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人間を「理系人間」と「文系人間」に分けることを考え出したのは誰でしょう?
私は「文系出身」。それを自分の運命だと最近まで信じていました。国・数・英・理・社。実は中学までは、この5つの主要教科の成績はどれもたいして変わらなかった。どっちかというと国や英がマシかな〜というくらいの違いだったと思います。「理系・文系」なんていう言葉も知りませんでした。ところがあるとき、誰かに「あんたは英語が得意だね」なんておだてられたのに気をよくして、「そーか、私は英語が得意なのね〜」と俄然、英語にばかり力を入れるようになった。 高校へ入って、受験準備で「理系クラス」「文系クラス」に分かれることになって、英語の好きな私は「文系クラス」のメンバーとなりました。そしてその日から、私の遺憾な「文系人間人生」が始まったのです。 「文系である」=「理系ではない」 → 「理系科目が理解できなくて当然」 ひとたびこの図式が出来上がると、私の「文系人間度」は加速度をともなって増大していきました。 「理系科目ができなくて当然」 → 「やっても無意味」 → 「だから興味がない」 かくして、恐るべき科学オンチの私ができあがったのです。 科学オンチであるということは、生活の中の危険に気づかないということでもあり、非常に問題なことなのですが、幸か不幸か夫が理系なので、今日までさしたる目にも遭わずに生きてこられた。そして、夫が理系というので私はますます安心して何もしない。 夫に「ちょっとっ。頼んでおいた番組の録画、出来てなかったよ!」と文句を言われても、 「え〜、わかんないよ。私、文系だからさ〜」と都合の悪いことはすべて「文系である」せいにして正当化。 そんな「非科学的人生」から私を救い出してくれたのが子供達です。 子供が生まれた途端、それまで拒否してきた科学の世界と否応なしに関わらざるを得ない毎日がやってきたのです。乳幼児期には、家の中で一日中牛乳やジュースの入ったコップがひっくり返り、リモコンは落として壊され、ビデオデッキには異物が突っ込まれ・・・シミ抜き・修理に格闘する日々。毎日のように息子が怪我して、傷の手当て。そのたびに本やネットでやり方を学ばねばなりません。 少し大きくなると、子供達は「生き物」を家に持ち込み始めました。私は虫なんて、大・大・大ッ嫌いだったんですが、彼らの嬉しそうな顔を見るとダメとも言えず、夏になると我が家は、カナヘビが走り回り、蛙が飛び跳ね、レースのカーテンに見慣れないカーテン留めがいくつもついているなと思ったらカブトムシだったり・・・野生の空間と化してしまうのです。最初は嫌だったけど、だんだん慣れてきて、息子にそれぞれの虫の生態なんかを教えてもらっているうちに、いつの間にか「小さな生き物たち」が好きになってきた。 子供達が喜ぶので、苦手だったアウトドア活動にもデビュー。夏休みには一緒に科学実験。それに子供達は質問人間で、「どうしてキラキラ光る星とそうでないのがあるの?」「どうして石にはいろんな色がある?」「どうして気絶すると口から泡を吹くの?」「どうしてあくびをすると涙が出る?」「どうして海の色にはいろいろあるの?」どーして、どーして、どーして、どーしてって本当にウルサイ。「パパに聞きなさい」というのは悔しいので、「今忙しいから後でね」と言っておいて、子供達のいない間に一人図書館へ走り、「児童書コーナー」で学研の図鑑をめくって答えを探し、子供が帰ってきたら「ああ、今朝のあの質問ね、あれはこうこう」と、さも前から知っていた風に説明する。これが結構楽しい。 そんな毎日を送りながら、つくづく思ったんです。「私って今まで、なんて損してたんだろう!」自分を文系人間と決めつけて、世の中に溢れている楽しみの半分をソックリそのまま放棄していたんですね。あ〜バカバカ。勿体無すぎ!! そこで、「文系人間脱却宣言」。諦めるのはまだ早い。世の中には私のような人間でも理解できるように書かれた本もたくさんありますしね。「理系」「文系」にこだわらず、興味が沸いたテーマはどんどん追求すればよいのです。虫の生態・遺伝子・脳・料理の化学・・・面白いものはたくさんある。そしていまや「せっけんラボ」となった私の台所。アルカリ液を攪拌している私の姿を見て、夫も「こういう日が来るとは思ってなかったな〜」と。「自分はこういうタイプ」なんて型にはめて、わざわざ世界を狭めることもないですね。 ところで、この本お奨めです。 「カソウケン(家庭科学総合研究所)へようこそ おうちの中の非実用?サイエンス」 内田麻理香(著)
長年日本を離れて暮らし、久しぶりに帰国して「うわっ!」と思ったことがあります。
日本には、ものすごく「音」が多い! 日本人はBGMが好き。スーパーでも、喫茶店でも、洋服屋でもBGMが流れています。図書館にまでBGMが流れていたことがあった! 日本人はコマーシャルソングが好き。ヤマダ電機の店員さんは、あの「ヤマ〜ダ電気!」というオリジナルソングを一日中聴いて気が変にならないだろうかとちょっと心配します。 日本人はアナウンスが好き。駅のホームで、デパートで、行楽地で、ひっきりなしにアナウンスが流れます。 日本人は宣伝カーが好き。「や〜きいも〜、ほっか〜ほか」「物干し竿の大安売り!」他にも灯油販売・火の用心・選挙カーなど、数限りなくありますね。 日本人は音の出る電化製品が好き。最近の電化製品は親切ですね。「ご飯が炊けた」「洗濯物洗い終わった」「電子レンジ加熱終了」「灯油なくなりそうです」「冷蔵庫のドア、開けっ放し」なんでも音で教えてくれます。家にいると、あっちからもピーピー、こっちからもピーピー怒られて、そのたびにあっち行ったりこっち行ったりしてる私って、なんだか召使いみたい・・・ どうして日本人って音がこんなに好きなんだろう?
イタリアよもやま話のKNDCHKさんの記事、「靴を脱ぐのは汚いこと?」へのトラックバックです。
イタリア人同様、ドイツ人は家の中でも靴を履いています。と言うと、 「汚くないんでしょうか?」と日本人には聞かれますが・・・う〜ん・・・ 「汚いとも言えるし、それほどでもないとも言える」 答えになっていないですね。 家の中で靴を履くとはいっても、外で履いていた靴でドカドカ家にあがるわけじゃないんです。帰ってきたらドアの内側で靴を脱いでサンダルに履き替えます。だから、家でスリッパを履く日本人と基本的には一緒。でも、やはり微妙に違う。 そもそも、「玄関」というものがあるようでない。日本の場合は、ドアを開けても玄関までは土足、一段上がって「中」に入るとそこは土足禁止とはっきりしていますが、ドイツの家には「ここまでが玄関です」という境目がないので、靴を脱ぐ場所の範囲が広いんですね。そして彼らの履くサンダルは「主に室内用」だけれど、室外で履くこともある。たとえば、家の外の郵便受けに郵便物を取りに行くときやベランダに洗濯物を干すときなど、そのままペタペタと出て行ってしまいます。 要するに、中と外を厳密に分けていないようなんです。それじゃうんと不潔になっているかというと、そうでもない。ドイツ人は綺麗好きでよく掃除をするので、床が見た目に汚れていることはまずありません。 そういえば、アメリカやオーストラリアでは外で履いていたスニーカーで家の中を歩き回ったかと思うと、暑い日には街路やショッピングセンターの中を裸足で歩いていたりする!!こうなると中と外はまったく分けていない風に見えます。 こう考えて見ると、日本人は「空間をものすごく厳密に分ける人たち」という気がしてきます。家の中では「中専用スリッパ」を履くけれど、畳の部屋に上がるときにはスリッパは脱ぎますよね。ベランダには「ベランダ用サンダル」があり、トイレでは「トイレ用スリッパ」を履く。日本の家庭のトイレのような怖ろしく狭い空間に専用の履物があるって、よく考えればちょっと奇妙な気もしてきます。「トイレにスリッパを設置するのは、床が不潔かもしれないから」なのかもしれませんが、床が不潔にならないようにまめに掃除をすればいいのでは? 玄関で紐のついた靴を履いて「さあ、出かけよう」と思った瞬間、財布を居間に置き忘れたことに気がついた。そんなことってありませんか?私はしょっちゅうなんですが、せっかく履いた靴を脱ぐのって面倒なんですよね。ではどうするか。 作戦1 片足だけ靴を脱いで、ケンケンで財布を取りにいく。 作戦2 靴は脱がずに、靴を床に接触させないよう気をつけながら、膝で歩いて取りに行く。 でも、よーく考えたらバカみたいです。急いでいるなら靴のまま入って、帰ってきてから床を水拭きすればいいことなのに・・・ 実は気にしているのは「汚れ」ではないんじゃないだろうか。汚れは掃除で取れるもの。でも掃除では取れないものがある。それは、ケ・ガ・レ。表面に付着する雑菌の量が問題なんじゃないんです。「なんとな〜く不潔っぽい」のが嫌なんです。 靴とは関係ありませんが、洗濯に関する感覚も違います。ドイツの洗濯機は煮沸ができ、白いものなら95度で洗えるので汚れがよく落ちます。日本ではたいてい水で洗濯をすると話すと「エーッ!それじゃ不潔じゃない」とドイツ人はびっくりするんですよ。私も「洗濯機はドイツのほうがいい」と思っているんですが、でも、同じ白い綿製品だからといって、布巾とパンツを一緒に洗うというのは・・・悩みます。95度で洗えばたいていのばい菌は死ぬと言われても・・・ パンツと一緒に洗った布巾は「もう穢れてしまった」気がしてしまうんですよね・・・
世の中、不思議なことだらけです。
前々から不思議に思っているものの一つが「半ズボン」。日本の男の子はどうして年がら年中、半ズボンを履いているのでしょうか。半ズボンというのは、ズボンを短くしたもので、これは暑いときに長いズボンでは不都合だというので考案されたものだと思うのですが・・・日本では(というか関東では?)寒いときにも子供は半ズボンを履いています。もちろん、長ズボンを履いている子もいます。でも、幼稚園や小学校の制服は、冬服でも半ズボンというのが圧倒的に多い。 大人は寒い寒いと何枚も着込んでいるのに、子供はカサカサになった足から粉を吹かせながらも、半ズボンで外を歩いている。しかも奇妙なことに、上半身は結構厚着なのです。「お母さんといっしょ」のような子供番組を見ても、上はシャツにトレーナーやセーターの重ね着、下は半ズボンというのが男の子の服装の定番。トレーナーやセーターを着るほど寒いのなら、どうしてわざわざ短くしたズボンを履かせるんだろう? 子供用スーツというのも妙です。上はブレザーやジャケットという正装なのに、下は半ズボン。冬だからと長ズボンつきのスーツを買おうとしても、売っていませんでした。 小学校の体育着は冬でも半そで・半ズボン。ここは熱帯ではなく、冬には雪が降ることもあるのに、どんなに寒くても半ズボンを履かなくちゃいけない。外で授業をするときは、ものすごーーく寒いんだと息子が文句言っています。 「インフルエンザが流行っているので、外から帰ったら手を洗いましょう」「うがいを忘れずに」などというお便りが保健室から配られるときも、体育は半ズボン。 ここまで半ズボンにこだわる訳は一体何なのだろう???
うちの夫は「カインズホーム」が大好きです。そしていつも家の中をぐるぐる回っては、「どっか直すところないかな〜」と言っています。彼の趣味は修理!
夫「ねえねえ、台所で何か使い勝手の悪い物ない?」 私「別に・・・」 夫「キャビネットの中、仕切り板もう一枚増やしたほうがいいよね」 私「どっちでもいいよ」 そう、私は状況に自分を合わせる「フレキシブル人間」。夫は状況を自分の都合のよいように変える、「オプティマイズ人間」。 夫は運転免許を取ってから、同じ車種の車にばかり乗っていました。それはVWのポロ。廃車になるまで乗って、また中古のポロを買う。廃車になったらまたポロ。よっぽどポロが好きなのかと思ったら、「いつも同じ車種だと修理が楽だし、廃車にしても使える部品は外してとっといて、次の車が壊れたら使える!」実際、よく車の下にもぐって修理してます。 夫に限らず、ドイツでは大抵のことを自分でやってしまう人が多いです。日本のようにサービス業が発達していないし、あってもすごく高いので、それだったら面倒でも自分でやったほうが・・・となるんですね。引越しだって友人・知人を総動員して数日がかりでやったりします。 夫の両親も、とてもDIYな生活をしています。彼らが現在住んでいる家は、今から25年前に建て(始め)たんです。四方の壁・屋根・窓のみ業者にお願いし、それ以外はDIY。まずは週末毎に作業をし、一部屋出来た時点でそれまで住んでいたアパートを引き払って新居に移りました。その小さな一部屋に親子三人で生活しながら、コツコツと作業を続け、家を造って行きました。当時中学生だった夫も父親に教えて貰いながら、壁塗り・配線・床貼り・・・なんでもやった。彼のDIY技術のほとんどは、そのときに得たものです。 義父は几帳面な性格なので、家を造るのにも妥協がなくて、彼らの家はとても素敵です。でも、実はこの家、まだ完成していないんです。一階、地階・屋根裏の3フロアの家にする計画なのですが、完全に出来上がっているのは一階部分だけ。地下室は半分しかできていないし、屋根裏は物置状態。25年経った今も、常に家のどこかの部分を造り続けている。今年は地下のホビールームの壁紙貼り。来年は別の部屋の窓枠塗り、というふうに。 完成の日はいつやってくるのかな?その日がとても楽しみなのですが、ゴールまでの道のりはまだまだという気もします。だって、施工開始から25年も経つと、だんだんあちこち壊れてくるんですよね。外壁塗りや絨毯張替えも定期的にしなくちゃいけないし、去年は屋根を直しました。たまに私たちが帰省すると、夫と両親の話題はいつも「家の修理について」。 なんだか面白いな〜と思いつつ、彼らの会話を聞いているんです。
おとといのDie Welt紙にこんな記事がありました。
「市場に出回っている薬の10〜15%はニセモノ」 世界市場における偽薬の蔓延は年々深刻になっていて、例えば東南アジアでは市販のマラリア予防薬の30〜50%がニセモノなんだとか。解熱剤や避妊ピルが、実はスパイスや小麦粉を丸めて固めただけ。2001年には中国で1300もの製薬工場が「偽造」のため閉鎖されたそうですよ。 偽薬は「まったく効果がない」のみならず、「身体に有害な成分」が含まれているものもあり、途上国では偽薬を薬と信じて服用したために起こる死亡事故が後を絶たないんだそうです・・・・ こうしたニセモノは途上国で蔓延するだけでなく、先進国にもけっこう輸出されているらしいです。先進国での被害は主に「バイアグラ」や「避妊ピル」などのライフスタイル医薬品が主なのに対し、途上国ではマラリア・エイズ・結核のような重病の治療薬に多いそうです。 パッケージも本物そっくりで見分けがつかず、医師も「本物」と信じて処方しているケースが多いようですから、実際かなり深刻です。まともな投薬を受けていれば助かっていたのに・・・という患者は相当な数に及ぶらしいです。 輸入医薬品には安易に手を出さないほうがいいかもしれません。
先日、小林よしのりの「台湾論」を読んでみました。私は台湾へ行ったことがなく、親しい台湾人の友達もいないので、「へえ、台湾ってそんなに親日なの」と興味をそそられる一方、「本当かいな」と疑わしくも感じます。
それにしても、いわゆる「右派」の著書がこれほど巷に溢れているというのは、長年ドイツに住んだ私にとっては結構驚きであったりします。小林よしのりは、「日本には自主規制ってものがあって、言いたいこと言うのはすっごく大変!タブーを破るのに苦労してるんだ」と言っていますが、どうもたいした規制でないように、私には感じられます。彼はまあ、いいです。肩書きが漫画家ですから。でも、教育者などの「知識人」までが、根拠があるのかないのかわからないようなことも含め、堂々と持論を展開している事実はすごい気がする。無論、確固たる根拠のないことを述べているのは右派に限りません。左派だって同じこと。でも、左派の主張は内容が多少いい加減でも、国際社会で目くじら立てて糾弾されることはほとんどないですから・・・ ドイツでは、自国の過去を肯定するような発言をする人はまずいません。ドイツにもネオ・ナチだとか、その他極右団体はありますが(主に旧東独側ですが)、少なくとも「知識層」はやや左寄りで、国粋主義的・人種偏見的発言はタブー視されています。一人一人が実際心の中でどう思っているかはわかりませんけれど、ドイツ人は気心の知れない人の前で「ナショナリストのレッテル」を貼られかねない発言をするというヘマは普通しません。ちょっとでも内輪で盛り上がっていたりするとすぐに、「やっぱりドイツ人は態度がデカイ!」「第三帝国の再来か!?」と近隣諸国からバッシングを受けるのがわかっているので、迂闊なことは言えない。ユダヤ人をはじめ、みんなチェック厳しいですからね。 デュッセルドルフの日本人専用書店に、ヒトラーの「わが闘争」の日本語訳が並べられていたのを見て、あるドイツ人は驚愕し、「こんな発禁の本を堂々と・・・日本人の神経がわからん」と一言。確かに、ドイツの書店で「ユダヤ人大虐殺の嘘を暴く!」というような本が平積みされている光景はまったく想像できません。いろんな人があっけらかんとものを言っている日本とは随分違う。 同じ敗戦国なのに、どうしてこうも違うのだろう。 ドイツが大陸の真ん中にあり、日本が島国である所以なのか。 それとも、ヨーロッパでは数国語を操る人が多く、言ったり書いたりしたことはすべて近隣諸国に筒抜けなのに対し、言語的に孤立した日本では好き勝手なことを言っても周りにはどうせわからないからなのか。ときどき情報が漏れて他国の怒りを買い、バッシングされても、そのメディアを原文で読めるわけではないので、「なんか怒ってるみたいだよ」「ふ〜ん」で終わってしまうのかもしれない。怒るほうも、日本のメディアにくまなく目を通した上で怒っているわけではなく、断片的な情報だけ捉えて怒っているので、話し合いにもならない・・・ あるいはこうかもしれません。ドイツは終戦後も分断状態が続いたので、統一という悲願を達成するためには国民が一致団結して一貫した態度を取る必要性があった。ドイツの一部で右派が台頭してきたのは東西ドイツの統一後でしたね・・・ 「日本人は自分の意見もロクに言えない」なんてことになってるけど、結構好きなこと言っているんじゃないでしょうか・・・
ニセ薬の話を書きましたので、ちょっと怪しげな薬体験についてです。
あるとき、タイ人の友人に「来週からタイへ行って来る」と話すと、「じゃ、是非バンコクでは私の実家に泊まって。妹もいるし、両親も私の友達が来れば喜ぶから」と言ってくれました。お言葉に甘えて泊めていただくことにしました。 友人のお父さんは浄水器販売会社の社長さんで、その自宅はバンコク郊外、ノンタブリーにある豪邸。泊めていただいたお部屋は、お父さんの親友であるタイ王室のナントカ王子様もときどき泊まる部屋だとかで(!)、私がお世話になっている間に、この家の居間および中庭でテレビドラマのロケが行われたんですよ。(トイレに行くときにタイの俳優さんたちにサワディ・カーと挨拶したら無視されましたけど・・・) そんなことはどうでもよいのです。書きたいことはこれからです。私が日本に帰るというときに友人のお父さんが、 「ビアンカちゃんや。娘にいろいろ持っていって欲しいものがあるんだがね」 私「はい、お預かりします」 お父さん「あの子が好きなこの果物、今が旬だから。それにこのダイエット薬」 私「ダイエット薬ですか?」 お父さん「可哀想に、あの子は日本に行ってから太って気にしてるみたいだからね。この薬はよく効くそうだから」 そこで私が物欲しそうな顔をしたのか、 お父さん「君も欲しいのかい?だったらあげるよ」 こうして、私は「良く効くタイのダイエット薬」を手に入れたのです。 日本へ帰った私は、早速薬を試してみた。見た目はどうということもないただのカプセルでした。まあ、どうせたぶん効かないんだろうけどね〜。でもせっかくだから・・・ カプセルを口に放り込んだら、もう遅かったので寝ることにしたのですが、何故かその日はなかなか寝付かれない。疲れているはずなのに変だなあ〜。そのうち寝られるだろう、と思い、考え事をしていたら、結局一睡もせずに夜が明けてしまった。 ああ、これじゃ今日は使い物にならないよ、とウンザリしつつ職場へ出勤。ところが、ところがです。徹夜したのに、全然眠たくない!それどころか、目が冴えて、いつになく頭脳明晰でバリバリ仕事をしてしまった〜!一体全体これは・・・?と驚いたけど、「今夜はたぶんぐっすりだな〜」と家に帰りました。そして、「そうそう、あの薬のまなくっちゃ!」と再びカプセルをごっくん。熱いお風呂に入って、さて寝るか〜。 しかし、また眠れない。疲れを感じすらしない。何かが変・・・でもまだこの時点では、薬のせいだなんて思いもしなかったんです。そして、睡眠時間ゼロのまま、翌朝いつも通り出勤。オフィスでは倍速で翻訳作業をこなし、アフターファイブには元気溌剌で飲みにまで行って・・・ 飲み屋でハタと気づきました。私、全然お腹空いていない。そういえば、昨日も今日もたいして何も食べてなかったわ。はっ。これはもしかして・・・・ あの薬のせいだっ!!! その晩はカプセルは服用しませんでした。そして、無事に眠ることができました。翌朝、薬を瓶ごと捨てたのは言うまでもありません。ダイエット薬でハイになるなんて・・・ 気になって友人に聞いてみました。 「ねえ、あの薬変じゃない?眠れなくなったよ」 彼女、すまして言いました。 「ああ、神経に作用する薬だからね」 今思い出しても、ゾ〜ッとしてしまいます。
実は私、今年になるまで「ブログ」というものを全く知りませんでした。たまたま、知り合いが始めたと聞き、「ブログって何?」と思ってGoogleで検索したらGooブログのページが出てきて、「さっそく始める」というところを試しにクリックしてみたらいくつか書き入れる欄があって、適当に入れてみたらもうページができてしまった!何のコンセプトもないのに・・・でも、せっかく作ったから何か書こうと好きな旅行のことなど書き続け、今に至っています。
記事を書いたり、他の人の記事にコメントできることはすぐわかったけれど、もともと機械オンチでブログの仕組みがよくわからなくて、いまだに使いこなしていません。最近、トラックバックセンターなるものがあって自分の記事を投稿できることを知ったのですが、登録の仕方や投稿の仕方がよくわからない・・・画面と睨めっこしてガチャガチャやってるうちに誤操作の連続。二重登録だの誤送信だの、次から次へとやらかしてしまいました。他サイトの方々にもいろいろご迷惑をおかけしています。この場を借りて・・・ゴメンナサイ! こんな超初心者の私ですが、自分がサイトを立ち上げてから、いろいろなブログを読むようになり、楽しいお話や為になるお話をたくさん見つけて嬉しい毎日です。お会いしたことがなくても文章を読んでいて、「この人となんだか気が合いそうだな〜」と感じることも多いです。実生活でのお付き合いともまた違った楽しみがネットではありますね ところで、旅の体験話を中心に記事を書いていますが、私の書いていることは個人的・主観的な見解に過ぎません。12年住んだドイツに関してでさえ、自分が住んだ特定の地域での特定の人たちとの係わりの中で体験したことに限られています。ましてや他の国については、一介の旅人の勝手な感想に過ぎません。そう思ってお読みくださればと思います。「私、こんなことを体験して、こんな風に解釈してみたんだけど、どうかなあ?」という気持ちで記事を書いています。そんな「体験の意味づけ」は私自身にとっても完結したものでは決してなく、「今までこんなふうに思ってたけど、やっぱりこうなのかな?」とかいろいろ考えるのが好きです。 ですから、「ビアンカの記事にはこう書いてあるけど、実際はこうだよ」というようなご指摘や、「こういう解釈もあるんじゃない?」というご意見など、お寄せくだされば嬉しいです。 どうぞよろしくお願いします。
息子と娘は、指しゃぶりの癖がなかなか抜けませんでした。
この「指しゃぶり」の悪癖(?)を巡り、夫婦で意見が対立したんです。 夫「指しゃぶりをすると歯並びが悪くなる。健康によくないから、なんとしてでもやめさせなくては」 私「指しゃぶりをするのは、それが子供に必要だから。無理にやめさせると精神的におかしくなる!」 ドイツ人の多くは「歯並び重視派」で、「どうしてもというなら、おしゃぶりを与えたらいい」というので、それも一案とおしゃぶりを買い与えてみました。でも、息子も娘も一度試したら、ふ〜んという感じでその辺にポイッ。その後見向きもしません。結局、5歳まで楽しそうに指しゃぶりをし、歯並びにはやはり多少影響が出てしまいましたが、歯医者が「この程度なら、永久歯が生えるときに自然矯正されるかもしれないので、様子を見て」と言うので、ホッとしています。 ところで、この「指しゃぶり」に関して面白い話を二つ聞いたんです。 一つ目は保母さんである友人から。彼女いわく、 「指しゃぶりは赤ちゃんが退屈だからするんだから、退屈させなければいいの。赤ちゃんが指を口に持っていきそうになったら、体を触って遊んでやったり、気をそらせてやったり、意識してかまってやればしなくなるよ。うちの子供たちもその方法ですぐに指しゃぶりをしなくなったよ」 へ〜え、そうだったの!とビックリ。私、指しゃぶりは仕方のないものだと思い込んでいたので・・・ 二つ目。今日、「まいにちせいぶつがく」ブログを読んでいて、「指しゃぶりについてVol.2」という記事を発見。 それによると、「指しゃぶりは本来敏感である口腔に異物を入れてもオェッとならないようにするための練習」なんだそうですよ。へえ〜〜〜〜え! 「退屈説」と「練習説」、どちらにも「なるほど、そうかもね〜」と思ってしまう私ですが、きっと他にもいろいろな説があるのでしょうね。 知りた〜〜い!!
祝日のきのうは、娘の保育園で一緒の友達家族が大勢遊びに来てくれ、簡易ホームパーティとなりました。大人子供合わせて約30名のどんちゃん騒ぎ。楽しかったです。
私のまわりは結構子沢山で、3人の子持ちはザラ。昨日の女性メンバーはみな30代で、複数の子供を育てながらフルタイムで仕事をしている人も多く、そんな彼女らが集まっての話題はさぞかし、 「育児と仕事の両立は大変だ。ストレスが溜まって・・・だんだん年もとってきたし、もうパワーがないわ〜」 そんなグチっぽい内容かと思いきや、全然、全然! 多趣味で手作り上手のお母さんが、 「今の仕事以外にもやりたいことがたっくさん。今は子供が小さいけど、自分が50歳になれば手が離れていろいろできるようになる。そのために少しづつ準備してるんだ」と言えば、 こだわりライフスタイルを実践しているお母さんが、 「私も実家の納屋を改造して喫茶店を開こうと思ってるの。自家菜園で採れた材料で作った料理を出して・・・」 つい最近、三人目を出産したばかりのお母さんも、 「私はこの子の手が離れたら、フラメンコダンサーとして芸を極めるわ」 みんな、凄いパワーです。 お父さんたちも負けていません。ワインの瓶を次々に空けながら、今後のビジネスの展開や趣味の活動の計画など楽しそうに語っています。 前向き人間集団だ! みんなの話を聞いていて、とてもワクワクし、元気が沸いてきました。50歳で再会したときに、それぞれどんなふうに展開しているのか、楽しみです。勿論この先、病気や怪我をするかもしれませんし、なにが起こるかわかりません。計画がうまく行かないこともあるでしょう。でも、先のことを心配してばかりいても仕方ありませんよね。 私も展開しなくっちゃ〜。
旅が三度の飯より好きで、旅先での三度の飯も大好きなのに、悲しいかな、私は胃腸が弱いのです。
旅の醍醐味は、なんといっても「珍しいものを食べること」。あらかじめその土地の主要な食べ物をガイドブックなどでチェックして、それは必ず一度は食べるようにする。現地のスーパーの食料品売り場はくまなく見て歩き、屋台があれば立ち止まって内容点検。知らない食べ物があれば一つ二つ買って、その場で食べる。うんと美味しいものがあれば、帰国してから家で作って見るために料理の本を購入する。 それなのに、お腹がついてこないのです。ちょっと変わったものを食べただけ、ちょっと水が変わっただけでも、すぐに胃腸薬のお世話になる破目に・・・私がこれまでに訪れた世界の薬局店舗数、うん百店舗!って自慢することじゃないでしょ。 滞在時期が長ければ、途中一度や二度お腹を壊してもどうということもありませんが、日数の少ない旅行のときなんかは「頼むから頑張ってね、お腹ちゃん」という気持ちになります。そういうときは、不潔そうなお店は極力避けるようにするのですが・・・ いつでしたか、タイのサムイ島でほんの数日、休暇を過ごそうということになったとき、お腹壊して寝込んでは勿体ないので、食事はなるべくリゾートのレストランで取ることにしたんです。しかし、サムイのレストランは雰囲気はよいのですが、どうも欧米の旅行者向けの無難な味付けで物足りない。不満に思っていたら、ある日現地の人の集まる町へ出たおりに、いかにも「よさそう」な食堂を発見しました。そこそこ小奇麗な店構えで、店の入り口近くには10種類以上のおかずの並ぶバイキングが用意されていました。それを見たらどうしても我慢できずに、夫と私はそこで昼食を取ることにしてしまった。 「おいし〜い!!これだ、これだよ。求めていた味は!」 「うん、おいしいね〜。ホテルのレストランと全然違う」 なんて言いながら、お腹一杯、食べてしまったのです。 満足、満足。ホテルに帰り、本を読んだり、卓球したりして過ごした後、海辺に夕涼みに出かけました。砂浜に座って夕日の沈むのを見ていたら、ふと胃の辺りに「よく知っている感覚」がじわじわと広がってきました。こ、これは・・・たぶん・・・ 「ごめん。あと数時間したら吐くみたいだから、私、先に部屋帰ってるね」早口で言い残し、夫をその場に置いてコテージへ急ぐ。部屋についたら吐き気は疑う余地のないものとなったけど、「その時」までにはまだ間がありそう。吐きそうで吐けない状態って一番怖ろしいので、なるべく早く嫌な瞬間を迎えるために、一人ベッドの上で飛び跳ねて胃の中を攪拌します。ぴょん、ぴょん、ぴょん、ぴょーん。その時、夫が戻ってきて、 「何やってるの。具合悪いんじゃなかったの?」 「悪いから飛んでるの。もっと悪くなるように」 「へ〜ンなやつ!」 跳躍の甲斐あって、まもなく胃は空に。 ところが、気分の回復した私が何事もなかったかのように夫の横でCNNを見ていると、今度は夫が、 「ウッ・・・」と言って私の顔を見るのです。 「もしかして・・・やられたんだね、あんたも」 「そうみたい。わーヤダー!」 「私みたいに飛んだほうがいいよ。早く済むよ。吐けばスッキリするから」 「そんなの絶対ヤダッ」 せっかくのアドバイスに耳を貸さず、結局夫は一晩苦しんでおりました。 私同様、夫もお腹が弱いのです。ほとんど毎回旅行のたびに、私たちは同じようなことを繰り返しています。「どこで何を食べても全然平気」という人が、心から羨ましい私たちです。
ぐーすか・ぶーすかさん、「イタリアよもやま話」のKNDCHKさんにトラックバックします。
日本は今、卒業式シーズンですが、ドイツには卒業式シーズンというものがありません。日本人が思い描くような「卒業式」が存在しないのです。ドイツの学校は小学校から大学まで、秋に始まり初夏に終わりますが、ドイツの学生は傍目にはわからないうちに卒業しているのが普通です。卒業式はまったく行われないわけではないようですが、出席は自由で、存在すら知らない学生もいるみたい。卒業生は特別な服装をするわけでも、式の後、謝恩会を催すわけでもなく、いつもと同じジーパンで紙切れを貰いに行くだけ。周囲から「今日卒業式だね。おめでとう!」といわれることもありません。祝いの言葉をかけてもらうのは、卒業試験に合格した瞬間で、卒業式は「晴れの舞台」とは考えられていないのですね。 そもそもドイツには「式」というものがほとんどないのです。人が一生のうちに経験する式は、普通は生まれてしばらくしてからの「洗礼式」、その後の「堅信式」という洗礼の確認のような式、「結婚式」、そして「葬式」くらいなものでしょうか。 一応、小学校には「入学式」があります。毎年秋になると、色とりどりのランドセルを背負い、ボール紙で作った円錐型の「お菓子入れ」を両手で抱えた可愛い一年生達が両親に手を引かれて学校へと向かう姿が見られます。(ドイツの小学生は学校生活の第一日目にお祝いとして、お菓子のぎっしり詰まった「学校1日目バッグ」というのを親にもらい、それを持って学校へ行くのが習わしなのです)でも、この入学式、日本の入学式を思い浮かべて行くとなんだか物足りないくらいあっさりとしています。息子の入学式は、いつの間にか始まっていつの間にか終わったというかんじ。日本の式には進行の仕方が細かく決まっていて、一種独特の緊張感と晴れがましさが伴ないますが、ドイツの式にはそういう雰囲気はまるでありませんでした。 考えてみれば、日本にはすごくたくさんの式があります。入園式・卒園式・入学式・卒業式・入社式・開会式・閉会式・始業式・終業式。これらはドイツにはほとんどありません。さらに、朝礼のように一日の中でとり行われる式もある。まだまだ七五三・成人式・結納式・落成式・出所式etc...日本人は節目が好きなのですね。 ドイツでは、何歳の何月にみんな一斉に節目を迎えるのではなく、卒業の時期、入社の時期が人によって違うので式がやりにくいのかもしれません。卒業は「単位取得次第」、入社は「就職先が見つかり次第」ですから。 もしかしたら、日本社会に式が多いのは、みなが同じ時期に同じ気持ちを味わい、同じ心構えを持つことが理想とされるからでしょうか。
日本の炊飯器、世界のいろいろなところで見かけます。とくによく見かけたのが象印のものでした。海外仕様のものはデザインが古く、機能もあまりついていないものが多いようですが、それでもやっぱり重宝するようで、中華料理屋さんなどにはたいてい置いてありました。最近は韓国製も普及しているみたいです。
私が感動したのは、アラブ仕様の象印炊飯器。あるとき、イラン人の友達が「ご飯食べにおいで」というので遊びに行きました。そして彼らの家にもあったんです、「象印」。ところがこれ、一味違うんです。 「さあ、ご飯炊けたよ〜」そう言いながら友達が、内釜ごとジャーから出したので何かと思うと、 「パカッ!」とご飯が釜から飛び出して、大皿の上に乗っかった。 「わっ、これ何?」とびっくり。 「おこげよ、おこげ」 なんと、アラブ仕様の炊飯器には「おこげ機能」がついているんですって! その日の料理は牛肉となすの煮込みでした。ケーキのように盛られたご飯の上のパリパリっとしたところを崩しながら、おかずと一緒にいただくのです。おいし〜い!!おこげご飯にすっかりはまってしまいました。うちの炊飯器には「おこげ機能」がないので、テフロン加工のお鍋でご飯を炊いて、炊き上がってからもしつこく火にかけておきます。そして、パチパチ音がするようになったら火を止めて、パカッ! サフランで色をつけたりしても、いいかんじです。
昨日の記事に対して、「え〜、ドイツ人もバカンスに行くの?ドイツ人って勤勉なんじゃなかったの?」というコメントを頂きましたので、ドイツ人の勤勉さについて感じることを書きますね。
確かにドイツ人は「真面目で勤勉」というイメージがあって、その辺りが良くも悪しくも日本人とよく似ていると考えられているのじゃないでしょうか。でも、同じ「真面目で勤勉」でも、日本人とドイツ人ではまたちょっと違う気がします。 例えば、ドイツ旅行をすると、たぶん大抵の日本人はドイツ人店員の態度に疑問を抱くと思います。なぜかというと、「お客様は神様です」のサービス大国日本から行くと、ドイツの店員さんの多くはあまりにも「やる気なさそう」なんです。仏頂面でデーンと座って、「XXはありませんか」と訊くと、「さあ、棚になければないんじゃない」なんて他人事のように言ったり、細かいお金がなくて大きな額のお札で払おうとしたら「チッ」と舌打ちしたり、閉店時刻の15分以上前からシャッター半分下ろしてお掃除始めて、そこに客が来ると「もうレジ閉めちゃったんだけど」って嫌そ〜にしたり・・・客をなんだと思ってるの?って信じられないくらい。個人経営の小さなお店などでは感じよく応対してくれることが多いけど、大きな店の雇われ店員は時給で働いているから、「お店の売り上げがどうなろうが、ワタシにはカンケイないわ〜」って感じなのです。 同じ勤勉でも、日本人にとっては「結果はどうあれ、努力している態度そのものが大事」だけれど、ドイツ人の勤勉さは「目的」があってこそなのかな、と思います。目的意識をしっかり持って、目標達成のために努力するのがドイツ人なんじゃないかって。やっても何の利益にもならなそうだと思えば、やる気になれないのかもしれません。 もう一つは「真面目さ」について。日本社会にもドイツ社会にも「決まり」がたくさんあります。そしてその決まりを両国民ともすごく気にするので、「日本人とドイツ人は似てる」と言われるのでしょうね。でも、これも実はちょっと違う気がする。日本人が気にする決まりって、法律や契約書の内容などの明文化されたものよりも、むしろ「普通はこういうことをしないものだ」「みんながそうしているから、そうするべきだ」「前例ではこうだったから、こうするべきだ」という暗黙の了解事項が多いように思います。明文化された決まりのほうは「みんな破ってるみたいだから、いいよね?」って自分も破ったりして。 ドイツ人のルールはあくまでも「紙にはっきり書かれていること」。書かれている以上、それは絶対に守らなくちゃいけないけど、紙に書かれていないことならやっても構わない、という風です。他人がルールを守らないとうるさく批判するけど、それ以外のことではそれほど他人に干渉しません。きっと、ドイツ人のルールは「各自が好きなように行動できるようにするための最低限の決まり」なのでしょう。日本人のルールが「みんなが同じように行動するためのルール」なのと対照的です。 似ているようでちょっと違う、日本人とドイツ人。どっちがより「勤勉」か。う〜ん、比べられないな〜。
留学のためドイツへ渡ったのは夏でした。現地の企業でアルバイトができるようにと、知人に紹介状を書いてもらってあったので、早速紹介先の会社に電話をしてみました。紹介状の宛名のAさんにアポイントを取ろうとすると、
「あいにくですが、Aさんは現在夏休暇中です」 「いつお戻りですか?」 「3週間後に戻ります」 エーーーーッ!!!と仰天したのを今でも覚えています。 3週間後、Aさんは戻って来られました。面接をして頂いて、私にできる仕事がありそうなので人事課のほうに話を回してくださることになったのですが・・・今度は人事課の担当者Bさんが休暇中!さらに2週間、待つことになりました。 こんな話は別に珍しいことではありません。ドイツでは、バカンス(ドイツ語ではウアラウプという)に2〜4週間出かけるなんてまったく普通のこと。なんせ、2〜3日のお休みなんて休暇としてみなしてもらえない。一週間しか休暇申請をしないと、「そんなに短いんじゃ、じゅうぶん疲れが取れない。中途半端な状態で仕事に出てこられても、成果が上がらず迷惑です。最低でも2週間は休んで」なんて会社から文句を言われることもあるんだそうです。 その間仕事はどうなるの〜?なんて心配してしまうのが日本人ですが、案外平気なものです。休暇を取ることは当たり前のことなので、「担当者は2週間後までいない」と言われれば「ああそうか」と思うだけ。みんなが一斉に休暇を取る夏には、その間だけアルバイトを雇ったり、中小企業の場合は会社自体を閉めてしまうこともあります。 私たちが以前住んでいた小さな町などでは、8月になるとパン屋も肉屋もブティックもみ〜んなバカンスで閉っていて、商店街には閑古鳥が鳴いていました。全部が一斉に閉ってしまうと、やはり消費者の生活に支障をきたすので、そこはパン屋はパン屋同士、肉屋は肉屋同士相談の上「おたくが8月前半に休むなら、うちは後半にするね」などと調整し合います。 会社や商店だけならいいけど、なんと医者もバカンスに行ってしまいます。(お医者さんだって休養は必要ですもんね)体調を崩して診察の予約を入れようと診療所に電話すると、 「ドクターナントカは8月1日から20日まで休暇中ですので、予約はそれ以降にお願いします。急患の方は恐れ入りますがドクターカントカの診療所へ行ってください」と留守番テープが回っている。休暇代理はお友達ドクター同士でお互いにするみたいで、ときには隣町のドクターだったりするから不便です。(だって、具合が悪いのに・・・) とにかくバカンス命。バカンスのために働いている、と言っても言いすぎではない。毎年4月ともなれば国民の話題ナンバー1は、「もう今年のバカンス先、決めた?」旅行会社から山のようにカタログもらってきて睨めっこ。早めに手を打たないと、条件のよいパック旅行はあっという間に受付満了となってしまう。そしていよいよ夏が来ると、時間差で友達が次々と出かけてしまって、子供たちは「遊ぶ相手がいないよ〜」。秋が来ると、道で知人に会ったら開口一番、「バカンスはどうだった?」秋深まるまでの間、バカンス土産話大会が繰り広げられます。別にバカンス自慢ってわけでもなくて、貴重な情報交換なのです。人の話をよーく聞いて、「そんなにいいなら、うちの来年のバカンスはチュニジアにしよう」とか「ふ〜ん、夏の南仏はやっぱり物価が高いの。じゃ、やめとこう」とか次回の参考にする。 今はドイツもかなり不景気なんだから、バカンスどころじゃないんじゃない?とも思うけど、もし「バカンス返上で働きましょう」なんてことになったら、ドイツ人は働く意欲をすっかり失って、生産性がガタ落ち、ますます怖ろしいことに・・・なるのかな?
息子を連れて中華料理店へ行きました。
頼んだのは、普通に「鶏とカシューナッツの炒め物」「焼きビーフン」「コーンスープ」。息子は料理を食べながら写真入りのメニューを見、 「お母さん、このレストラン、ずいぶんたくさん料理があるんだね」 そこで私は関係ないのに、 「中国ってね、いろんな料理があるんだよ。中国人は日本人が食べないようなものも料理するから。犬とか猿なんかも食べるらしいよ。カメゼリーなんてのもあるんだって」などと言ってしまった。(注 カメゼリーについては、「ぐーすかぶーすかの中国大冒険」をご参照ください) 「へぇ〜、そうなの?」と息子。 喋っていないで冷めないうちにせっかくの料理を食べなくちゃ。私はスープを口に運びながら、 「おいしいね。このスープ」と言いました。しかしその途端、息子は顔面蒼白となって、テーブルの下にもぐってしまった。 「何やってるの?一体」 「怖いよ〜。怖いよ〜」と息子の泣き声。 どうやら息子は、 「おいしいね。このスープ」を、 「おいしい。ネコのスープ」と聞き間違えたようです。
もうすぐ桜の季節です。
ドイツにも桜はありました。ソメイヨシノは特定の場所(日本関係の機関の庭や植物園など)でしか見ませんでしたが、いろいろな種類の桜がきれいに咲いていました。 ただ不思議だったのは、満開になってからいつまでも散らないのです。日本では桜は短命で、だからこそ「桜前線」なんてものが天気予報で取り上げられたりするのですが、ドイツの桜は一ヶ月くらい平気で咲いていました。これは単に種類が違うから? 日本へ帰ってきてから友人がこんな話をしてくれました。「日本人が桜が好きなのはね、昔からじゃないの。昔は花といえば梅だったのよ。昔の絵画を見ても描かれているのは梅でしょ。桜は軍国主義の名残なのよ。清く潔く散る桜の花が玉砕のイメージにぴったりだというんで、一斉に小学校の庭に植えられて、それ以来日本人は桜が好きなんだって」 へえ、そうなの。 そのまま忘れていましたが、先日ちらっとご紹介した、 『喪失の国、日本。インド・エリートビジネスマンの「日本滞在記」』M.K.シャルマ(この本、すごく面白いです。日本人が書いた「ビックリインド本」は数多くありますが、これはその逆) にも、同じことが書かれていたんです。 さらに、「桜の花が咲くのは春で、日本では雨や風が多い時期。だから桜はすぐ散ってしまう。しかし桜は風媒花ではないので、これは生物学的にいって桜にとって非常に損なこと。だから、桜は本当は可哀想なのです」という内容の記述がありました。これはちょっとショック。 もしかして、桜って日本の風土に合っていないの!? もしかして、もしかして、一ヶ月も咲いていられるドイツの桜は日本の桜よりも幸せなの!?
ヨーヨー・マの新作CD「エンチャントメント 〜魅惑の響き〜」を買いました。NHKスペシャルのドキュメンタリー「新 シルクロード」のオリジナルサウンドトラックです。共演は「ザ・シルクロード・アンサンブル」。
これを聴いて私は・・・・・言葉に表しても感動はとうてい伝わらないでしょうから、やめときます。人間の感性って素晴らしい。そして、そういう人間を生み出した自然もひたすら素晴らしい、とだけ述べておきましょうか。 息子と二人、聴き入っておりました。 私「この曲を聴いてどんな風景をイメージする?」 息子「土の上を馬が駆けてるかんじだね〜」 私「じゃ、この曲は?」 息子「草原かな〜」 広い広い空間の中に自分がいる。自然の一部として自分がいる。そんな感覚が体中を駆け巡ります。思わず旅支度をして、成田へ向かってしまいそう。
カソウケン(家庭科学総合研究所)のほぼ日出張所に、「男の子を産むと寿命が縮まる?」という内容の記事がありました。
記事のもととなった研究論文によると、男の子は 1.母親の胎内で大きくなるので母体に負担をかける。 2.女の子より手がかかる。 などの理由で、平均8ヶ月も母親の寿命を縮めると考えられるのだそう。 この結論が妥当かどうかはともかくとして、確かに男の子を育てていると「寿命の縮まる思い」をすることが多い。手がかかるというよりも、危険なことばかりしたがるので、いつもハラハラドキドキ。心臓に負担がかかっている気がするのです。 ときどき悪夢でうなされ、真夜中に目が覚めます。夢の中で息子は私が止めるのも聞かずに、高い塀の上に上ったり、崖っぷちへ行こうとする。 「やめなさい!今、パパがいないんだから落ちても助けてあげられないよ。そこからすぐ降りなさい!」と必死で叫ぶが、息子は耳を貸さず、ついに落下。 何故か夢の中では、息子が落ちたところは決まってアマゾン河かナイル河! 「ぎゃーっ。ピラニアが!!」 「ああーっ。ビルハルツ住吸血虫がっ!!」と絶叫したところで目が覚めます。 (どういうわけだか、私の深層心理ではアマゾン河とナイル河が世界で最も危険な場所ということになっているらしい) はぁはぁはぁ。ゆっ夢か・・・ そっと子供部屋へ行き、安らかな寝顔を確認する。ホッ。 寿命、やっぱり縮まっているんだろうなあ。
ドイツの病院でアルバイトをしていたことがあります。病棟に5週間、その後泌尿器科のオペ室に5週間いました。病棟での私の仕事は看護婦補助で、主に患者さんの食事を運んだり、着替えやトイレのお手伝いをすること。私がいた病棟はいわゆる「特別病棟」で、経済的に余裕のある患者さんが入院していました。食事は厨房から病棟棟まで運ばれてくるのですが、患者さん一人一人の食事内容が違うので、それをチェックし、給湯室で用意するものは用意して各部屋に持って行きます。その仕事をしながら、ドイツの病院食って日本とは随分違うなあ〜と感じました。
患者さんは献立予定表のメニューの中から食べたいものを選んで前日までに注文しておくのですが、その種類が多い。いわゆるAランチ、Bランチ、Cランチというのがあって、その他に肝臓食、糖尿食、手術をしたばかりの患者さんのための胃腸に負担のかからないメニューがありました。そこまではまあ普通かなと思ったけれど、さらに「ベジタリアンメニュー」「イスラム教徒用メニュー」まで用意してあるのです。 さらに、午後には「コーヒーとケーキ」の時間まであった!病人がコーヒーやケーキ!?とちょっとびっくり。しかもケーキは2種類のうち好きな方を選べるのです。その他に糖尿病患者のための「砂糖控えめケーキ」まで・・・コーヒーが嫌いな人のためには、紅茶やいろいろなハーブティーが常備されていて、看護婦詰め所にあるベルが鳴ると私が病室まで注文を聞きに行き、希望のお茶を煎れました。時々、糖尿病患者さんに「どうして糖尿病用のケーキはこんなのしかないの!もっと美味しいの用意しなさいよ」など怒られたり。 もっと仰天したのは、患者さんの中にはビールやワインを差し入れてもらって、給湯室の冷蔵庫に保管しておいてくれという人がいたこと。病院でワイン?と思わず聞き返してしまいましたが、その患者さんは骨折で入院しているのでアルコールを飲んでも構わないんだそう。 腕を骨折した患者さんが、自分でパンにバターを塗れないというので代わりに塗ったら、「なんでそんなにバターをケチるの!もっとたっぷり塗りなさい」なんて言われて・・・彼女の健康のためを思って薄く塗ったんですけどね・・・ 特別病棟だったから至れり尽くせりだったのかも知れないけど、一般病棟でもメニューは選べて、ケーキも出るようでした。「病人なんだから病人らしく」とか「贅沢を言うな」なんていう感覚はあまりないらしいです。
「橙色の豚」のmlsenyouさんから、ゲッソリな中国の飛行機のお話をトラックバックして頂きましたが、これはそのお返しの話です。
学生時代の私にとって、航空会社選びの基準は一つしかありませんでした。 それは、「安い」こと。機内食がまずかろうが、トイレが壊れていようがどうでもよい。ただひたすら安く、私を目的地へ連れて行ってくれさえすれば。 というわけで、「イラク航空」。 機内に入るとき、チケットの半券を見て「あれ?」私の席番号は? 「機内フリーシートになっております」と客席乗務員。つまり、どこでも好きなところへお座りくださいというのです。そういう飛行機は初めてでした。乗客のほとんどは男性。イラク男性を中心とするアラブの方々のよう。言われた通り適当な座席に座り、しばらくして飛行機が離陸。すると・・・ 乗客は早々とシートベルトを外して立ち上がり、あっちへウロウロこっちへウロウロし始めた。何を勘違いしたか、荷物からおやつなど出して飲めや食えやの大騒ぎ。機内は小学生の遠足状態に。 それだけでなく、女性が一人で乗っているというので、私の隣の席には入れ替わり立ち替わり、いろんな男性が座るのです。 「イマッドちゃん、次オレの番よ〜。そろそろチェンジしてよ」などどキャッキャ騒いでる。調子に乗って、おかしなことを言ってからんでくる人もいる。不快極まりなく、身の危険すら感じるが、飛行機の中だから逃げるわけにもいかない・・・もうゲッソリ。 イスラム圏の国の飛行機に女だけで乗るという行為がいかに無謀だったか、思い知りました。無知とは怖ろしい。教訓になりましたよ・・・
ヨーロッパまで行くのにマレーシア航空を利用したことがあります。せっかくだから、マレーシアのクアラルンプールに2泊ほどして、街を見物することにしました。
ホテルを出て、市内のショッピングセンターへ行き、店をひやかして歩いていると後ろから、「ハロー」と呼び止められました。私と同じくらいの年の、中国系とおぼしき男二人、女一人の三人連れ。 「君、外国人じゃない?」英語で話しかけてきた。 「そうです」 「どっから来たの?クアラルンプールで何してるの?」いろいろ聞いてくる。 「ヨーロッパに行くんだけど、マレーシア航空使ってるから、ちょっと見物に寄ったの」 「ふ〜ん、そうなんだー」 しばし立ち話。 「そうだ、今日の夜暇なんでしょ?オレ達三人でカラオケ行く予定なんだけど、君も一緒にどう?」 というわけで、ご一緒させてもらうことになりました。 まだ時間が早かったのでホテルに戻り、着替えたりして準備をしていると、ドアの方からかすかな物音が。見ると、シュルシュル〜とドアの下の隙間から紙切れが差し込まれてきた。 「エドワード・チャン様からお客様にお電話がありました。7時にフロントでお待ちしておりますとのことです。 フロント係」 一応ちゃんとしたホテルで、部屋に電話があるのに、電話を取り次がずにスパイのようなことをするなんて妙だ・・・まあいいけど。 そしてエドワード君、ピーター君、キャロルちゃんと私の4人はカラオケ・バーへ。ところが、私に話かけるのは主にエドワードばかりで、キャロルは全然話してくれません。 「お仕事、何してるんですか」と話しかけてもモジモジして、彼氏君のピーターが、「彼女、パーカーのボールペン売り場の店員やってるんですよ」とか代弁する。彼氏とはヒソヒソ中国語で話をしてるから、英語を話さない人なのかな〜。 そのうちウェイターが注文を取りに来たので、私がカタコトのマレー語で必死に「えーと、サヤ マウ・・・えーと ナシ・・・えーとー」と頑張っていると、エドワードが、 「なんでマレー語なんて使うんだよ。ダッセ〜!!!」 言われたことが理解できずポカンとしてしまった。 私「ダサいって・・・あなた達の国の国語でしょ」 エ「オレたちマレー語なんてしゃべんねーよ。英語ができるんだからさー」 確かに英語はマレーシアの公用語の一つだけど・・・ エ「中国系同士のときは中国語だけど、それ以外は英語だよ、英語!」 よ、よく意味がわからない・・・ 私「でも、テレビ番組はマレー語のもあるじゃない」(英語のも、中国語のもある) エ「見ねーよ、そんなの」 私「英語のできない人と話すときはどうするの?」 エ「知らねーよ、そんなこと。とにかく、マレー語喋るなんて、すっげーダサい!」 はぁ、そんなもんなんでしょうか・・・(???) どうもよくわからない感覚だな〜と落ち着かない気持ちでいると、 エ「じゃ、オレ一曲歌うね。君に捧げる歌!」 と言って歌ったのは、谷村新司の「昴」でした。それも日本語! 私「すごいね〜。日本語で歌えるんだ」 エ「これ流行ってるんだよ、今」 私「日本語で歌うのが?」 エ「そう。だってカッコイイじゃん!」 ますますわからん・・・ 世界には植民地時代の名残で欧米の言語が公用語の一つになっている国ってたくさんありますよね。そういう国では「国語」はダサい、と国民から使用を拒否されたりしているんでしょうか。気になります。
「道路を渡るってこんなに難しいことだったっけ」
初めてバンコクへ行ったとき、そう思いました。 今はどうだか知りませんが、当時のバンコクは交通量がものすごく多く、町の中心部にすらロクに信号がありませんでした。道路を渡るときには自分でタイミングを見計らって、ダッシュで渡らなくてはならない。臆病&反射神経未発達の私には至難の業です。車の流れが途切れることなんてほとんどないんだから。常に轢かれそうになりながら命がけ(はちょっとオーバーかな)で渡らなくてはなりませんでした。 道路の向こう側へ行くだけならまだいい。バスに乗らなくてはいけないときはもっと大変でした。バス停があってないようなもので、停車するときにバスは車体を歩道側に寄せてくれないのです。大きい道路の真ん中を走ってきて、たいしてスピードダウンもせずにそのまま行ってしまう。普通バスにはドアがないので(エアコンバスにはある)、走っているバスに飛び乗らなくてはいけない。なんとか無事に乗れても、降りるときにはやはり道路のど真ん中で飛び降りなくてはいけない。すごーーく、すごーーく、怖かったです。 タイの路上では自己判断により自己責任において行動するものであるようです。 ところがドイツでは正反対。 ドイツでは自転車は車扱いで車道を走らなくてはならず、しかも車と同じ側を車と同じ方向にしか走ってはいけません。自分のいる側にあるちょっと数十メートル先の店へ行くのに、いちいち信号のあるところにまで戻って、道路を渡り、その店を通り過ぎて次の信号のところで道路を渡ってもとの側に戻り、店のある場所まで戻ってくる、などという回りくどいことをしなくちゃならない。バカバカしいからといってそのまま反対側の道路を走ろうものなら・・・通りかかったドライバー、通行人、住民などから罵詈罵声を浴びせられる可能性があります。 信号無視などもってのほか。あるとき、私は車が来ていないのを確認し、赤信号を渡って、道路向こうのキオスクに入りました。買い物をして出ようとすると、出口のところに見知らぬおじさんが仁王立ちになっていて、「さっき、信号無視をしただろう。見ていたぞ」と怒られました。 ドイツの路上ではルールを守り、勝手な自己判断は避けましょう。 |