来たので、久しぶりに全員集合。旭川ではいまや日本一人気の旭山動物園(私が子どもだった頃とは大違いに素晴らしい!)やオープンしたばかりの旭川科学館(これ、かなりよかったです)、カムイの杜キャンプ場の屋外・屋内遊戯施設で遊びました。旭川市では子供はどこでも入場無料。立派な設備が整っていて子供を育てるにはバツグンの環境のように傍目には思えるのに、人口はサッパリ増えていません。どういうわけなんでしょうね。 実家を発ってからは予定通り、キャンプをしながら道東を回りました。知床は野生の鹿だらけで、早朝にはテントのすぐそばまで鹿がやってきて感動!屈斜路湖湖畔はキタキツネだらけ。熊出没のため通行止めになっていたところがたくさんありましたが、こちらの本物には遭遇しませんでした(ホッ) 幸いお天気もよく、天の川や流れ星も見られ、釧路川でカヌーをやったり、馬に乗ったり、子供たちも大満足。少しでも旅費を安く上げようとテント生活でしたが、道東は無料温泉の宝庫なので、毎日違う温泉に浸かってなかなか贅沢な気分でしたよ。 北海道出身ですというと、大自然と向き合った生活をして来たようなイメージを持たれることが多いのですが、旭川生まれの私、実は北海道をよく知りませんでした。旭川市は上京して初めて住んだ小金井市や現在住んでいる埼玉の小さな町よりも都会なので、実はキタキツネに遭遇したのも今回が生まれて初めてだったんです。 18歳で離れたまま、自分にとってほとんど未知だった故郷をほんの少しだけ、知ることができた気分です。 楽しかったよ〜。
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