わいるどわ~るど 

異文化好き好奇心人間の世界考察ブログ

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体力つけたい

もともとはアウトドア派どころか、スポーツとは全く無縁だった私。泳げるようになったのも成人してからだし、運動は上手にできなくてつまらないだけでなく、

疲れるからやだ

ったんですよね。広い北海道で育ったので、自転車に乗るのには慣れていましたし、スキーも一応滑れますが、それ以外はまるでダメ。高校のマラソン大会なんて、最初から走る気皆無でした。護送車の前をたらたらたらたら歩いて行き、でもビリは嫌なので、最後の最後にラストスパートで何人か追い抜いてそれで満足ですよ。

当然のことながら、あまり体力がありません。

ドイツの大学で文化人類学を専攻していたのですが、研究者としてフィールドに出る人生を送るのは諦めました。諦めた理由は他にもいろいろあったのですが、「体がついていきそうにない」というのも一つの大きな理由でした。暑いのダメ、寒いのダメ、アレルギー体質で喘息、それにすぐお腹壊す。世界中の病院にお世話になってきました。そんな調子だから、長期的にテント生活なんて到底無理だ、と思って......

まあ、それでもいいや。体力がないならないなりの旅行ができるのだし、キャンプみたいな疲れることはもともと嫌いだし、なんて考えていました。それがいつの間にか、子供と一緒に沢登りしたりまでするようになるとは。自分でもびっくりだけど、やってみるとアクティブな生活って楽しい。どんどんはまっていきます。

埼玉にいた頃、娘の保育園の行事がいろいろあったのですが、暑い時期に屋外で活動することが多くて、暑いとすぐ疲れる私は「ヒェ~勘弁してくれぇ~」と毎回息も絶え絶えでした。でもそのお陰で少しは鍛えられたのでしょうか。この夏、子供達と湖水浴三昧の毎日を送っていても結構元気なんです。テクはないけど、かなり長距離泳げるようになったし、ここのところ毎日自転車に乗ってもそれほど疲れません。嬉しいな。

私が、「体力がなくて悔しい」と心から感じたのは、アイスランドへ行ったときでした。レンタカーを借りて、アイスランドをぐるりと一周しました。本当に言葉ではちょっと形容できないほど、自然の素晴らしいところです。行く前に用意したトレッキングシューズを履いて一日何時間も歩き回り、自分が広大な大地を踏みしめていることに深い感動を覚えました。

だけど、世の中にはすごい人がいるもので......

マウンテンバイクで一周している人達にすれ違ったんです。真夏とは言え、風が吹けば身を切られるような冷たさで、火山地帯は灼熱のアイスランドです。いや~、みなさん体力がありますね。途中で具合が悪くなっても、病院はおろか、民家だってないところが多いのに、平気なんですね。

そして、アイスランドの雄大な景色の中で草を食んでいる馬を見たとき、突然無性に馬に乗りたくなったのです。

この大地を、アイスランドの馬に乗って駆け回りたい。他の場所じゃイヤ、アイスランドの馬じゃなくちゃだめ。なにがなんでもそうしたい!

それまで馬にはまるっきり興味がありませんでした。アメリカでホームスティをしていた家には馬が四頭もいたのに、当時の私は「馬なんて、ハエが止まってて汚い」なんて思っていたんですよ。なんてバカだったんでしょう。

うまい具合に、アイスランドには体験乗馬をさせてくれる施設がたくさんあったので、ビギナー乗馬に申し込みました。やった~明日こそ馬に乗れる!とわくわくで床についたのですが、その晩に限って喘息発作が起こり、夜中のうちに宿を出て、病院のある町へ車を走らせることになりました。

ああ、無念。

以来、「体力がないと、人生の楽しみも減る」と感じるようになり、なんとか体力つけたいんですよね。と言っても、フィットネスのように黙々と体を動かすのはどうにも苦手で...... 子供のレジャー引率を通じて少しづつ体力アップを図っております。

最近こちらで知り合い、仲良くなった夫婦は、子供ができる前にはバックパックで14ヶ月かけて世界を旅して回ったそうで、奥さんの方はインスタラクター並の腕前のダイバー、だんなさんは国の内外でエコツアーを企画、引率しています。とてもアクティブ。

また別の友人は、毎年キャンピングカーでカナダの国立公園を周遊する、これまた強者のアクティブ旅行者。この間会ったときに私が「去年、釧路川でカヌーに乗ってとても楽しかった」という話をしたら、「どのくらいの距離をこいだの?」と聞かれ、「え?どのくらいって。半日だけど」と言ったら、「ワハハ。たったの半日?少なくとも100kmは漕がないと、カヌーに乗ったとは言えないんだよ」と大笑いされてしまいました。彼は奥さんと一緒に、一週間くらいかけてカヌー旅行をするんだそうですよ。

次元が違うので、いきなり真似をするのは無理ですよね。でも.....

私もまだまだ若い!つもりなので、これから少しづつ体力つけて、未知の体験がたくさんできたらいいなと思ってます。
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  1. 2006/08/11(金) 22:55:00|
  2. 旅行
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バカンス-ストレス

今朝までの四日間、友達一家が遊びに来ていました。一緒にサイクリングをしたり、泳いだりして過ごしたのですが、彼らにとってこれはバカンス前夜祭とでも言いましょうか。本格的なバカンスはこれからだそうです。北ドイツのリューゲン島で二週間の休暇を過ごすと言って、車の屋根に家族全員の自転車を積んで出かけて行きました。

友達いわく、
「本当はリューゲン島じゃなくて農家バカンスにしたかったんだけど、計画を立てるに出遅れちゃって、希望のところはどこもいっぱい。やっとのことで空いている休暇村を見つけたのよ」
もともと希望していたペンションは大人気でいつも満室、2年前から予約を入れる人もいるとか。

いやはや.....二年も前からですか。

私も旅行が大好きだし、計画を立てるのも好きな方ですが、さすがにそんなに先のことまでは考えられないな~。どうしても行きたい場所があって、夢を実現させるために何年かコツコツお金を貯めるというのならともかく、来年度の夏休暇はこう、冬休暇はこう、その翌年はこれにあれ。って、そこまで頭が回らない。

そもそも休暇って本来は、「最近、残業が多くて肩が凝って困ってるから、どこか暖かい場所でのんびりして疲れを取ろう」のように、そのときの自分の欲求や必要性に応じて内容を決めるものだと思うのに、スケジュールのように予め組んでそれを律儀にこなすっていうのも妙な気がする。

しかし、そうせざるを得ないのは、なんと言ってもお金が絡んでいるからですよねー。

ドイツではパック旅行など、日本人の感覚ではとうてい考えられないほど安いものがたくさんありますが、それはあくまでシーズンオフの話。就学児童のいる家庭では、学校が休みの期間にバカンスに出かけるしかなく、夏休みや冬休みに入った途端にパック料金が3倍ほどに跳ね上がるのは日本と同じ。財布と相談しつつ、できるだけ理想的バカンスの条件を満たす場所を選ぼうとなると、誰よりも早くからカタログを入手して計画を立てないと、条件のいいところからどんどん人に取られていくわけです。このカタログっていうのがまた分厚くて、複数の旅行会社のものを比較し、たとえばビーチリゾートだったら部屋や食事の条件はもちろん、海の水温、ビーチの状態、子どもの遊び場、ベビーシッターサービス、空港からの距離など、いろんな方面からチェックを入れつつ選ぶ。なかなか大変。

なにもそこまでしてバカンスに行かなくても~、と日本人の多くは思うかもしれませんね。

我が家は、今年の夏は日本から母が来て、おうちバカンスなんですが、友達にきかれました。
「来年はどうするの?」
「さあ~。まだ考えてないわ。ダンナの休暇がいつ取れるかわかんないしね」
「子どもがいるんだから、夏休みの期間中に休暇が取れるように会社が配慮してくれるはずでしょ」
「う~ん。それが、プロジェクトワークなもんだからね~。前のプロジェクトのときにも、終了間際はバカンス禁止になったりして大変だったの。だから来年も当てにならないなあ」
「大丈夫よ。会社の都合で学校の休みの期間中に休暇が取れない場合は、会社側から学校宛に手紙を書いてもらえば、二週間までなら『学期中特別休暇』が認められるのよ。だって子ども達にはバカンスに行く権利があるわけだから

そ、そうなんですか?初めて聞きました。

日本では、「夏休みに海へ行きたいけど、お父さんがお休み取れないから」と諦める子どもが大勢いると思いますが。最近は日本の学校も柔軟になって来たと言うか、学期中に「旅行に行くので学校休ませます」という家庭があっても、「そうですか。では楽しんで来てください」と送り出すケースもちらほらありますね。でも、それって「まったく、しょうがないなあ」と大目に見てるんであって、バカンスに行く権利云々という発想には達していないような。

ドイツ人の場合、せっかくバカンスに行く権利と時間があっても、夫婦でバカンスに対するイメージが食い違ってケンカになるとか、何週間も一緒にいるうちにお互いが鬱陶しくなるとか、高いツアー料金を払ったのにサービスが思ってたのと違って頭来たとか、雨ばっかりで何もできなかったとか、土産話ならぬウンザリ物語もよく聞きます。

バカンスはストレスにならないように楽しみたいものです。

  1. 2006/07/05(水) 03:14:31|
  2. 旅行
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旅の感度

北海道新聞で見たのですが、日本政策投資銀行(政策銀)と北大、道がまとめた道内観光の満足度分析調査結果で、旅行者に「北海道は行けば行くほど飽きる場所」とみなされているという結果が明らかになったそうです。

一回目はいいけど、何度も行くほどは面白くない。たいした土産物もないし、観光施設もパッとしない。沖縄だったら病み付きになるんだけど、というのが多くの旅行者の感想らしい。

ふーむ、そうですか。

私達家族も沖縄旅行と北海道旅行、一回づつ経験しました。沖縄、最高に面白かったです。そして北海道も同じく最高に面白かった。リピーターではないので、回数を重ねるとどうかというのは今のところ、経験としてはわかりません。

私、道産子ですから北海道の肩を持ちたいですが、なるべく客観的に考えてみます。どうして北海道は飽きられるのか。やっぱり何もないからでしょう。何もないって、自然はいくらでもあるわけで、自然があれば充分じゃないかという気もするけど、それだけじゃ充分じゃないんでしょうね。
「うわ~、でっかーい!!」
と最初は雄大な景色に感動するけど、何度も見てるうちに「だから何?」となるというか、馬鹿でかい草原に突っ立っていてもすることがないというか、手持ち無沙汰になってしまうのかな。お洒落なレストランやギャラリーがあるのは一部の観光地に限られているし、お土産も、どこに行っても代わり映えしないアイヌ風の木彫りマスコットやホワイトチョコレート。食べ物だって、郷土料理らしい料理はジンギスカンぐらいしかないし。確かに寿司は美味しいけど、ネタの種類だったら東京のほうがずっと豊富。

といったところでしょうか。ん~、まあ、そう言われちゃったら仕方がない。

でもなあ、なんだか勿体ない。面白いこと見つけるぞーと思って見れば、いくらでも面白いものがあるのにな~。

旅行が退屈だったという経験はそもそもしたことがないのだけれど、「今までで一番よかったのはどこか?」と聞かれたら、大体いつの時点でも「一番最近の旅行」と答えます。旅行に行くたびに「最高度」が更新されていくんです。予算をどんどんグレードアップしていっているという話じゃありません。一番最後の北海道キャンプ旅行なんて、ほとんど無銭旅行でしたし。

私、旅行って、回数を重ねれば重ねるほど楽しくなって行く気がするんです。旅の感度が上がって行くんですね。たとえば高校の修学旅行で京都のお寺巡りをしたときにはちっとも面白くなかったけど、30歳になってからもう一度京都へ行ったら感動した、とか。まだ若かったときには、「旅行は若いうちにこそするもんだ!」なんて思っていたけど、そうでもないなあと今は思う。年を重ね、いろんな体験をしていくうちに、面白いと思ったり感動したりする範囲が広がっていくし、また深みも増してくるような気がする。昔は見えなかったものが見えて来ると楽しいです。

だから、「旅行は何度も行ったから、もういいや」という日は永遠に来ないような気がします。それぐらい、旅行が好き!





 
  1. 2006/06/24(土) 07:43:16|
  2. 旅行
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お家を交換しよう!

一週間ほど、夫の父が引っ越しの手伝いに来てくれていました。25年前に自分で家を建てたスーパーおじいちゃんです。お陰で、バスルームに念願の洗面台が取り付けられ、庭には小さな菜園ができ、テラスに根っこが食い込んでいた木は切り倒され、一週間前と比べて生活が随分と進歩しました。

私も「ドイツの嫁」として、がんばってドイツ料理を作ったりしておりましたので(おじいちゃんは「日本のご飯でいいよ」って言ったんですけど、力仕事をしてもらってるのにカロリーの低い和食じゃ悪い気がして。。。)、ブログの更新が遅れました~。

それはさておき。先日、仕事仲間から入って来た話。あるビジネスの顧客ターゲットを日本人にまで広げたいけれど、うまく行くと思うか?と質問されました。

どんなビジネスかと言うと、「バカンスの滞在先としてお互いに自宅を提供し合おう」というコンセプトなのです。バカンスには行きたいけれど、ホテル代が高い。あるいは、せっかく旅行に行くのに、観光客として滞在するだけではつまらない。できることならそこで生活して、普通にスーパーで買い物したり、洗濯したり、近所の人とおしゃべりして、その土地のライフスタイルを体験したい。でもどうやって?

バカンスに出かけている人の家を使わせてもらう。そしてそのお返しに、自分たちがバカンスに出かけている間は自宅を人に使ってもらう。または、相手のメンバーが生活しているところにゲストとしてホームステイさせてもらう。お家交換のアレンジは簡単。会員になり、協会のHPにアクセスし、登録されているメンバーのリストの中から自分の訪れたい場所のメンバーを探して希望の期間にお家を使わせてもらえるかを確認する。宿泊費はナシ。年間数千円の会費を協会に払うだけ。

このコンセプト、実はかなり前から知っていました。協会に登録するシステムでなくても、ドイツでは新聞や情報誌などに「バカンスの間、家を交換しませんか?」という広告を見かけることがあります。初めてこれを知ったとき、「へ~、なかなかいいアイディアだね」と思ったものです。私は無類の旅行好きですが、学生時代が長かったため、費用の捻出にはいつも苦心していました。それに、今までに数多く訪れた土地の中で特に思い出深い場所というのは、そのほとんどがホテルではなく現地の人の家庭に泊めて頂いた場所です。高級ホテルほどの快適さやサービスがなかったとしても、その土地の人の生活を垣間見ることはとても興味深いし、泊めてくださる人達の心遣いが有り難いし、ご迷惑をおかけしたことも多々あったかもしれないけれど、いい体験だったな~と思います。逆に、我が家にもよく知人友人親戚が遊びに来てくれますが、「楽しかったよ」と言ってもらえると、とても嬉しい。

でもね、でもね。「このビジネス、日本人にもウケると思うか」って聞かれると。。。。

う~~~~~~~ん。

どうかなあ~?利用する人、いるでしょうか。まず第一に、日本人は欧米人のようにはバカンスに出かけませんよね。休暇で旅行に出かけるにしてもせいぜい数日。2週間も3週間もの長い休みが取れる人は稀だし、もし休みが取れたとしても、その期間ずっと同じ場所に滞在するという発想があまりない。

人の家を使わせてもらうということに抵抗を感じる人が多そうだし、そこをクリアしたとしても、勝手のわからない外国で何か不都合が生じたらどうしようとか、人様の家を汚してはいけないと気を遣うのが面倒だとか、ってのもあるかも。

そして、人の家を使う分にはよくても、自分の家を貸すのはかなりキビシいかもしれない。今のところ、このようなシステムを利用するのはほとんどが欧米人で、日本の家屋は欧米人の基準から言うととても狭いですよね。仮に日本人が「貸してもいいよ」と言っても、借りたがる人がどの程度いるものだろうか。

日本人としても、彼らが土足で家の中に入ってくるかもしれないしー、冷蔵庫やタンスの中を勝手に開けられたら嫌だしー、と思うと、やっぱり貸す気になれないのでは。

ネガティブに考え過ぎでしょうかね?日本人にもいろいろな人がいるし、欧米人にも「狭くてもなんでもいいから、本当のジャパニーズライフを体験したい!」という人がいるでしょうから、案外、機能するのかな。

じゃ、自分は?メンバーになる?

やっぱりちょっと躊躇しますね。親戚や友達はいつでも大歓迎だし、場合によっては知らない人をお泊めするのも構いません。でも、自分たちが家にいるときに限ります。自分たちのいない間に知らない人がタンスの中や戸棚を覗いているかもしれないと思うと、おちおちバカンスを楽しんでいられないような気がしちゃう。

みなさんはどうですか?
  1. 2006/05/19(金) 00:03:58|
  2. 旅行
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子どもたちと旅

旅行が生き甲斐の私は、他の人の旅行記や滞在記を読むのがとても好きです。最近、お気に入りの旅行本にまた一冊加わりました。

滝田明日香さんの「晴れ、ときどきサバンナ」

6歳で日本を離れてからずっと海外で生きてきた明日香さんがアフリカに魅せられて、単身でサバンナを放浪。現在は獣医さんとなってナイロビ郊外にお住まいです。偶然、彼女のHP「獣の女医 in アフリカ」を発見して、「面白~い!」とはまってしまいました。

私はアフリカ大陸はまだエジプトにしか行ったことがありませんが、いつか子ども達と是非サファリをしてみたいと夢見ています。子どもがマラリアに罹ったらどうしようと思うと、今のところなかなか勇気が出ないんですけど・・・

子どもたちと一緒に行きたい場所、他にも数多くあります。このブログに書いている旅のエピソードは、ほとんどが私の単身旅行、または夫との二人旅の話なのですが、子どもたちが生まれてからも、旅は続いています。

かつては人の生活する場所へ行ってマンウォッチングをしたり、その生活文化や歴史を知るのが趣味でしたが、家族で旅行するようになってからは、もっぱらアウトドア系になってしまいました。町は子どもには退屈なことが多いし、それに学校が休みの時期に家族で普通の旅行となると(特に日本では)あまりにもお金がかかっちゃうので・・・

アウトドアって、私、大嫌いだったんですけどね。虫が嫌だし、花粉症持ちだから。

でも、今は本当に楽しんでいます。同じ自然でも、子どもと一緒だとまた全然違う発見があり、みんなで一緒の体験をする素晴らしさは格別です。忘れられない思い出になりそうな場面がいくつもありました。娘がまだ赤ん坊だった頃、カナリア諸島の砂丘に登り、娘を抱いて滑り台を滑るように砂の丘を滑り下りたこと。オーストラリアの海で息子とスノーケリングをしていて、ふと気がつくとぐるぐる回るイワシの群れの真ん中にいたこと。北海道の知床で四人一緒に沢登りをして、てっぺんの滝壺の温泉で泳いだときのお湯の気持ちよさ。雨が降ったり止んだりの竹富島の浜辺で冷たい風に打たれながら、ヤドカリをみんなで三百匹くらい集めたこともありましたね~。

生きててよかった~と思う瞬間です。父母、そして義父母に感謝する瞬間でもあります。

子どもの行動や考えに影響を及ぼすことはできるけれど、「こう感じなさい」と感情を押し付けることはできない。体験を共有しても、感じることは一人一人違う。日常とは違う場所で、子ども達は何を感じているのでしょうか。

贅沢過ぎることなのかもしれませんが、状況が許す限り、これからも家族でいろんなところに行って、いろんなものを見たい。

子どもたちから、旅の違った楽しみ方を教えてもらった私ですが、彼らが成人して一緒に旅行に行ってくれなくなったら、そのときはまた夫と二人で世界を旅して回ります。

それが私の夢。
  1. 2006/01/28(土) 12:36:52|
  2. 旅行
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リスボンで宿探し

この頃、旅ネタで書いていませんでしたが、ゆうべ友達と飲みに行って旅行話をたくさんしたら、またちょっと書きたくなったので・・・

ポルトガルへ行ったときの話です。

ドイツへ渡って半年。最初の興奮も醒め、ドイツ語の難しさにウンザリし、少々煮詰まってきました。ドイツの冬は寒い。朝、まだ真っ暗な時間に家を出て、語学学校に通うのは気が滅入ります。あ~あ、私、ドイツへ来て本当によかったのかなあ。そんな気分になっていました。

そういうときは「旅」が一番です。なんとなく煮詰まったと思ったら場所を変える。それが私のいつものストレス解消法。

どこへ行こうかなあ~。お金がないからあまり遠くは無理だけど、なるべく暖かいところがいい。そう思って地図をうーむと睨み、決めた目的地がリスボン。決行はクリスマス休暇。

当時、まだ「彼」だった夫に旅行のことを話すと、
「エッ。ポルトガルへ一人で?どうして?」
「どうしてって、行きたいから」
「どうやって行くの?」
「お金ないから、ドイツから電車で行く」
「え~っ!!!」
その頃、彼はまだ、私が撒き散らす旅行熱に免疫がありませんでした。だから結構心配して、
「危ないよ~。やめなよ~」
「大丈夫、大丈夫」
「ほんとに行くのぉー?」
行って欲しくないオーラは充分に発していましたが、無視。

出発の朝、夫は私を駅まで送ってくれました。そして、
「これ買ってきたんだ。持って行きなよ」
痴漢逆襲のためのスプレー缶。
「いいか。オレよりも顔の黒い男は信用するな」
なんじゃ、それ?
説明によると、同じヨーロッパでも南の「ラテン系」の男には女たらしが多い。そして、ラテン系の連中は北ヨーロッパ人のように真っ白ではなく、日に焼けていたり、髪や目の色が濃い。だから色の黒い男には気をつけろ!

すごい偏見ですみません。

痴漢防止グッズとアドバイスはありがたく受け取り、いざ出発。朝の電車だったので、景色を楽しみながらパリまで普通に移動しました。パリで下車し、せっかくだから市内見物をして夜行に乗り込んだのですが、予約をしていなかったため、寝台に空きがありませんでした。しかたなく、6人乗りのコンパートメントに空席を見つけて座った。

6人のうち、5人は男性。つまり、私は紅一点。しかも、彼らは顔が「黒っぽい」のです。このまま朝まで過ごすのかと思うと、なんだかちょっとウンザリしました。絡まれたらどうしよう・・・

しかし幸い、みなさん善い方達でした~。オランダに留学中のモロッコ人だそうで、いろいろ楽しい話を聞かせてくれて、きゅうくつな車両の苦痛も忘れ、朝方までお喋りに花が咲いた。そして、電車はスペイン、マドリッドに到着。みなさん、お元気でね~と手を振ってお別れ。

マドリッドで下車し、市内を数時間うろついた後、再び列車へ。しかし、今度はなんだか雰囲気が違う。車内は空いていましたが、なにやら物騒な雰囲気がしないでもない。当時は「スキンヘッド」という人たちが世の中に出現し出した頃でしたが、車両のドアが急に「ぐあらっ!」と開いたかと思うと、スキンヘッズさんたちがドカドカと入って来たりしたので、ひぇ~っと背筋が寒くなって・・・

そこで私がどうしたかというと、トイレへ行って、大きな額のお札をブラの中に押し込んで戻ってきました。(よくわからんけど、本能的にそうしてしまった)

しかし幸い、スキンヘッズさんたちもいい人達でした。よかった~。

やがて、くたびれる列車旅行もとうとう終わって、私はリスボンの駅に降り立った。時刻は夜の12時。これから宿を探さないとならないのかあ。うへぇ~。

重い荷物を引きずりながら、路線バスに乗り込み、向かったのはロシオ広場という繁華街。極限まで疲れていたので、どんな宿でもいいやという気分で、とりあえず目についた「ペンション」の看板のある建物へ入っていきました。レセプションは二階にあるようだったので、薄暗い階段を上がり、フロントらしきところで、
「すみませ~ん。一泊なんですけど」と言いながら、ふと横に目を遣ると、そこはテレビが置かれた談話室のようになっていて、宿泊客たちが大勢座っていたのですが・・・

みなさん、お顔が黒くて・・・

ポルトガル人ではなく、(おそらく出稼ぎの)アフリカ人男性たちでした。どうやら、その宿はアフリカ人の溜まり場になっている様子。アフリカ人といっても、その地域によって人の風貌は様々だと思いますが、そこに座っていた人達は墨のように真っ黒。薄暗い部屋の中で、彼らの真っ白な目と歯だけが異様に光って、一斉にこちらを向いています。

一瞬、夫の「オレより顔の黒い男・・・」のフレーズと、自分の心の声である「偏見はいかん」のフレーズが私の脳内で火花を散らし、戦った。うーうーうー、どうしよう~。しかし、転げるように外への階段を走り降りる私の足は正直でした。

はっ、はっ、はぁ、はぁ・・・

こ、怖かった~。

彼らもいい人達である可能性は高かったですが、やっぱり、20代の女の子が、真夜中に男ばかりに囲まれているのはいかんでしょう~。すっかり脱力し、次々に宿を当たってみる気がしなくなりました。あ~もう、どうしよう。

とにかく少しでも明るい方へと、急ぎ足で人のいる方に向かうと、リスボン観光の名所である「エレベーター」の前に若い男女が何組かいたので、
「すみませぇ~ん。どなたか、適当な宿を紹介してください~。女一人で、今着いたんです~」と英語で怒鳴りながら走っていきました。

みんな顔を見合わせて、「宿ねぇ・・・」としばらく考えていましたが、そのうちの一人の女性が、
「あなた、どこから来たの」
「ドイツです」
「えっ。ドイツ?あなたアジア人じゃないの」
「そうだけど、ドイツに住んでいるんです」
すると彼女は急に嬉しそうな顔をして、
「私、ドイツ人なのよ~」
なんだか私もホッとして、いままでのいきさつをドイツ語で一気にまくし立てると、女性は、
「じゃ、うちに泊めてあげる」

ということで、お世話になることになりました。でも、見ず知らずの人間をよく・・・ねぇ?(そして私も、よく泊まるよねぇ)

旧市街にある彼女のアパートはタイル張りの典型的なリスボンの建物で、古いけれど風情があって素敵でした。ご主人はポルトガル人ですが、ドイツ語も話す楽しい人でした。
「よく来たよね~、電車ではるばる・・・まあ、ワインでも飲みなさいよ」
そんな感じで、見知らぬ変なアジア人をうんともてなしてくださいました。あまりに居心地がよくて、「何日でもいなさい」の言葉に甘えて、三泊も・・・

ほんとにお世話になりました。今でも、一緒に撮った写真は大切にとってあります。





  1. 2005/08/31(水) 12:37:16|
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私の旅仲間たち

夫と初めて会ったとき、ずいぶん戸惑ったことがあります。

慣れない日本で次々と疑問が沸いてくるようで、それを私にぶつけてくるのですが、質問の内容がどれもこれも、
「えーっ、私、そんなこと考えたこともないよ!」っていうのばかりだったんです。

日本の文化や歴史に関する質問ならともかく、妙なことばかり知りたがる。

「電線を地下処理せずに地上に出しておくのは、単にコスト上の理由からなのか、それとも地質的な理由があるのか」
「どうして収穫した作物をあのような方法で保管しているのか」
「ここの土地をこのように利用しているのは自分には不自然に感じられるが、何故なのか。法的にどのような制約があるのか」

えーと、えーとそれは・・・

そんなこと知るかっ

ってウンザリ、ゲッソリ。

ある時、一緒にコンビニに入りました。彼はジュースやお茶が入れてある冷蔵庫の前で立ち止まると、じぃーっとそれを見つめていました。
「これはいいや。日本人は賢いな~。ドイツにもこういうのを導入すべきだ」
そう頷いたかと思うと、ワッハッハと笑い出した。

コンビニの冷蔵棚の何がそんなに面白いのか?

「ドイツでは商品の補充は前からするのが普通だけど、ここでは商品棚の裏側からするんだね。これだと作業をしているときに客に迷惑がかからないし、古いものが一番前に来るから便利」

そう言われてみると確かに。でも私、コンビニの商品補充方法なんていちいち考察したことありませんでした。

そんな夫と結婚して、一緒にいろんな場所を旅行するようになったら、さらにビックリさせられました。全く同じ景色を全く同じ時間に見ていても、着眼点がまるで違うんです。見知らぬ土地へ行くと、私は何よりもまず、こんなところに注目します。
「人々はどんな服装をし、どんな物を食べて、どんな住居に住んでいるか」
「その土地の言語にはどんな特徴があるか」
「そこでの生活はどういう宗教や価値観に基づいているのか」
などなど。

ところが夫の場合、
「この土地は地理的・地質的にどういう特徴があり、それがどのような方法で利用されているのか」
「発電所などのインフラはどうなっているか」
ってふうなんです。

夜、レストランで食事をしながらその日見たものについて感想を語り合うと、あまりの違いに唖然。

「あの湖、綺麗だったよね~。感動した」
「うん、感動したね~」

って共感し合うというよりも、お互いに相手の話に、
「えっ、そうだったっけ?全然気づかなかったよ」
ってことばかり。

ある景色が視界に入っていても、そこにある情報がすべて認識されるわけではなくて、無意識のうちに重要なものとそうでないものとに「ふるい分け」しているんですよね。そのふるい分けの仕方が人によって全然違うんだなあと、夫と旅をしているとつくづく感じます。

最初は驚き、苛立つこともありましたが、今はそれがとても気に入っています。夫と知り合う以前は一人旅が好きで、一人の方が思いっきり自由な旅を満喫できると思っていたんですが、自分とはまるっきり視点の違う旅のパートナーを得たことでさらに満足度アップ。

グリコのキャラメルのCMでしたっけね。昔、こういうキャッチフレーズがありました。

「一粒で二度美味しい」

そんな感じです。

そして今はそこに子供たちが加わって、ますます楽しい。子供の視点っていうのも、なかなか凄いもんです。
「ほらほら、あの綺麗なお山をよく見なさい!有名なXX岳だよ!」なんて大人が言っても、子供は「素晴らしい景色」をロクに観賞もせずに、足元の蟻んこに夢中になってる。
「お母さん、見てみてっ!この蟻おもしろいよ。お腹のとこだけ赤い。こんなの初めて見たよ!」と興奮して叫んだりするので、「どれどれ・・・」と一緒になってしゃがんで観察し、「う~ん、これ、何ていう種類なんだろうねえ。この辺にしかいないのかな?あとで調べてみようか」なんてなります。子供たちのミクロな視点って面白い。

自分一人のときには見逃しがちないろんな物に気づかせてくれる、私の旅のパートナーたち。次回の旅行(いつになるかな?)が楽しみです。

  1. 2005/08/16(火) 10:55:56|
  2. 旅行
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旅のげっそり話 その3 にぎやかなバリ島ライフ

今日は子供の日。子供たちに「きょうは自分たちの好きなことをして過ごさせてくれ」と言われたので、遊園地とかディズニーランドに連れて行けと要求されるのではとビクビクしましたが、なんと「近所の森でカナヘビを捕まえたい」と出て行きました。安上がりなこと。さあ、いまのうちにサッサと記事をアップしましょ。久しぶりの旅行ネタです。


バリ島の宗教や宇宙観に興味があって、現地で情報を集める目的で一ヶ月ほどバリのある家庭にお世話になったことがあります。観光地バリにはゴージャスなヴィラやホテルとは別に民宿がたくさんあり、私が滞在したのも、一般家庭の敷地の空いている場所に立てた旅行者用離れ部屋。バリの家の造りはちょっと変わっていて、一つの建物の中に複数の部屋があるのではなく、部屋一つ一つが独立した小屋になっています。それぞれの小屋は特定の目的に使われ、日本の居間や和室のように多目的に使われることはありません。

私に与えられた小屋の中にはベッドの二つ入る6畳ほどのスペースと、その奥にトイレとシャワールーム。窓を小さく作ってあるので、部屋の中は昼間でも薄暗く、夜も豆電球一つだけ。シャワーは熱帯の途上国の多くでそうであるように、お湯は出ません。入り口のドアを出るとそこはテラスのようになっていて、テーブルと椅子が置かれてありました。この涼しく快適なテラスで私は昼間の時間の大部分を過ごしたのです。

テラスに座って本を読んだり、手紙を書いたり、調べ物をしていたりすると、入れかわり立ちかわり誰かがやってきます。家族はお父さん、お母さんに成人した子供が7人と孫数名。
「ビアンカ~。何やっとるんじゃー」
「手紙書いてるの」
「ふ~んどれどれ」と言って、彼らは人の郵便物を手にとってジロジロ見る。これは誰から、それは誰宛と根掘り葉掘り聞く。あまりプライバシーという感覚はないようで、雑貨屋で買い物してきた袋がその辺に置いてあると、「何買って来た?」と袋を開けて中身を取り出したりもする。
あるとき息子さんの一人に化粧ポーチを勝手に開けられたこともあって、「ヒェ~ッ。普通、男がレディのポーチを開けるかっ」とさすがに少々ゲンナリしたけど、それがバリ島流ならしかたないわね・・・

24歳の末息子がしばしばやって来て、
「大学出ても職がなくてさ。教師になりたいんだけど、ここじゃ無理。政府はカリマンタン移住を奨励していて職も斡旋してくれるらしいけど、あんな僻地に行ってもねぇ・・」なんてぼやいて行く。使用人のニョマン君も私にお茶を持ってきてくれたついでにテラスに上がりこみ、
「ここの家族は人使い荒くてやんなるよ。給料もロクにくれないし。次男のマデなんてさ、オレには偉そうなことばかり言うけど、とんでもないヤツだよ。あいつ不倫してるんだ。こないだ向こうの田んぼで人妻と逢引してるの目撃したんだから・・・」とコソコソ告げ口する。なかなか興味深い人間模様が観察できるのです。

ここの家には私のほかにもう一人、長期居候がおりました。ラジオ局に勤めるアメリカ人男性で、担当する音楽番組用に民族音楽を録音するため、アジア各地を回っているのでした。特にバリのガムランに興味があるというのでしばらく滞在しているそう。私とは別棟の小屋なのですが、彼もよくテラスで涼んでいるのでそのうち顔見知りになり、お茶をご馳走になったり、いろいろお喋りする仲になりました。あるとき、私たちはこんな会話を。
ジョン「シャワー浴びるときさ、シャワーヘッドをよく見たことある?」
私「え、ないよ。薄暗いからよく見えないし、私小さいから背伸びしないと見えないから。でもなんで?」
ジ「ああそう。ならいいんだ・・・」
私「なあに~?言いかけてやめるなんてズルイよ。シャワーヘッドがどうしたの」
ジ「う・・・実はね。シャワーヘッドの穴をよく見ると、黒い細い虫がたくさん出てきてるんだよ」
私「ギエッ!!ほんとぉ~!?」
真水シャワーは、虫入りだったのです・・・鳥肌っ。やっぱり聞かなきゃよかったよ。

バリ島住民はヒンズー教徒で、一日5回(だったかな)いろいろな物にお供えをする習慣があり、家のお母さんも毎日せっせとお供えものをこしらえていました。お煎餅だったり、餅菓子だったりなのですが、お母さんはそれをお皿に盛って私やジョンのところへ持ってきてくれます。美味しいお菓子なのですが、毎日毎日たくさんくれるので食べきれず、テラスのテーブルに置きっぱなしにするのも悪いし、捨てるわけにもいかないしでちょっと困っちゃった。しかたがないのである夜、寝室にお菓子を皿ごと持ち込んでベッド脇の台に乗せて寝たんです。そうしたら、ウトウトした頃にベッドの下でガタガタと音がする。
「なっなに、今の?」ビックリして起き上がりベッドの下を覗き込むが何もいない。
ゴキブリにしては音が大きすぎるし。幽霊のわけないし。とふと、ベッド脇に目をやると・・・

巨大なドブネズミがお菓子に飛びつく瞬間!!

ギャーーーーッ!!助けてえ~~~~~~~~っ!!

すごい勢いでドアを開け、外に飛び出した。数分後、ジョンとお兄さんが懐中電灯を手に慌ててやってきました。
私「ネッ、ネズミが・・・・」
二人は逃げたネズミを探そうと懐中電灯で小屋の中を照らしました。光を天井に向けたとき、私はひぃっと驚愕のあまり凍りついた。普段は暗くて全然見えない高い天井には、体長1メートルくらいの毒々しいトカゲのような生き物が三匹もへばりついているではないか!!そういえば箒で床を掃いても掃いても、黒いケシツブのようなものがいつも落ちているのを不思議に思っていました。それは、その生き物たちのフンだったのです・・・

お兄さん「ネズミ、どっか行っちゃったみたいだね~。多分もう出てこないから寝なよ」
そして彼らは行ってしまった。もう、どうしよう~と思ったけど、その日は体が極限まで疲れていたせいで、ベッドの蚊帳の下で震えているうちに眠りに落ちたらしい。しかし翌朝、事態を思い出して改めてゲッソリ。昼間は出かけたり、テラスで過ごしたりしたけど、いざ夜が来るとどうしても小屋に入る勇気がない。あ~困った困った。だが夜も更け、とうとう勇気を出して小屋の中に足を踏み入れると・・・

ガタガタッ

ま、まだいる~~~。ダメダメ。絶対この中では寝られないよ~。どうしたものかとしばらく思案しておりました。お兄さんに言っても多分、「たかがネズミじゃない」と笑うだけで、退治してくれそうにもない。そ、そういえばジョンの小屋にはベッドが二つあったっけ。でもでも・・・
かなり迷っていましたが、他に方法も思いつかない。ジョンのテラスへ歩いて行きました。
私「お願い~。泊めて。どうしても怖くて」
ジ「いいけど・・・」
ジョンはまだテラスでもう少し本を読んでいたいと言うので、先に寝かせてもらいました。すぐに寝入ったみたいで、朝方目をさますと部屋の反対側の壁側にあるベッドからジョンの寝息が聞こえた。はぁ~朝か。。。

取りあえずよかったけど、ここからが問題である。バリ島の朝は早い。今何時かわからないけど、午前5時には家族は完璧に起きている。私がジョンの部屋から朝帰りするところを目撃されたら、絶対に絶対に誤解されてしまう。だから皆が起きて来る前に、そぉーっとここを抜け出して自分のテラスに戻らなくては。
キィィ~と恐る恐るドアを開け、辺りの様子を伺いながら抜き足差し足忍び足。よしっ、誰もいない。小走りにサササッ。ふ~う、よかった・・・

でも小屋に入る気にはなれず、早朝の薄明かりの中、テラスの長いすに横になっていました。
兄「おはよう。なにしてんの。こんなところで」
私「あっ。お兄さん。おはようございます」
兄「なんでこんなところで寝てるんだ」
私「あっあのっ。それは・・・ちょっとネズミが怖くて・・・」
兄「もしかしてここで一晩明かしたんじゃないだろうね」
私「いえ、そうじゃあないんですけどぉ~」


この経験で、かなり強くなった私。子供たちの連れ帰るカナヘビなんぞ、なんのそのです。
  1. 2005/05/05(木) 10:16:43|
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忘れ難いフランスの味

言葉がわからないってツライもんです。

「人間言葉じゃない。言葉がなくても心は通いあえる」
なんて言ったって、やっぱり言葉なしではわからないことが多い。
「XX国へ行くなら、XX語ぐらい勉強しておけ!」
それはそうなんだけど、世界中の言葉を覚えるなんてとうてい無理だし・・・
フランス語能力が限りなく皆無に近い私達夫婦なのに、あるとき「フランスへドライブ」を思い立ってしまった。

思い立つったって隣の国なんだから、そう力むことでもないんだけど。でも、「フランス語わからない」っていうのはフランスでは結構難儀ですよ。あまり英語も通じないし。夫は運転担当、私は地図読み担当。でも、フランス語って読まない字があったりして、困るんですよね。
夫「おいっ。フォンタネブロイってのを探せ!」
私「フォ、フォンタネブロイ?ないよ、そんなの」
夫「ないじゃないよ。早くしろって」
私「も、もしかして、これかな・・・えーと。フォンテーヌ・・・ブル?ブリュ?」
夫「え?」
私「あのさ、行こうとしてるのはツールってとこだよ」
夫「じゃ違うじゃん。オレはトゥアーズに向かってるんだから」
私「トゥアーズって?」
同じ地名をそれぞれ日本語発音・ドイツ語読みしてるもんで、話が通じてない。
それでもなんとかかんとか目的地には行けたんだけど・・・

ドイツへの帰り、ガソリンがなくなった。最寄のガソリンスタンドに止めて燃料補給。ヨーロッパのスタンドはたいていセルフサービスです。
夫「よっし、行くか」
しかし、車がブルッブオッとか変な音を出し、全然前に進まない。
私「どうしたの?故障?」
夫は一瞬考えていましたが、私の方に顔を向けると・・・
夫「オレ、間違ってディーゼル入れちゃったみたい」
私「エーッ!!」
夫は慌てて車を降り、スタンドの従業員のところに駆け寄ると、身振り手振りで一生懸命事態を説明していました。従業員は驚いた顔をして、店の中に何かを取りに入った。持って出てきたのはホースとバケツ。
私「何すんの、それで」
夫「何すんのじゃないだろ。ディーゼル出さないと」
わわわっ。夫はホースをタンクに差し込むと地べたに膝をついて、タンクの中のディーゼルを口で吸い出し始めました。ズーッと吸い出して、口に溜まったディーゼルをバケツにペッ。
夫「オエ~ッ」
しかし、やめるわけにはいかない。ズー、ペッ、オエ~、ズー、ペッ、オエ~。見ているだけで気持ち悪くなるけど、「代わろうか」とも言えずにその場に固まってしまった私。おお、なんと可哀想な私の夫よ。

その様子を、道路を隔てた家の窓からじっと見ているフランス人マダムがいました。どうにかこうにか作業終了。げんなりぐんにゃりして放心状態の夫のところに、マダムはやって来た。
マダム「ナントカカントカノドーノコーノ」
どうやら夫にマダムの家について来い、ということらしい。なんだか訳がわからないけど、夫はマダムの後について行きました。そして10分後・・・
出てきた夫は、心成しかさっきより顔色がだいぶマシになっています。
夫「マダムが沸かした牛乳を用意してくれていたんだよ」
おお!なんと優しいお方。メルシーボクーでございます。

そんなわけで、夫にとっての「忘れられないフランスの味」はディーゼルと温かいミルクの混ざった味なのです。
  1. 2005/04/16(土) 15:30:54|
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旅のお供は胃腸薬

旅が三度の飯より好きで、旅先での三度の飯も大好きなのに、悲しいかな、私は胃腸が弱いのです。

旅の醍醐味は、なんといっても「珍しいものを食べること」。あらかじめその土地の主要な食べ物をガイドブックなどでチェックして、それは必ず一度は食べるようにする。現地のスーパーの食料品売り場はくまなく見て歩き、屋台があれば立ち止まって内容点検。知らない食べ物があれば一つ二つ買って、その場で食べる。うんと美味しいものがあれば、帰国してから家で作って見るために料理の本を購入する。

それなのに、お腹がついてこないのです。ちょっと変わったものを食べただけ、ちょっと水が変わっただけでも、すぐに胃腸薬のお世話になる破目に・・・私がこれまでに訪れた世界の薬局店舗数、うん百店舗!って自慢することじゃないでしょ。

滞在時期が長ければ、途中一度や二度お腹を壊してもどうということもありませんが、日数の少ない旅行のときなんかは「頼むから頑張ってね、お腹ちゃん」という気持ちになります。そういうときは、不潔そうなお店は極力避けるようにするのですが・・・

いつでしたか、タイのサムイ島でほんの数日、休暇を過ごそうということになったとき、お腹壊して寝込んでは勿体ないので、食事はなるべくリゾートのレストランで取ることにしたんです。しかし、サムイのレストランは雰囲気はよいのですが、どうも欧米の旅行者向けの無難な味付けで物足りない。不満に思っていたら、ある日現地の人の集まる町へ出たおりに、いかにも「よさそう」な食堂を発見しました。そこそこ小奇麗な店構えで、店の入り口近くには10種類以上のおかずの並ぶバイキングが用意されていました。それを見たらどうしても我慢できずに、夫と私はそこで昼食を取ることにしてしまった。
「おいし~い!!これだ、これだよ。求めていた味は!」
「うん、おいしいね~。ホテルのレストランと全然違う」
なんて言いながら、お腹一杯、食べてしまったのです。

満足、満足。ホテルに帰り、本を読んだり、卓球したりして過ごした後、海辺に夕涼みに出かけました。砂浜に座って夕日の沈むのを見ていたら、ふと胃の辺りに「よく知っている感覚」がじわじわと広がってきました。こ、これは・・・たぶん・・・
「ごめん。あと数時間したら吐くみたいだから、私、先に部屋帰ってるね」早口で言い残し、夫をその場に置いてコテージへ急ぐ。部屋についたら吐き気は疑う余地のないものとなったけど、「その時」までにはまだ間がありそう。吐きそうで吐けない状態って一番怖ろしいので、なるべく早く嫌な瞬間を迎えるために、一人ベッドの上で飛び跳ねて胃の中を攪拌します。ぴょん、ぴょん、ぴょん、ぴょーん。その時、夫が戻ってきて、
「何やってるの。具合悪いんじゃなかったの?」
「悪いから飛んでるの。もっと悪くなるように」
「へ~ンなやつ!」
跳躍の甲斐あって、まもなく胃は空に。

ところが、気分の回復した私が何事もなかったかのように夫の横でCNNを見ていると、今度は夫が、
「ウッ・・・」と言って私の顔を見るのです。
「もしかして・・・やられたんだね、あんたも」
「そうみたい。わーヤダー!」
「私みたいに飛んだほうがいいよ。早く済むよ。吐けばスッキリするから」
「そんなの絶対ヤダッ」
せっかくのアドバイスに耳を貸さず、結局夫は一晩苦しんでおりました。

私同様、夫もお腹が弱いのです。ほとんど毎回旅行のたびに、私たちは同じようなことを繰り返しています。「どこで何を食べても全然平気」という人が、心から羨ましい私たちです。
  1. 2005/03/21(月) 11:38:09|
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